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昔襲われたことで男性が怖いんです

シニアの体験シニアの恋

私の名前は幸子。61歳です。独身のまま、この歳まで来てしまいました。言葉にすると、この現実に胸が重くなります。でも、そうなんです。私は今まで、恋愛もせず、誰かと一緒になることもなく、独りで生きてきました。どうしてこうなってしまったのか、自分でもよくわかりません。本当は、わかってます。でも、それを口に出すのが怖かったんです。ただ一つ、はっきりしているのは――私は、男性がただただ怖いんです。そう、あの日から。

長い間誰にも言えませんでした。いや、言いたくなかったんです。もし誰かに話すことができれば、少しは楽になるのかもしれない。でも、どうしてもその言葉が出てこなかった。私、昔、男性に襲われたことがあるんです。それがすべての始まりでした。あの夜のことを、今でも鮮明に覚えています。耳に残っている重たい息遣い、強く引き寄せられたときの冷たくて硬い手の感触――まるで心臓が締めつけられるような恐怖でした。それ以来、男性という存在そのものが怖くなりました。どんなに優しそうな人でも、あの日が頭から離れなくて、信じられなくなったんです。近づくだけで、私の心臓は暴れるように鼓動を打ち、呼吸が浅くなります。

恋愛なんて、とんでもないことでした。男性が近づくだけで汗がにじみ、体が硬直する。電車に乗るなんて絶対に無理。満員電車の中にいる男性の姿を思い浮かべるだけで、足がすくんでしまうんです。あの日と同じ状況が再現されるかもしれない――そんな恐怖が、私の心を支配していました。だから、私は毎日50分かけて、自転車で通勤していました。どんなにしんどい日でも、自転車なら自分のペースで動けるから安心だったんです。雨の日も、風の日も、体力がきつい日でも、電車には乗れませんでした。

 私は昨年定年を迎えるまで、美容業界で働いていました。ほとんどが女性ばかりの職場でした。もちろん、これは偶然ではなく、私自身がそういう環境を選んでいたんだと思います。男性が少ない場所で、安心して働きたかったんです。とはいえ、男性がまったくいなかったわけではありません。でも、私の周りにいたのは、どちらかといえば「お姉系」の男性ばかりで、彼らには不思議と安心感を覚えました。彼らの存在が、私にとっては男性に対する恐怖を少しだけ和らげてくれるものでした。

そんな私にも、唯一の男性の友人がいます。浩司さん、みんなからは「コージー」と呼ばれている、オネエです。彼は私の前では、まるで女友達のように接してくれます。だから、私は彼の前では心からリラックスできるんです。「さっちゃん、最近元気にしてる?」「うん、なんとか生きてるよ」と、私は少し冗談めかして答えます。いつもそうやって、軽く話題にすることで自分の弱さを隠してきました。でも、コージーは私の抱える恐怖を知っています。彼は、そんな私に対していつも優しく、そして少し距離を保って接してくれます。「まぁ、いいじゃない。元気でいられればそれが一番よ」。彼の言葉は、いつもあっさりしています。でも、そのあっさりした言い方が、私にはちょうどいいんです。あまり深刻にされると、余計に辛くなってしまうから。

けれど、最近家にいる時間が長くなると、やっぱり寂しさが押し寄せてきます。今までフルタイムで働いて、仕事に追われていた頃は気づきませんでした。家で静かな部屋にいると、心にぽっかりと穴が空いたような感覚に襲われます。夕方、窓から差し込む夕日が、妙に冷たく感じるんです。テレビの音も、鍋でお湯を沸かす音も、すべてが虚しく響きます。独りぼっちの静けさが、まるで壁のように私を囲んでいるような気がして。61歳になって、こんなにも孤独を感じるとは思ってもみませんでした。これまで、恋愛をせず、誰かと一緒になることを避けてきた結果が今の私なんだろうか。自分で選んだ道だから仕方がないと、そう思ってはみても、どうしようもなく胸が重くなるんです。

だから、コージーとの会話が私の支えなんです。彼と話すと、少しだけ心が軽くなります。職場で顔を合わせれば、自然と笑顔がこぼれる。コージーはいつも明るくて、私を笑わせてくれます。彼の存在が、私にとっての「普通」の時間です。「ねぇ、さっちゃん、最近ちょっと太ったんじゃない?」「うるさいわね。あんたもそろそろ気をつけたほうがいいんじゃないの?」「やだ、まだピチピチよ! 見てよ、この肌!」。冗談を交わすこんな時間が、私にとって本当に大切な瞬間です。でも、ある日、コージーが真剣な顔をして、私にこう言いました。「さっちゃん、今度一緒にパーティーに行かない? 良い男、いるかもよ」。

その言葉に、私は一瞬固まりました。「無理だよ…私は、男性が怖いんだから」。言いながら、胸の奥が重く沈みました。どれだけ時間が経っても、この恐怖が消えることはないと思っていたんです。「知ってるわよ。でもさ、ほとんどオネエばかりのパーティよ。 少しずつでいいんだよ。焦らなくてもいいから、あんたにも、もっと笑ってほしいんだよ」。コージーの優しさが、心にじんわりと染みました。彼の言葉が、私の中に少しずつ広がっていくのがわかりました。

ある日、コージーにワンピースを買いに付き合ってと言われ、一緒に出かけました。気づけば、私は駅のホームに立っていました。恐る恐る、だけど確かにそこに立っている。手のひらには汗が滲み、足が震えています。周りの人々がみんな私を見ているような気がして、逃げ出したくなりました。「大丈夫だよ、さっちゃん」。コージーのその言葉が、私に勇気をくれました。彼の言葉を頼りに、一歩前に踏み出しました。体がガタガタ震えながらも、電車に乗り込みました。ドアが閉まる音が響いた瞬間、私の目から涙がこぼれました。

怖かった。でも、私は今、電車にいる。それだけで、たまらなく感動的でした。ほんの小さな一歩かもしれないけれど、確実に前に進めたんだと感じたんです。

 数日後、コージーと待ち合わせをしました。「おはよう、さっちゃん。次はあの服を着てパーティーに行くわよ」。いつも通りの明るい笑顔で話すコージーに、私は頷いてこう答えました。「…うん。コージーがいるなら行くよ。ありがとう」「えっ、ほんと!? やっぱり私のおかげね! これからはもっとどこにでも行けるわよ!」。コージーは大げさに手を広げて笑いました。私も自然と笑顔がこぼれ、心が少しだけ軽くなったのを感じました。

一歩踏み出す。それが、こんなにも大きなことだとは思いませんでした。まだ恐怖は完全には消えていませんし、心の傷も癒えたわけではありません。それでも、私は少しだけ前に進んでいる気がします。焦らなくていい。少しずつでいいんです。今日もまた、自転車を漕いで、少しずつ、前に進んでいこうと思います。

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