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青空文庫の朗読

青空文庫の朗読です。

芥川龍之介、太宰治、夏目漱石などを読んでいます

夏目漱石

落第  作:夏目漱石

其頃東京には中学と云うものが一つしか無かった。学校の名もよくは覚えて居ないが、今の高等商業の横辺あたりに在あって、僕の入ったのは十二三の頃か知ら。何でも今の中学生などよりは余程よほど小さかった様な気がする。学校は正則と変則とに別れて居て、正...
芥川龍之介作品

袈裟と盛遠 作:芥川龍之介

上  夜、盛遠もりとおが築土ついじの外で、月魄つきしろを眺めながら、落葉おちばを踏んで物思いに耽っている。      その独白 「もう月の出だな。いつもは月が出るのを待ちかねる己おれも、今日ばかりは明くなるのがそら恐しい。今までの己が一夜の...
太宰治

黄金風景 作:太宰治

海の岸辺に緑なす樫かしの木、その樫の木に黄金の細き鎖のむすばれて   ―プウシキン― 私は子供のときには、余り質たちのいい方ではなかった。女中をいじめた。私は、のろくさいことは嫌きらいで、それゆえ、のろくさい女中を殊ことにもいじめた。お慶は...
夏目漱石

虚子君へ 作:夏目 漱石

昨日は失敬。こう続けざまに芝居を見るのは私の生涯しょうがいにおいて未曾有みぞうの珍象ですが、私が、私に固有な因循いんじゅん極まる在来の軌道をぐれ出して、ちょっとでも陽気な御交際おつきあいをするのは全くあなたのせいですよ。それにも飽あき足らず...
芥川龍之介作品

野呂松人形 作:芥川龍之介

野呂松人形のろまにんぎょうを使うから、見に来ないかと云う招待が突然来た。招待してくれたのは、知らない人である。が、文面で、その人が、僕の友人の知人だと云う事がわかった。「K氏も御出おいでの事と存じ候えば」とか何とか、書いてある。Kが、僕の友...
太宰治

禁酒の心 作:太宰治

私は禁酒をしようと思っている。このごろの酒は、ひどく人間を卑屈にするようである。昔は、これに依よって所謂いわゆる浩然之気こうぜんのきを養ったものだそうであるが、今は、ただ精神をあさはかにするばかりである。近来私は酒を憎むこと極度である。いや...
夏目漱石

文鳥   作:夏目漱石

十月早稲田わせだに移る。伽藍がらんのような書斎にただ一人、片づけた顔を頬杖ほおづえで支えていると、三重吉みえきちが来て、鳥を御飼かいなさいと云う。飼ってもいいと答えた。しかし念のためだから、何を飼うのかねと聞いたら、文鳥ぶんちょうですと云う...
夏目漱石

僕の昔  作:夏目漱石

根津ねずの大観音だいかんのんに近く、金田夫人の家や二弦琴にげんきんの師匠や車宿や、ないし落雲館らくうんかん中学などと、いずれも『吾輩わがはいは描ねこである』の編中でなじみ越しの家々の間に、名札もろくにはってない古べいの苦沙弥くしゃみ先生の居...
芥川龍之介作品

羅生門の後に 作:芥川龍之介

この集にはいっている短篇は、「羅生門」「貉むじな」「忠義」を除いて、大抵過去一年間――数え年にして、自分が廿五歳の時に書いたものである。そうして半なかばは、自分たちが経営している雑誌「新思潮」に、一度掲載されたものである。 この期間の自分は...
太宰治

走れメロス 作:太宰治

メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐じゃちぼうぎゃくの王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を...
芥川龍之介作品

父  作:芥川龍之介

自分が中学の四年生だった時の話である。 その年の秋、日光から足尾あしおへかけて、三泊の修学旅行があった。「午前六時三十分上野停車場前集合、同五十分発車……」こう云う箇条が、学校から渡す謄写版とうしゃばんの刷物すりものに書いてある。 当日にな...
芥川龍之介作品

運  作:芥川龍之介

目のあらい簾すだれが、入口にぶらさげてあるので、往来の容子ようすは仕事場にいても、よく見えた。清水きよみずへ通う往来は、さっきから、人通りが絶えない。金鼓こんくをかけた法師ほうしが通る。壺装束つぼしょうぞくをした女が通る。その後あとからは、...
芥川龍之介作品

西郷隆盛 作:芥川龍之介

これは自分より二三年前に、大学の史学科を卒業した本間ほんまさんの話である。本間さんが維新史に関する、二三興味ある論文の著者だと云う事は、知っている人も多いであろう。僕は昨年の冬鎌倉へ転居する、丁度一週間ばかり前に、本間さんと一しょに飯を食い...
太宰治

酒ぎらい 作:太宰治

二日つづけて酒を呑んだのである。おとといの晩と、きのうと、二日つづけて酒を呑んで、けさは仕事しなければならぬので早く起きて、台所へ顔を洗いに行き、ふと見ると、一升瓶が四本からになっている。二日で四升呑んだわけである。勿論もちろん、私ひとりで...
太宰治

川端康成へ 作:太宰治

あなたは文藝春秋九月号に私への悪口を書いて居られる。「前略。――なるほど、道化の華の方が作者の生活や文学観を一杯に盛っているが、私見によれば、作者目下の生活に厭いやな雲ありて、才能の素直に発せざる憾うらみあった。」 おたがいに下手な嘘はつか...
芥川龍之介作品

たね子の憂鬱   作:芥川龍之介

たね子は夫おっとの先輩に当るある実業家の令嬢の結婚披露式ひろうしきの通知を貰った時、ちょうど勤め先へ出かかった夫にこう熱心に話しかけた。「あたしも出なければ悪いでしょうか?」「それは悪いさ。」 夫はタイを結びながら、鏡の中のたね子に返事をし...
芥川龍之介作品

「羅生門」 作:芥川龍之介

ある日の暮方の事である。一人の下人げにんが、羅生門らしょうもんの下で雨やみを待っていた。 広い門の下には、この男のほかに誰もいない。ただ、所々丹塗にぬりの剥はげた、大きな円柱まるばしらに、蟋蟀きりぎりすが一匹とまっている。羅生門が、朱雀大路...
太宰治

「義務」 作:太宰治

義務の遂行とは、並たいていの事では無い。けれども、やらなければならぬ。なぜ生きてゐるか。なぜ文章を書くか。いまの私にとつて、それは義務の遂行の爲であります、と答へるより他は無い。金の爲に書いてゐるのでは無いやうだ。快樂の爲に生きてゐるのでも...
芥川龍之介作品

あばばばば  作:芥川龍之介

保吉やすきちはずつと以前からこの店の主人を見知つてゐる。 ずつと以前から、――或はあの海軍の学校へ赴任した当日だつたかも知れない。彼はふとこの店へマツチを一つ買ひにはひつた。店には小さい飾り窓があり、窓の中には大将旗を掲げた軍艦三笠みかさの...
芥川龍之介作品

或旧友へ送る手記 作:芥川龍之介

誰もまだ自殺者自身の心理をありのままに書いたものはない。それは自殺者の自尊心や或は彼自身に対する心理的興味の不足によるものであらう。僕は君に送る最後の手紙の中に、はつきりこの心理を伝へたいと思つてゐる。尤もつとも僕の自殺する動機は特に君に伝...