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診察台の上で…

シニアの恋愛は60歳からチャンネル様シニアの話
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あの夜、私は初めて、自分の身体がこんなにもやわらかく、やさしく扱われるものなのだと知りました。

ベッドの上で重なり合うようにして、彼女は私に触れました。手のひらは驚くほどあたたかく、そして何よりも、どこまでも丁寧でした。

それが逆に私の心をほどき、羞恥や不安を溶かしていったのです。

「明子さん、力を抜いて。私はちゃんとわかってますから」やさしくささやかれたその声に、私は目を閉じました。

もう逃げる理由も、戸惑う理由も見つかりませんでした。

こんな日が訪れるなんて、ほんの数か月前の私は想像もしていませんでした。

私の名前は森田明子、六十歳です。結婚して三十年以上が経ち、今は夫と二人で静かに暮らしています。

娘たちはすでに家庭を持ち、親としての役目も、もう一段落といったところでしょうか。

夫が定年してから二年。退屈というほどではありませんが、毎日が似たようなもので、これといった刺激もなく、ただ穏やかに過ぎていく時間の中で、私は週に二回、ヨガ教室に通っています。体を動かすことで、気持ちも少し軽くなるし、何より、少しだけでも「自分の時間」があるということがうれしいのです。

そんな私の日常が、ある日突然崩れました。朝から少し腹部に違和感があったのですが、午後になって急に我慢できないほどの痛みが襲ってきたのです。台所でかがみこんだまま動けなくなり、夫が救急車を呼びました。

病院に運ばれるのは初めてでしたし、ましてや救急車なんて。痛みに意識が薄れながらも、「私死ぬのかな」と自問していたことを覚えています。

緊急処置の後、検査を受け、医師からこう言われました。

「卵巣のあたりに腫れがあります。筋腫の可能性もあるので、婦人科で詳しく診てもらってください」

婦人科……。この歳になって、そんな場所に足を運ぶことになるなんて思いもしませんでした。

そしてその診察室で、私は人生最大の羞恥と、後の運命に繋がる出会いを経験することになります。

診察台に上がるのは久しぶりで、何とも言えない恥ずかしさがありました。

薄いカーテン越しに「脚を広げてくださいね」と声がかかり、私は目をぎゅっと閉じました。

そのときです。

「森田明子さん……あれ?もしかして……」声がしました。聞き覚えのある声です。

「……えっ?」私は一瞬、何が起こったのか理解できず、目を開けました。

カーテンがそっと開かれ、顔を覗かせたのは、ヨガ教室で毎週顔を合わせている、あの美しい人でした。

「え……松木さん……?」お互い、まるで冗談のようにぽかんと口を開けてしまいました。

まさか、こんな形で再会するなんて。

「私、この病院で婦人科を担当してるんです。まさか、患者さんで来られるなんて」

その声も表情も、いつものヨガ教室の時よりもずっとやわらかく、少しだけ親密さを帯びていました。

「大丈夫、私がしっかり調べますね」と言ってくれた松木さん。でも……“調べる”って、それはつまり……。

私はそのあと、彼女の指先が私の身体に触れるたび、羞恥と困惑が全身を駆け巡っていました。

同じ女性とはいえ、知人に、しかもヨガで一緒に汗を流している相手に、器具まで入れられて見られるなんて――。

しかも、彼女の診察はやけに丁寧で、触診もなんだか念入りでした。恥ずかしさをちょっと変な気分になるほどでした。

診察の結果は、子宮筋腫。薬で小さくなる可能性があるため、手術は一旦見送りに。一安心ではありましたが、それ以上に私は心の整理がつかないままでした。

それからというもの、ヨガ教室で松木さんと顔を合わせるたびに、私の心は妙なざわめきを覚えるようになりました。

向こうも意識しているのか、以前よりも話しかけてくれる頻度が増え、会話のトーンもどこか親しげでした。

「森田さん、お身体どうですか?」

「無理なさらないでくださいね」

そんなふうに言われるたびに、私はあの診察室の情景が頭に浮かんでしまうのです。やさしく、でも念入りに触れられた感覚。

今まで夫にも、あんなに丁寧に触れられたことがあっただろうかと、ふと考えてしまう自分がいました。

ある日、ヨガの帰りにふたりで喫茶店に入ることになりました。

彼女のことをもっと知りたくなった私は、思い切ってこう尋ねました。

「松木さんはご主人さんは?」彼女は少し驚いたように笑ってから、静かに言いました。

「……いないんです、実は。仕事ばっかりしてるので。それに、男性はちょっと苦手なんです」

その言葉を聞いて、私はなぜか胸の奥がきゅっと締めつけられるような気持ちになりました。

この人は、私の知らないところで、何を思って今まで生きてきたんだろう――

そう考えると、どうしようもなく、彼女のことが気になってしかたがなくなりました。

その後、何度かの通院の中で、彼女がふいに言った言葉が、私の心に残って離れません。

「明子さん、キレイですよ。」診察中にそんなことを言うんです。私は顔が熱くなるのを抑えられませんでした。

女性に言われたのに、どうしてこんなに恥ずかしくて、でも、なぜか嬉しかったんです。

夫にすら、もう何年もそんなふうに言われたことなんてありません。

私の中で何かが静かに、でも確実に揺れ動き始めていました。

「また今度、よかったらお茶でもしませんか?」通院の帰り際、松木さんがそう言ったとき、私は軽く頷きながらも心臓がドクドクと音を立てていました。それがただの“親切”ではないことを、私の直感は確かに感じ取っていました。

その日を境に、ふたりは時折、病院の外でも会うようになりました。ヨガのあとにランチへ行ったり、駅前のベンチで缶コーヒーを飲みながら話をしたり。

私たちの距離は、知らないうちにすっと近づいていたのです。

けれど、彼女は女性です。でもそれは“友情”という言葉だけではとても表しきれない何かでした。ある日、松木さんから突然言われました。

「私……明子さんのこと、好きなんです。」何となく予想していたとはいえ私は返事ができませんでした。でも、拒む気持ちも起きませんでした。

ただ、頭のどこかで「まさか」という声と、「やっぱり」という声が混ざり合って、何も言葉にならなかったのです。

夫との関係は、今でも破綻しているわけではありません。夕食も一緒に食べるし、買い物にも出かけます。

でも、もう全く触れ合うことはありません。身体のことだけではなく、心のどこかでお互いにそっと線を引いているような、そんな関係でした。

だからこそ、松木さんの言葉に、私は無意識に引き寄せられていったのかもしれません。

その日も、ヨガのあとふたりでお茶を飲み、ふと私が「もう少しゆっくり話せる場所に行きませんか」と言ったのです。

それが何を意味するのか、私はちゃんと分かっていました。

ホテルの部屋に入った瞬間、私は全身が緊張で固まっていました。年齢のことも、夫のことも、常識も、全部頭の中でぐるぐると巡っていたのに、それでも私は、ここに来てしまいました。

相手は女性です。私は別に同性が好きなわけではありません。でもすごく彼女に惹かれるのです。

「無理していませんか?」松木さんは、ゆっくりと手を伸ばして、私の頬に触れました。

そのやわらかな指先に、私は目を閉じていました。なぜかすごく触れらたいのです。

私たちは、ぎこちなく、でもとても丁寧に、お互いの身体を求めました。指と指が絡まり、唇がそっと重なったとき、私の胸の奥にあった何かが、ふっとほどけていくのを感じました。

彼女の手が私の胸元をなぞり、ゆっくりと下腹部に降りていったとき、私は思わず小さく息を呑みました。

その手は、診察室で私の身体に触れたときとまったく違う、やさしさと熱を持っていました。

「キレイです、明子さん」そう囁かれたとき、私は、恥ずかしさよりも、安堵に近い涙が込み上げてきました。

ああ、私は女なんだ。誰かの目に、美しいと映る存在でいられる。それが、こんなにも嬉しいことだなんて。

夫では味わったことのない満足感が、身体の奥からじわじわと広がっていきました。

何とも言えない快感に包まれる中、私は彼女にすべてを委ねていました。

ふたりの呼吸が重なり、身体が重なっても、そこには罪悪感よりも、深い優しさと赦しがありました。

それから、私たちは月に一度ほど、密かに逢うようになりました。ホテルで会う日もあれば、ただ並んでベンチに座っているだけの日もあります。私は今でも、夫と暮らしています。いつもの日常に戻り、夕食を作り、テレビを観ながら過ごす夜もある。相手が女性だということで、私にはあまり罪悪感がありません。

といっても夫に対して、申し訳ない気持ちがまったくないかと言えば嘘になります。けれど、私はあの人との関係を今は続けたい。そう思っています。この歳になって、もう恋なんて縁がないと思っていた自分が、まさかの女性にときめき、身体を預け、素直な気持ちになれること。それが、私を生き返らせてくれているのです。

「これは恋ですか?」ふいにそう尋ねた私に、松木さんは微笑んで答えました。

「私はそう思ってますよ。何でも良いんじゃないですか?ただ、私は、あなたが必要なんです」その言葉を、私は今も胸の奥に大切にしまってあります。

もしかすると、この関係が夫との仲も壊す日が来るかもしれません。

私たちはこれからも、誰にも知られないまま、でもたしかに、愛し合っていくのだと思います。

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