私の名前は田中政子62歳です。
結婚してから専業主婦として家庭を守ってきました。特別なことはなくても平凡な毎日が続いていくのだろうと思っていました。
夫から「離婚したい」と言われるまでは、の話ですが。ドラマや映画で突然離婚を言い渡されるというものは見たことがありますが、まさか自分が言われる立場になるとは思いませんでした。
「い、いきなり離婚だなんてどういうこと?」
私が震える声で話しても、夫は表情ひとつ変えることはありませんでした。
なぜ離婚を言うに至ったか聞いてみると、驚くほどあっけない理由でした。それは「好きな人ができた」だそうです。
ものすごく言い方は悪いですが、夫は私より3つ年上なので65歳です。この年齢になって「好きな人ができた」と堂々と言えるなんて、ショックというよりも嫌悪感の方が強かったです。
しかも、夫は現在進行形で不倫をしているのだと言います。その相手は夫が通っているリハビリ施設のスタッフだと言うじゃありませんか。
夫は数年前に脳梗塞で倒れてからリハビリ施設に通うようになっていました。
日常生活に大きな影響が出るほどではないのですが、リハビリをすることで現状維持を保てているというところです。
自宅ではなかなかリハビリをしようとしないので、リハビリ施設に通うことになっていたのですが、まさか不倫というリハビリまで行っているとは驚きでした。
私も62歳で、若い女性のように不倫をされたからと言って泣きわめくようなことはしません。この年齢になると、多分そういう時期を過ぎてしまうのではないでしょうか。
もしかしたら、私が冷静すぎるのかもしれませんけどね。
「リハビリ施設に行って不倫をするなんて、あなた恥という言葉は知らないの?」
「そんなことを言われても……」
相手の女性は30代だと言います。
はっきり言って、私から見れば30代はまだまだ若いです。
そんな女性が夫と不倫をするというのは、何か企みがあるからじゃないのかと邪推してしまいます。夫にそのことを言っても「彼女はそんな女じゃない!」と言うばかりで、脳内お花畑状態なので話になりません。
夫のそんな姿を見たせいもあり、離婚したくないという気持ちは薄れて、こんな男は捨ててやるという気持ちの方が強くなりました。
「分かりました。離婚は受け入れますが、相手の女性にも慰謝料は請求しますからね」
「な、なんで!」
「なんでって、私があなたと不倫相手に慰謝料請求するのはおかしいことですか?」
「彼女は子供もいて苦労しているんだぞ」
「私がこれからの老後を苦労することについては何も思わないんですか」
私が冷たく言うと夫は黙り込んでしまいました。
きっと私の苦労なんかよりも、不倫相手との生活の方が大事ということなのでしょう。
「離婚したい」と言われてから、夫が何かを話せば話すほど幻滅していくばかりです。結婚生活すべてが不幸だったわけではないのに、こんな男と結婚してしまって私の人生は何だったのかと考えてしまうほどになりました。
その後、私たち夫婦は離婚をしました。
子供たちは全員県外で家庭を持っているので電話連絡だけで済ませました。
みんな驚いていましたけど、年老いてから不倫をした夫に対して「軽蔑する」など言っていました。
もう子供たちもいい年の大人なので、夫との付き合いは子供たち自身で決めるでしょう。恐らく夫と交流を持ちたいという子供はいないと思いますが。
「本当に申し訳ございませんでした」
離婚が決まり、私は夫同席のもとで不倫相手と会う機会がありました。
不倫相手は30代と聞いていましたが、20代半ばでも通るほど若々しい人でした。子供がいるようですが、とても子供がいて苦労しているような女性には見えなかったのです。
まったく苦労をしていないとまでは言いませんが、恐らく夫が思っているような苦労はしていないでしょう。
だって、彼女の持っているバッグはとあるブランドの最新作です。娘が「自分へのご褒美に買っちゃった」と見せてくれたものと同じでした。
娘だから庇うわけではありませんが、節約をしたりといろいろ我慢をした上で買ったそうですし、娘の旦那さんたちも納得していることなのでしょう。
だけど目の前の女性は人の夫に手を出した挙句、大げさに苦労をしていると言っているのではないでしょうか。そんな相手に嫌悪感を持つなという方が無理です。
「あの、慰謝料についてなのですが減額して頂くことはできないでしょうか」
「できませんね」
同情を引くように落ち込んだ声で言ってくる不倫相手に、私はきっぱりと断りました。同情を引いて慰謝料の負担を軽くしようと思ったようですが、こんな小娘に丸め込まれるほど私は弱い人間ではありません。
「おい!彼女には子供がいるんだぞ。彼女の分は俺が」
「財産分与をした後であなたが払うならいいわよ。だけど、財産分与する前にあなたが支払ったら、結局私のところに来るお金が減るでしょう?」
夫もそのことは分かっていたのか、財産分与した後に支払うとは言いませんでした。
そのやり取りを見ていた不倫相手が「結局あなたは旦那さんを金づるとしか思っていないんですね」など言い始めたのです。
私は思わず笑ってしまいました。
「金づると見ているのはあなたでしょう?私が何も知らないと思っているんですか?」
きっと不倫相手は私が何も知らないと思っているのでしょうね。
私は不倫相手と話し合いをする前にいろいろと調べてもらいました。
お金はかかりましたけどね。あぁ、でも調査に使ったお金は私が独身時代に貯めていたお金なので夫のお金は使っていません。
「ど、どういうことだ?」
夫がおろおろとしていますが、知った情報をこの場で教えるほど馬鹿ではありません。
不倫相手のことを教えたら、恐らく夫は離婚を撤回してくるからです。そんなややこしいことになるのに、事前に伝えるはずがないじゃないですか。
不倫相手は何のことを言われているのか分かったのか顔面蒼白になっています。
「あなたが隠し通せていると思っていること、私はすべて知っていますので。その上で減額など厚かましいことを言えるんですか?とにかく今後は弁護士に依頼するので、直接ではなく弁護士を通して連絡をしてくださいね」
それだけ言って私は席を立ちました。
その後、私と夫は離婚が成立して独り暮らしをしています。
ただ、元夫から復縁の話がうっとうしい毎日ではありますけどね。元夫の不倫相手は独身を装っていたようですが、実は既婚者でした。不倫相手の旦那さんは単身赴任をしていたそうです。
騙しやすそうな元夫に目をつけて、お金だけを搾り取るつもりだったのでしょう。もちろん、元夫と不倫していたことは相手の旦那さんにも伝えさせて頂きました。
そのせいか、不倫相手も離婚を言い渡され、子供は旦那さんが育てることになったそうです。人の家庭を壊した報いを受けたということでしょう。
元夫はと言えば騙されていたことが分かって、私に復縁要請をしてきました。
もちろん私は突っぱねていますけどね。
恐らく身の回りのことをしてくれる人がいなくなって困っただけでしょう。
それが透けて見えるから、余計に元夫のことが嫌いになりました。離婚をしたら私も寂しさが出てくるのかと思ったのですが、自分のことだけをすればいいので負担は減りましたね。
興味があった習い事などにも行ける余裕が出てきて、離婚は私に新しい人生を与えてくれたと言っても過言ではありません。
身体を壊した時などは苦労もあるでしょうが、あの元夫と一緒にいるよりはマシです。
62歳にして第二の人生というわけではありませんが、これからの人生を自分のためだけに楽しんでいこうと思います。
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