こんにちは。今日のお話は私の周りにもよくあるお話です。最後まで聞いて下さい。
俺の名前は吉岡隆弘64歳です。自分で言うのもなんですが、俺は育児や家事に協力してきたつもりです。仕事だけを頑張った父親がある程度子供たちが大きくなってから離婚される姿を見てきました。恩を着せるつもりはありませんが仕事だけではなく育児や家事まで協力している夫というのは同年代ではほとんどいませんでした。末っ子も大学を卒業して、ようやく子育ても一段落ついたのだと安堵したころでした。
「あなた、離婚をしてください」
妻から突然離婚を言われてしまったのです。もしかして俺が何かしてしまったのかと色々と考えてみましたが、妻から離婚を切り出されるようなことは一切していません。むしろ、俺の方が「もう少し家のことをちゃんとしろ」と言いたい状態が続いていたのです。それなのに、妻は感謝の気持ちすらないのでしょうか。だけどここで怒鳴ってしまっては俺が悪くなってしまいます。そのため、なるべく冷静さを失わないように妻と話し合いをすることにしました。
「はっきり言って離婚を言われる理由が思い当たらない。まさかとは思うが、お前不倫でもしているんじゃないだろうな」
「不倫なんてしているはずがないでしょう。思いやりの欠片もないあなたとこれ以上やっていけないと言っているの。末っ子も大学を卒業したし、タイミング的にも悪くないでしょう?」
正直、怒鳴りそうになるのを必死にこらえました。俺がどれだけ育児や家事に協力してきたのか、妻はそんなことも忘れてしまったのでしょうか。恩着せがましく聞こえるかもしれないから、今まで言わなかったけど俺がどれだけ頑張ってきたのかをしっかり伝えたのですが……。
「俺は仕事が忙しい中、家事や育児だって協力しただろう!感謝の気持ちさえ忘れたのか!」
たまりかねて俺が怒鳴ると、妻は鼻で笑うような仕草を見せました。
「家事や育児に協力した?毎回汚れが残ったままの茶碗で手間だけを増やされましたね。育児についても自分が行きたいところしか連れて行かなかったじゃない。しかも子供が泣いてうっとうしいって出先に置いて帰ってきたことだってあったわね」
たしかに俺は家事には不慣れだったので汚れが残っていたこともあるでしょう。子供についても、しつけの一環で「言うことを聞かないとこうなる」ということを教えるためにしたことです。俺は離婚を突きつけられるほどひどいことをしたのでしょうか。理解できません。
「子供たちだってあなたに懐いているわけじゃなくて、逆らったら何かをされるかもしれないって怯えていたのは気付いていた?子供の頃のトラウマなんてなかなか消えるわけじゃないの」
まさか子供たちがそんなことを思っていたなんて思いもしませんでした。家族旅行の時や嫁さんを連れてくる時だってにこにこと笑顔だったはずなんです。
「笑顔でいただろうって?あなたを怒らせると自分の奥さんや子供に何かされるかもしれないと思っていたからに決まっているじゃない」
「だったら、どうしてもっと早く離婚しようと言わなかったんだ!」
妻は小馬鹿にするように笑いながら言いました。子供たちの学費のために耐えていたのだと。まだ子供たちが小学生の頃から離婚は考えていたそうです。だけど感情のままに離婚をしても、自分だけならともかく子供たちにまで苦労をさせることになってしまうと。だから妻は耐えて、耐えて、耐えて、耐え続けたのだと言います。そして、末っ子が大学を卒業して、俺は用なしになったのだと言うのです。
「そんな、ひどいことがあるか……?」
「ひどい?あなたは勝手に美談のようにしているけど、育児や家事を手伝ったと言っても上澄みにすらならない部分を触っただけ。本当に苦しい時に手伝ってくれたことはあった?私が体調を崩している時でさえ、あなたは同僚との飲み会を優先したじゃない」
仕事をする以上、どうしても付き合いというものがあります。そのため、外せない飲み会だってあるのです。そんな俺の考えを見透かしていたのか「ふふふ」と妻が笑います。
「仕事を理由にするの?だけどおかしいわね、あなたが働いていた会社は愛人との飲み会を優先するように教えるの?」
妻からの言葉にドッと一気に嫌な汗が吹き出しました。確かに俺は若い時に不倫をしたことがあります。不倫と言っても半年程度のもので、それ以降は他の女性にうつつを抜かすことはありませんでした。不倫をしたことも反省して、家族の時間を作っていたのにたった半年の不倫を今さら持ち出してくるのは卑怯だとさえ思いました。
「今さらだとか考えているなら、もう救いようがないわね。言っておくけど、あなたとの離婚を考え直そうと思ったこともあったわ。だけどそのたびに嫌な気持ちを上塗りしてきたのはあなたなのよ」
俺は家族に寄り添っていたつもりで、結局自分勝手なふるまいをしていただけなのでしょうか。その数日後に友人に話を聞いてもらったのですが、全員から「お前が悪い」と言われました。友人の前ではいい夫、いい父親アピールをしていたので余計にダメ出しをされてしまいました。
「俺は多分お前が言うほどいい父親やいい夫じゃないんだろうなと思っていたけどね」
ひとりの友人がそんなことを言いました。その友人が言うには「お前いい人アピールしすぎて逆に怪しかったから。まさか自覚がないとは思わなかったけど」と言われて、妻が離婚を切り出したのはこれまでの俺の行いが積み重なったものだったとようやく理解できました。
「きっとお前の嫁さんも子供たちもこれまで我慢してきたんだよ。だからお前にできることは、もう解放してやることなんじゃないのか?」
どうすれば離婚を免れるかアドバイスを貰いたかったのですが、誰も賛同してくれません。それどころか「離婚してやれよ」とまで言われてしまいました。子供たちなら何とか妻を説得してくれるのではないかと思ったのですが、この前大学を卒業した末っ子でさえ会おうとしてくれません。つまり、子供たちにとっても俺は会う価値のない親、会いたくない親でしかないということなのでしょう。子供たちから拒否されて、ようやく自分のことが見えてきた気がします。
「子供を利用して離婚を免れようとしたのね。相変わらずね」
妻の言葉に反論することはできませんでした。そこで俺はこれまでのことを伝えたんです。自分ではいい夫やいい父親のつもりだったということ、子供たちや妻から嫌悪されているとは思っていなかった、これからは夫婦でゆっくりする時間を持てると思っていたなどです。
「あなたが全く何も考えなかったとまでは思っていないわ。ただ、あなたは自分が正しいと思うことをするだけで家族に対して何かを聞くことをしてくれなかった。だから家族旅行だってあなたの行きたいところだけだったでしょ?子供がテーマパークに行きたいと言っても自分が楽しくないと言って却下していたじゃない」
妻の言葉に思い当たることばかりでした。せっかく家族旅行に行くなら子供を主体とするのではなく自分が楽しめる場所を選んでいた自覚があるからです。親であるなら子供のことを何よりも最優先にしなければいけなかったのに。こんなことが続いていたから、俺は妻から離婚を言い渡されるし、子供たちからも拒否されることになるんだと分かったのです。
結局俺と妻は離婚しました。今はまだ子供たちにあわせる顔がありませんが、もう少し落ち着いたらきちんと謝罪をしたいと思います。そして今さら遅いかもしれませんが、人の気持ちを考えられるような人間になりたいです。