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入院前夜、最後に一緒に寝ました

シニアの恋愛は60歳からチャンネル様シニアの話

私の名前は孝太郎、まだサラリーマンをしています。長年連れ添ってきた妻の朋美と、何気ない日常を重ねてきましたが、最近、彼女が家事のことでやけに口を出してくるようになりました。「自分で掃除してくれる?」「食器も自分で洗ってね」「お風呂洗ってね」など、今まで言われなかった言葉を投げかけてくるようになりました。少しでも気を抜くと「あれもこれも」と、次から次へと細かい指示が飛んでくる。

家事を手伝わない私に不満を抱いているのかと思い、しばらくは妻の言う通り頑張って家事をこなしていた。

ただ、仕事とは違いどうにも段取りよく出来ない。そんな家事をスマートに出来ない私の代わりに、食洗器や掃除ロボット、全自動洗濯機を買おうなどと提案してくるようになったのもこの頃だった。「え?いっきに全部揃えなくても。買わなくても」と言い返しても、「こういうのは一気に揃えておいた方がいいのよ。これからのこともあるし、家事って意外と大変でしょ?」

そういい、ありとあらゆる家電を揃えていきました。口には出しませんでしたが、私は正直大量にお金を使い、自分が楽をしたいんじゃないのかと憤っていました。その日からも妻は私に家事をさせようと口うるさく接してきました。何度も何度も妻に言われるうちに、つい面倒に感じてしまい、「そこまで細かくしなくてもおいおいできるようになれば良いんじゃないか?」と言い返してしまうこともありました。朋美は少し驚いたような顔をして、それから寂しげに目を伏せて黙り込む。その沈黙が、なんだか妙に重く感じられたけれど、言葉にはできませんでした。そういう些細な言い争いが、いつの間にか私たちの日常の一部になっていたのです。

そんなある日、朋美が不意に「ちょっと話があるの」と改まって言ってきました。急にそんな顔をされると、何か胸がざわつきました。妙な緊張がこみ上げてきて、(もしかして、最近家事に口うるさいのは離婚してほしいからなのだろうか)なんて考えが頭をよぎりました。考えれば考えるほど不安が募り、鼓動がやけに大きく響いてくる。息苦しい沈黙が続く中で、彼女の口から出た言葉は、そんな私の予想を大きく裏切るものでした。

「私ね…病気みたいなの。もう手術も出来ないみたいで……」
一瞬、耳にした言葉の意味がつかめませんでした。冗談だろう、と自分に言い聞かせようとしたけれど、朋美の表情が冗談ではないことを物語っていた。その静かな目が、まるで遠い場所からこちらを見ているように感じられ、ふと背筋に冷たいものが走った。

「……嘘だろ?なんで?だから最近…」思わず声が漏れたが、それ以上は何も言えなかった。頭の中が真っ白になり、現実の感覚が遠ざかっていく。どうして彼女がこんなことを言わなければならないのか……目の前の彼女が少しずつ遠ざかっていくように感じて、ただその場で呆然と立ち尽くしました。

その夜、いつもなら私が先に寝てしまうのに、朋美がそっと私の布団に潜り込んできました。「来週には入院になるから……」彼女は小さな声でそう言って、寂しげに微笑みかけてきた。その微笑みが、ふと新婚の頃の彼女を思い出させました。あの頃のように寄り添い、私たちは言葉もなくただ求めあいました。彼女の温もりが、静かに、深く、胸に染み込んでいくたびに、時が止まってほしいと願わずにはいられませんでした。この瞬間が永遠に続けばいい……そう思いながら、彼女の体温と微かな息遣いを、心に刻みつけました。

そしてそれからというもの、私は毎日病院へ通う生活が始まりました。先生に確認すると、手の施しようがなく痛み止めを処方するしかないと言われました。朋美は入院してから、病室のベッドで穏やかに過ごしているものの、日に日にその体が痩せていくのを、私は見逃すことができませんでした。明るい陽の光が差し込む病室で、彼女の寝顔をただ見守る時間が、次第に私の日常の一部になっていきました。彼女が目を閉じている間は、まるでそこに時が止まっているようで、私はその静けさの中に深く沈み込むような感覚を味わっていました。

ふとした瞬間、彼女の手を握りしめながら、これまでの私たちの時間が頭の中をよぎります。些細なことで口論したこともあったけれど、それも全部、私たちにとって大切な日常の一部だったのだと気づかされました。いつも彼女が隣にいてくれる、それだけで私は幸せだったのだと。もっと大切にしてあげればよかった、もっと優しくしてあげればよかったと、幾度も幾度も後悔が胸を締めつけました。

「あなた、今までありがとうね。私は幸せだったよ。唯一の心残りは子供が出来なかったことかな。だから家事は出来なかったらお手伝いさんを頼んでね…」

彼女はこんな時まで私の心配をしているのです。そして…その言葉が彼女の最後の言葉となりました。

その日から目を覚ますことはなく、そして、ある日の夕方、病室の窓から差し込む夕陽が、朋美の横顔を柔らかく包んでいました。その光は彼女をこの世から少しずつ連れ去っていくかのように見えて、思わず目を伏せました。心の中で「連れて行かないでくれ」と何度も呟きながら、彼女の手を握りしめました。彼女が残してくれた最後の時間は、夕陽が沈むとともに終わりを迎えました。ただただ悲しみに包まれながら。

朋美がいなくなった日々はただただ寂しく、その静寂は、私が思っていたよりもはるかに深いものでした。心にぽっかりと空いた穴が、まるで暗闇のように広がっていく。何をしても彼女のいない現実が押し寄せてくるたび、私は耐えがたい寂しさに襲われました。でも、彼女が最後に見せてくれた微笑みと「ありがとう」の言葉が、今も私を支えてくれています。朋美が教えてくれた何気ない日常の幸せ、ありふれた時間の美しさを、私は心にしっかりと抱きしめています。

これからは、彼女が残してくれた思い出を胸に、前を向いて生きていこうと思います。いつかあちらに行った時に頑張って生きたよと胸を張って彼女に会いたいと思います。彼女と過ごした日々が少しずつ過去のものになっていくのが、今はただ寂しいけれど、それでも、彼女が私の中でいつまでも微笑んでくれていることを信じて……。

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