
私の名前は敦子です。
先日62歳になりました。夫の健治とは結婚してもう40年近くになります。若い頃はお互いに恋愛結婚で、愛情もたっぷりありました。でも、いつの間にかそれも薄れて、今ではすっかりただの同居人のようになってしまいました。
最近、特に気になるのは夫婦の関係性の冷え込みです。二人でいるのに話すことがほとんどなくなり、一緒に食事をしても必要最低限の会話しか交わしません。私たちは「熟年夫婦」と呼ばれる世代で、子どもたちも独立しています。だから、家の中はいつも静かです。これが老後というものなのかもしれませんが、私にとってはあまりにも虚しいものです。
正直なところ、私は最近ずっと「離婚」を考えています。夫とはもう何年も心を通わせていません。お互いに一緒にいても何の感情も湧かないような関係がこの先もずっと続くのかと思うと、息が詰まるような気がします。だけど、60歳を超えた今から離婚なんてできるのだろうか、と考えると、生活のことや子どもたちへの影響を考えて、なかなか踏み切れないでいます。
そんなとき、友人の美津子から「ゲートボールをしてみない?」と誘われました。美津子は地域のゲートボールチームに入っていて、私も前から何度か話は聞いていました。運動不足解消になるし、新しい人と知り合えるから楽しいと言っていました。私は少し考えましたが、「どうせ離婚するなら、次のパートナー探しにはもってこいかもしれない」と思い立ちました。夫にも話してみたら、意外にも「たまには外で身体を動かすのも悪くない」との返事が返ってきました。どうせ離婚するんだから、これを機に外の世界に目を向けるのもいいだろうという気持ちがありました。
そして、私たちは夫婦でゲートボールに参加することにしました。初めての参加で少し緊張しましたが、いざやってみると思いの外楽しかったです。思い切り身体を動かすと気持ちもスッキリして、笑顔が自然と出てきました。いつの間にか、夫も私も夢中になっていました。そして、それ以上におもしろかったのは、ここで出会った人たちとの交流でした。
ゲートボールの休憩時間、私たちはチームメンバーとおしゃべりをしました。そこで、私はひとりの男性に目を引かれました。穏やかな笑顔で、いつも冗談を言って場を和ませる彼に自然と心が惹かれていったのです。その人の名前は原田さんで、私より少し年上の70歳でした。一緒に笑っていると、不思議と自分が若返ったような気がしました。
そして驚いたことに、夫の健治も同じように誰かに気に入られている様子でした。私が目をつけた原田さんの奥さん、美佐子さんが、健治と楽しそうに話していたのです。二人が意気投合している様子を見て、なんだか複雑な気持ちになりましたが、同時に「これも悪くないかも」と思っている自分がいました。
その日のゲートボールが終わった後、原田さんと美佐子さんが「4人で食事に行きませんか?」と誘ってくれました。私は少し戸惑いましたが、健治も意外と乗り気だったので、そのまま4人で近くのレストランへ行くことにしました。食事の席では、いろいろな話をしました。結婚のこと、子どもたちのこと、そして、今の生活のこと。原田さん夫婦はとても気さくで、私たちも自然と心を開くことができました。
それから、4人で食事をする機会が何度か増えました。まるでダブルデートのように、外で食事をしたり、ドライブに出かけたりするようになりました。こんなに楽しい時間を過ごせるなんて、最近では考えられなかったことです。そしてある日、美佐子さんが意外な提案をしてきました。
「ねえ、思い切って夫婦交換してみない?」彼女の言葉に私は一瞬耳を疑いました。冗談だと思っていたら、どうやら本気らしいのです。原田さんも、にこやかに頷いています。夫も驚いたような顔をしていましたが、すぐに「別にいいんじゃないか?」と軽く言いました。
その提案を聞いて、私は心の中で少しだけドキドキしました。まんざらでもないというか、どこかで「やってみたい」と思っている自分がいることに気付いたのです。確かに、もう何年も夫とは恋愛感情を持てていなかったし、離婚のことを考えていたくらいだから、これをきっかけに新しい関係を築けるのかもしれないと思いました。
こうして私たちは、夫婦交換の提案を受け入れることにしました。試しに数日間だけ、お互いのパートナーと過ごしてみようという話になりました。予想外の展開でしたが、少しだけ胸が高鳴るのを感じました。新しい何かが始まるのかもしれない、そんな期待が心の中に生まれていました。
夫婦交換が始まって、私は原田さんと3日間を過ごすことになりました。最初は少し緊張していましたが、原田さんはとても優しくて、すぐにその緊張を解いてくれました。彼は、夫とは違い、とても気配りができる人でした。ドライブに行こうと提案してくれて、行き先も私が好きそうなカフェや景色のいい公園を選んでくれるのです。その一つひとつの気遣いが、久しぶりに私の心をくすぐりました。
「敦子さん、ここのケーキは美味しいって評判なんですよ。一緒にお茶でもしませんか?」彼がそう言って微笑むと、私は自然と笑顔がこぼれました。夫とこんなふうに外でのんびりお茶を楽しんだのは、もう何年も前のことだったと思います。原田さんといると、どこか時間がゆっくり流れているようで、まるで若い頃に戻ったかのような気分になりました。
初日の夜、夕食を終えてから二人でテレビを見ていました。リビングのソファに並んで座っていると、自然と彼の肩に寄り添ってしまいました。原田さんは何も言わずに私を受け入れてくれて、その優しさに、私は少しだけ胸が熱くなりました。こうしてお互いに寄り添い合える関係が、ずっと欲しかったのかもしれません。
そして、その夜、私は原田さんと一線を越えてしまいました。夜の生活なんて、夫とはもう何年もしていなかったから、正直、最初は不安でした。でも、原田さんはとても丁寧に私を扱ってくれて、安心して身を任せることができました。翌朝目覚めた時、私は久しぶりに満たされた気持ちで目を覚ましました。それは、夫との生活では味わえなかった幸福感でした。
2日目、3日目と、私たちは毎晩のように愛を確かめ合いました。最初はただの気まぐれかと思っていましたが、原田さんと過ごす時間が増えるにつれて、私は本当に彼に惹かれていることに気付きました。彼の言葉や仕草、笑顔の一つひとつが、私の心に温かく響いたのです。
一方、健治の方も美佐子さんとの時間を楽しんでいるようでした。どうやら彼らも、交換生活の中でお互いの魅力を見出しているようです。聞くところによると、美佐子さん夫婦も元々あまりうまくいっていなかったらしいです。だからこそ、この夫婦交換という提案に踏み切ったのだと、原田さんが教えてくれました。
交換生活が終わる日、私は心の中で複雑な気持ちを抱えていました。原田さんともっと一緒にいたいと思う気持ちが強くなっていましたが、今から健治と離婚して新たな人生を歩むという決断は、60歳を超えた私にはあまりにも重いものでした。それに、子どもたちや周囲の目を考えると、今さら離婚なんて面倒だし、問題を増やしたくないという思いもありました。
そんな迷いを抱えたまま、私は原田さんと夫、美佐子さんの4人でまた集まりました。そこで私は、思い切って自分の気持ちを話しました。「このまま原田さんと一緒にいたい。でも、離婚するのは面倒だし、子どもたちにも心配をかけたくない…」
私が言い終わると、夫が頷きながらこう言いました。「俺も美佐子さんといるのが心地よくて、続けたいと思ってる。でも、敦子と同じで、離婚して全てを変えるのは中々難しい」
4人はしばらくの間、真剣な顔で話し合いました。そして結論が出ました。期間を決めずに、これからも定期的に夫婦交換を続けていくことにしようということになったのです。お互いが納得して、子どもたちにも迷惑をかけることなく、穏やかに過ごすことができるのなら、それが一番良いのではないかという意見で一致しました。
「こんな形の夫婦のあり方もあるのね」美佐子さんがそう言って笑いました。私たちも自然と笑顔になりました。結婚という形にとらわれずに、自分たちの幸せを見つける方法があるのだと知った時、何かが吹っ切れたような気がしました。
私は今、原田さんとの時間を心から楽しんでいます。誰かに依存するのではなく、お互いに支え合いながら、まだまだ恋心を芽生えさせていきたいと思っています。年齢がどうであろうと、心がときめくことは決して悪いことではありません。これからも、この4人の関係を大切にしながら、今までとは少し違った幸せを見つけていきたいと思っています。