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ご近所さん。まさかの夫婦交換の提案

いつまでも若くスワッピング系

窓の外には穏やかな秋の日差しが差し込んでいた。私、佐藤昭子は、キッチンの窓から庭を見つめながら、心の中に漂う曇り空を振り払うように小さく息を吐いた。結婚してから20年以上が経ち、二人の子どもは巣立って今は夫婦二人きりの生活。いつもと変わらない朝が始まる。

 夫の英二さんは、無表情で朝食をかきこみ、いつも通りの時間に家を出る。夕方、帰宅した彼は新聞に目を通しながら缶ビールを手にし、テレビの前で淡々と時間を過ごす。夫婦の間には何かが失われたまま、埋まることなく時が流れていた。

色々話しかけても「あぁ」「わかった」などの心のこもっていない返事。 「今日も仕事、大変だったんだろうな…」

 昭子は自分に言い聞かせるようにそう思うけれど、英二さんが投げる遠い視線や、会話の途切れた空気が心に刺さる。その小さな棘はいつの間にか増え続け、見えない壁を作っていた。夕食の時間も会話は短く、かつて笑い合った記憶は遠いものに思えた。

 ある日の午後、庭でガーデニングをしている英二さんのところに、ご近所の伊藤夫妻がやってきた。彼らは同時期にこの区画に引っ越ししてきた当時からの付き合いで、庭先で立ち話をするうちに自然と仲良くなり、今では一緒にお茶をするような仲に変わっていった。

 「ねえ、佐藤さん。私たちも色々あったのよ。もしかして、最近あまりうまくいってないんでしょう?」

 美代子さんがぽつりとつぶやいたその言葉に、昭子の心は不思議と軽くなった。自分だけが孤独を抱えているわけじゃないんだと、誰にも言えなかった気持ちを共有できる相手がいる安心感に包まれた。美代子さんとの会話は深まり、夫婦のすれ違いや家庭での悩みを語り合う時間が増えていった。

 そしてある日、信夫さんが昭子に唐突に言った。

 「佐藤さんたちもレスなんだってね。僕らも同じだったんだよ。」

 その言葉に昭子は一瞬で心臓の鼓動が早くなった。信夫さんの視線が自分に向けられているのに気づく。目を逸らしたいのに、できなかった。信夫さんが少し間を置いて口を開いた。

 「僕たち、パートナー交換をしてみないか?」

 その提案は、突然の嵐のように昭子の心に降り注いだ。信じられないという気持ちと、どこかに潜んでいた「変わりたい」という自分自身の気持ちがごちゃ混ぜになり、頭が混乱する。隣で英二さんも戸惑った表情を浮かべているが、意外にも夫は拒絶する気配はなかった。信夫さんは続ける。マンネリ化した夫婦関係に新たな刺激を与え、互いの感情を呼び覚ますために必要だという。

 その夜、昭子と英二さんは久しぶりに二人きりでリビングに腰を下ろしていた。部屋は暗く、薄暗い照明がぼんやりと二人の顔を照らしている。沈黙が重く流れ、何かが壊れてしまいそうな緊張感が漂っていた。英二さんがぼそりとつぶやいた。

 「今日の話、どう思った…?こういうの、どうなんだろうな…。俺たちにも刺激が必要なのかな。」

 昭子はその言葉に思わず息を呑んだ。夫の声はいつも通り冷静で、まるで他人事のように響いていた。なぜこんなにも平静を装えるのか、不安と疑念が昭子の胸に押し寄せる。普通の夫婦がする話じゃない。パートナーを交換するなんて、聞いたこともない。でも今、自分が抱えているこの苦しさは、このまま放置しても解決しないのかもしれないという思いが、じわりと心を浸食していく。

 「本当にこんなこと、許されるのかな…」

 頭の中で何度も問いかける。目の前にいる夫は、静かに自分を見つめているだけ。隣人であり、知り合いであり、かつてはただの親しみの対象だった人と…そんなことが非現実的なことが起きようとしているのだ。ご近所さんとしての関係を超える――いや、壊すことになるかもしれない。その怖さと背徳感が入り混じり、昭子の心は乱れたまま揺れ動く。

 昭子は英二さんの横顔をそっと盗み見た。どこか遠くを見つめるような視線、彼もまた、何かを押し殺しているのかもしれない。でも、このままではいけないという気持ちがどうしようもなく膨らんでいく。変わらない日常に囚われたまま、もう一生を終えるのだろうか。目の前にある小さな選択肢が、想像以上に重く、そして危険に見えた。

 「変わりたいのは私自身なのかもしれない…」

 自分の心の奥から聞こえるその声に、昭子はゆっくりと目を閉じた。もし、今ここで新しい一歩を踏み出したらどうなるのだろう。その先に待っているのは、さらなる後悔か、それともまだ知らない自分の一面なのか。それすらわからないまま、昭子はその提案を受け入れてしまった。

 そして、三日間だけ、パートナーを交換する――そんな奇妙な約束が交わされた。初日、昭子は信夫さんの家に向かった。玄関のドアを開けるとき、手が震えているのが自分でも分かる。心臓の鼓動は異常なほど速く、まるでこのまま止まってしまうのではないかというほどだった。道を踏み外している感覚。近所の奥さん同士の何気ない会話や、隣人たちの視線が頭をよぎり、背中を押す風が冷たく感じた。

 信夫さんは、そんな昭子の不安を感じ取ったのか、優しく「来てくれてありがとう」と声をかけた。その言葉が、少しだけ張り詰めていた昭子の心をほぐすようだったが、完全には安堵できなかった。どこかで「これは間違っている」という気持ちがくすぶり続ける。けれど、信夫さんの温かな笑顔に自分を預けたくなる気持ちも、確かにそこにあった。

 「こんなこと、していいのかな…」

 昭子の中でぐるぐると回る感情。自分を見失うことへの怖さと、解放されることへの淡い期待。どちらが本当の自分なのか、昭子はまだその答えを見つけられないまま、信夫さんのもとへと足を踏み入れた。

 信夫さんは料理をするのが大好きだということで、夕食には凝った料理が並び、二人はワインを片手に語り合った。穏やかな会話の中で、昭子は久しぶりに自分自身を取り戻したような気がした。今この瞬間、この人は私のことを考え、私のことだけを見てくれている。どうしてこんなことをしているのだろうと自問しながらも、信夫さんの温かな視線に包まれ、言葉にできない安心感が広がる。

 「もう忘れかけていた感覚が蘇ってくるみたいです。」

 昭子の言葉に、信夫さんは静かに頷き、そっと彼女の手を包んだ。その夜、二人は寄り添いながら静かに眠りについた。翌朝、目を覚ました昭子の胸には、久しぶりに感じる軽やかな感覚が残っていた。

 伊藤夫妻の提案がもたらした、新しくて特別な時間。昭子はこの経験が自分たちの夫婦にどんな影響を与えるのか、まだはっきりとはわからないままだった。夫は何も聞いてこない。私も何も聞くことが出来ない。でも、その後の二人の間には、以前よりも自然に会話が戻り、一緒に過ごす時間が少しずつ増えていった。

 あの出来事が夫婦の新たな繋がりを生み出したのか、それともただの一時的な逃避だったのか。それは昭子にもまだわからない。けれど、変わり続ける夫婦の形の中で、二人はもう一度共に生きていく道を探そうとしていた。日常は相変わらずで、それでも、心の奥に芽生えた小さな温もりを確かめながら、昭子は夫と手を取り、再び歩み始めるのだった。

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