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されるがままに

いつまでも若く純愛
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「本日から担当させていただきます。渡辺です」俺は、聞き覚えのあるその声に、思わず硬直した。

嘘だろ――?ベッドに横になったまま、ゆっくりと視線を向ける。

そして、目を疑った。ドアの向こうに立っていたのは、間違いなく4年前に別れた元妻、真由だった。俺は言葉を失った。一瞬、幻でも見ているのかと思った。だが、彼女は確かにそこにいる。黒髪をきっちりまとめ、落ち着いた色合いの介護士用の制服を身につけ、昔と変わらない――いや、どこか大人びた雰囲気をまとっていた。あまりに突然の再会に、脳が追いつかない。俺の沈黙を気にすることもなく、真由は穏やかな笑みを浮かべた。

「よろしくお願いしますね」まるで、初対面の他人に向けるような、丁寧な口調。その態度が、余計に俺を混乱させた。

なんで、真由がここにいる?なんで、俺の介護を?事故に遭ってからというもの、日常は一変した。

半年間の入院を経て、リハビリのために自宅に戻ってきたものの、下半身が動かない体では、まともに生活することもできない。

だから、介護士を頼むしかなかった。だが――よりによって、それが真由だったとは。

「……おい」ようやく声を絞り出す。

「なんで、お前がここにいるんだよ」真由は特に驚くこともなく、淡々とした口調で答えた。

「派遣されたから、それだけですよ」

「……本当は違うだろ?」元妻が偶然、俺の介護担当になるなんてありえない。

だが、真由は「さあ?」と肩をすくめ、手際よく荷物を整理し始めた。

「仕事だから、それ以上でもそれ以下でもないです」淡々とした態度。それが、余計に俺の神経を逆撫でする。

「……他のやつに代わってくれ」俺がそう言うと、真由の手が一瞬だけ止まった。

「なんで?」「なんでって……お前だぞ? 俺の元嫁だろ?」真由は少しだけ俺を見て、微笑んだ。

「それは、ケアマネージャーに言ってくださいね」そう言い残し、真由はさっさと作業を続けた。

まるで俺の言葉なんか、なんの影響もないかのように。俺はベッドの上で拳を握りしめた。こんな姿を見せるのが、どれほど情けないか分かってんのか。

元妻に介護されるとか…だが、真由は俺の混乱も、怒りも、まるで意に介さない様子だった。それが、余計に悔しかった。俺はまだ、こいつを忘れられていないのか――。そんな考えが頭をよぎり、思わず目をそらした。

「じゃあ、着替えましょうか」真由が淡々と言う。「いい。自分で出来る」俺はすぐに拒否した。「パジャマのままじゃ動きにくいでしょ」

「別にいいよ。お前に世話されたくない」

「……そっか。でも、私が担当だからね」俺の拒絶をさらっと流しながら、真由は着替えを準備し始める。俺はベッドの上で唇を噛みしめた。どうしてこいつは、こんなにも平然としていられるんだ。

「なんで、介護士なんかやってんだよ」ぶっきらぼうにそう言うと、真由は手を止めた。

「別に理由なんかないよ」

「嘘つけ」「……嘘じゃないよ。いろいろあって、こういう仕事を選んだだけ」いろいろ、か。それ以上のことは言わない。それなら、それでいい。ただ、そんな真由に、俺が介護されるっていうのが、どうにも受け入れがたい。

「頼むから他のやつに変わってくれよ」もう一度、俺は言った。

「だから、それはケアマネージャーに言ってくださいってば」呆れたように真由は言う。

「でもさ、言っとくけど、私は別に何とも思ってないよ?」

「私にとっては、数多い利用者のひとり。そんな風に思ってくれていいから」そう言って、また着替えを準備し始める。その言葉が、やけに胸に突き刺さった。数多い利用者のひとり――そうか。こいつにとって、俺はもう特別でもなんでもないんだな。

それなら、なぜ、こんなに悔しいんだろう。

「……勝手にしてくれ」俺はそう言って、目を閉じた。それでも、シャツを外されるとき、真由の指が俺の肌に触れる感触に、妙に心がざわついた。この指に、どれだけ触れられたかったか。どれだけ、取り戻したかったか――。だが、それを口にすることはできなかった。

数日が経った。真由は毎日決まった時間にやってきて、何事もなかったように俺の世話をする。俺がどれだけ不機嫌にしても、拒絶しても、動じることなく、淡々とこなしていく。それが、余計に苛立った。本当に、何も思ってないのか?俺のことなんか、ただの患者のひとりとしか見ていないのか?そう考えるたびに、喉の奥が苦くなる。そんなある日、真由が言った。

「今日は湯船に浸かりましょう」「……いい」

「もう四日、タオルで拭いただけよね。ちゃんとお風呂に入らないとくさいよ。」

「いいって言ってるだろ」「ダメ」「……は?」

「お風呂は大事。私が手伝うから、入るよ」そう言って、真由は俺の腕を支えようとした。

「待て待て待て、無理だって!」俺は思わず声を上げた。

「なにが?」「お前に……そんなの、させられるかよ……」

「何をいまさら」真由は軽くため息をつき、俺をじっと見た。

「私だって、何人もの利用者さんのお風呂を手伝ってきたよ? そんな気にしなくていいって」

「そういう問題じゃねえんだよ」

「じゃあ、どういう問題?」俺は言葉に詰まる。

「……お前に、こんな情けない姿を見られたくねえんだよ」素直な本音だった。

だが、真由は少し驚いたような顔をしたあと、ゆるりと笑った。

「そっか」そして――「じゃあ、私も恥ずかしいことをするね」そう言うと、真由は自分のシャツのボタンを外し始めた。

「お、おい!?」「あなたが恥ずかしいなら、私も同じ条件になるから、いいでしょ?」

「ふざけんな!」

「ふざけてないよ」真由はスルリとシャツを脱ぎ、パンツまで脱ぎ捨てた。裸の彼女が目の前にいる。思わず息をのんだ。

「…これなら、恥ずかしくないでしょ?」俺は何も言えなかった。

「ほら、行こう」真由は何事もなかったように俺を支え、浴室へと連れていく。浴槽の中に沈むと、じんわりと体が温まり、強張っていた心まで溶けていくようだった。背中を流してくれる真由の指先が、妙にやさしく感じた。

「……なあ」湯気の向こうにいる真由をぼんやりと見ながら、俺は呟いた。

「お前、本当に、もう何も思ってねえのか?」一瞬、彼女の手が止まる。

「……どうして?」

「お前が、俺のこと許してるとは思えない」

「でも……もし許せないのに、こんなことしてるなら……」

「なら?」

「それは……お前が、まだ俺を……」言葉の続きを言おうとした瞬間、真由がそっと体を寄せてきた。浴槽の中で、ぴたりと密着するほどの距離。

「……そんなこと、今さら考えても仕方ないよ」静かな囁き。だが、その声はわずかに震えていた。俺はそっと彼女を見つめた。目を伏せた真由の頬は、薄紅色に染まっていた。真由の頬がほんのりと染まっているのがわかった。それは、湯気のせいだけじゃない。

「……なんで、そんなことするんだよ」俺は静かに問いかけた。

「……なにが?」

「こんなことまでして、俺の世話を焼く理由が、お前にはあるのか?」真由は、しばらく黙っていた。そして、ゆっくりと俺の肩に額を預けるように寄りかかる。

「……あなたが、怪我をしたって聞いたときね」小さな声だった。

「すぐにでも会いに行こうと思った。でも、私はもう他人だし……行っても迷惑かなって」

「……」「でも、どうしても気になって、遠くから見に行ったの。そしたら、あなたが病院から退院して、自宅に戻るところを見かけたわ」俺は息をのんだ。

「……知ってたのか」「あのとき、声をかけようか迷った。でも、何も言えなくて、ただ見てるだけだった」

「じゃあ……どうして」

「介護なら、あなたのそばにいられると思ったから」真由の声が震えた。

「バカだよね。こんな仕事をしてまで、あなたのそばにいたいなんて」俺は何も言えなかった。

浴室の中、静かな水音だけが響く。真由の手が、そっと俺の背中に回る。

「……俺さ」喉の奥が苦くなる。「ずっと、お前に謝りたかった」

「……知ってるよ」「でも、謝る資格なんてないって思ってた」

「うん……そうかもね」

「だけど……もし、今、やり直せるなら……」俺がそう言いかけた瞬間、真由がそっと俺の手を握った。

「……リハビリ、頑張ってよ」

「……ああ」

「まずはもう一度、自分の足で歩けるようになって」その言葉に、俺は思わず息を呑んだ。

「それって……」

「今はまだ、答えられない。でも……」真由はそっと、俺の頬に手を添える。その仕草が、あまりにも優しくて、俺は思わず彼女の手を引き寄せ、そっと唇を重ねた。それは、4年ぶりのキスだった。

真由は少し驚いたようだったが、すぐに目を閉じ、俺のキスを受け入れる。

湯気の中で、互いの体温が交じり合い、

すべてのわだかまりが溶けていくようだった。

俺は再び歩く。

今度こそ、真由を迎えに行くために。

「……待っててくれよ」そう囁くと、真由はそっと微笑んだ。

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