
十五年ぶりに、私は妻と肌を重ねました。
もう、そんなことはないだろうと、半ばあきらめてはいました。それが突然、妻からのお誘いがあったのです。何の前触れもなく、いや、思えばありました。
きっかけは、娘夫婦が帰省してきた晩のことでした。娘の愛が結婚してから、初めて夫を連れて帰省してきたことです。
久しぶりに家がにぎやかになって、食卓には笑い声があふれていました。洋子も、どこか嬉しそうに見えていました。
その日の夜中、私はふと目が覚めました。静かな家の中に、わずかな揺れのようなものが感じられたのです。
ミシミシと家がきしむ音がしていたのです。
親から継いだ家をリフォームしているとはいえ、我が家はもう築60年の古い家です。
地震かと思ったら違いました。原因はすぐにわかりました。それは娘夫婦の部屋から響いているものでした。
明らかに夫婦の営みだと瞬時に理解しました。
私は目を閉じたまま、静かにため息をつきました。「おいおい」と心の中では苦笑していました。
わざわざ実家に帰ってまでするなよと、あまりに家が軋んでいるので、家の古さを今さらながらに実感しました。
けれど、不快ではなかったのです。早く孫も見たいですしね。むしろ、若いふたりが仲良くしていることに、どこかほっとした気持ちすらありました。
翌朝、洋子はとくに何も言わず、いつも通り朝食を用意していました。何事もなく娘夫婦をもてなしていましたけれど、私は気づいていました。なんとなく妻も昨日のことを気付いているんじゃないのかと。
そして、娘も帰ったその日の晩のことでした。
布団に入ってしばらくして、洋子が私の布団に忍び込んできました。
私は驚きましたが、何も言えませんでした。ただ、胸がどくん、と鳴ったのを感じました。
ゆっくりと向き合うと、洋子の目が、うっすらと潤んでいました。そして、なにかを許すように、頷いて見せました。
私は、そのままそっと彼女を抱き寄せました。
十五年ぶりです。いつの頃からでしょう。気軽に妻を触れなくなっていたのは。昔は何気にお尻を触ったりしていたのに、今はそんなことすれば怒られるとさえ思っていました。
なのでちょっと心配ではあったのですが、妻は受け入れてくれました。パジャマ越しに触れた肌は、やわらかく、ちょっと震えているようにも感じました。
私たちは、ごく自然に体を重ねました。幸い妻も感じてくれているようで、私の中の眠っていた感覚も蘇っていきました。正直、妻と初めて一つになった時を思い出すほど、身体が喜んでいるのがわかりました。
そして、それ以上になんだか、心のほうがほどけていくような、不思議な解放感がありました。
最中は不思議な感覚でした。こんな歳でも出来るんだ、妻も受け入れてくれているのがわかるのでものすごい満足感を得ることができました。
終わったあと、私はただ静かに、洋子の背中を抱きしめました。彼女はそっと体を預けてきて、何も言わずに目を閉じていました。
「昨日の、気付いてたんでしょ?」ふいの妻の一言に私は何も言いませんでしたが、私は妻を強く抱きしめました。
あの夜、娘夫婦が出す“音”を聞いたとき、私と同じように妻もその気になったのだと思うと、なんだか無性に愛おしくなったのです。
こうして、私たちは再び、また“夫婦”に戻ることが出来たのです。
あの夜のことを、夢だったのではないかと思ったのは、翌朝のことでした。朝の光が差し込むなか、私はいつも通り台所に向かいました。
先に起きていた洋子が、背中を向けたまま味噌汁をかき混ぜていたのですが、その背中を見た瞬間、私は胸の奥がじわりと熱くなるのを感じました。何かが、確かに変わっている。けれど、表面上はいつもと変わらない朝。
私が椅子に腰を下ろすと、洋子は湯気の立つ味噌汁をテーブルに置き、何気ない顔で同時に「いただきます」と言いました。
私はそれにうなずいて、箸を手に取りました。いつもより、わずかに優しい味がした気がしました。
「……ありがとうな」思わず、そんな言葉が口から漏れました。
何に対してか、自分でもよくわかっていなかったのですが、洋子はふと手を止め、私を見て、何も言わずに小さく笑いました。
その日から、ほんの少しずつ、日常の中に柔らかいものが戻ってきた気がします。
洗濯物を干すのを手伝ったり、一緒にたたむのを手伝ったり。夕食のあとにテレビを見ながら、テレビを見るときの洋子が座る位置が明らかに以前より近くなっていたり。
それまで、当たり前のように間にあった“距離”というものが、気がつくと少しだけ近くなっていました。
まるで長い年月の中で伸び切ってしまったゴムが、ようやく自然に縮まってきたかのように。
そして、それを私が心地よく感じていることに、少しだけ驚いてもいました。
ある日、夕方の涼しい風が吹くなか、私は「散歩でもいくか」と何気なく声をかけてみました。
洋子は少し間を置いてから、「いいわね」と言って、帽子を手に取りました。
ふたりで並んで歩くのは、買い物以外ではいつ以来だったでしょうか。最初は言葉もなく、ただ川沿いの遊歩道を並んで歩いていました。
洋子の歩幅が少し早くなっていることに気付き、すこすペースダウンし洋子に合わせて歩きました。
途中、彼女が花壇のマーガレットに目をとめ、「昔、庭に植えてたわね」とぽつりとつぶやきました。
私は、あの頃の庭の景色を思い出しながら、「ああ、よく枯らしてたな」と笑って返しました。
ふたりして笑い合えたその瞬間、何とも言えないあたたかさが胸を満たしました。
家に戻る頃には、空が少し赤く染まっていて、洋子が「夕飯、何にしようか」とつぶやいたその声が、妙に耳に残りました。
「何でもいいよ」と答えながらも、私は心の中でこう思っていました。
何でも美味しいよと。本当は口に出して言わないといけないのでですが、それはおいおいそう言えるようにしていきます。
夜になり、寝室に並んで布団を敷きました。あの晩から、私たちは別の布団ではなく、同じ布団で寝るようになりました。
「腰が痛い」と言えば元に戻るのかもしれませんが、今のところお互い文句は言いません。
洋子が電気を消し、「おやすみ」と声をかけました。
私も「おやすみ」と返してから、しばらく無言のまま、天井を見つめていました。
手を伸ばせば届く距離に妻がいる。そのことを、こんなにも意識したのはいつぶりでしょう。
ふいに、洋子の手がそっと私の手に触れました。言葉はいりませんでした。
その手のひらの温度が、今夜もまた、夫婦としての確かな繋がりを教えてくれるのです。
っていっても私達ももう歳です。若い時のように毎日なんて出来ません。
実際、妻は何にも言ってませんでしたが、前回の時の次の日は私は全身筋肉痛でした。情けない話です。
普段使わない筋肉なのか、こんなところがいたくなるのかとびっくりするくらいでした。
それでも私は目を閉じながら、心の中でこうつぶやいていました。
あの時の娘夫婦が家を揺らしてくれたおかげだなと。
思いがけず、あの家の軋み音が、私たち夫婦の歯車を、静かに動かし始めていたのでしょう。
そうそう、あの時の子かどうかは分りませんが娘にも子供が出来ました。
娘は出産前は実家で暮らすと言っているので、妻と二人きりで過ごせるのはあと少ししかないかもしれません。
そう思うと余計に惜しくなるのか、妻を抱きたくなる自分がいます。面白いものですね。
これから先、また季節は巡っていきます。孫が生まれたら生活は一気に変わりそうな気がしますが、穏やかに、静かに、ふたりで時を重ねていけたら良いなと思っています。
洋子が小さく寝返りを打ち、私の肩にそっと頭を寄せました。
私はそのぬくもりを胸に受け止めながら、
「これからも、よろしくな」と声には出さず、心の中でそっと伝えました。
そして静かな夜の中で、私はまた、静かに目を閉じたのです。
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