私は春男、64歳です。歳月が流れるのは早いもので、気がつけばあっという間にこの年齢に達してしまいました。しかし、私の心の中には、ある一つの影がいつまでも消えないでいます。それは、過去の浮気の記憶です。今から15年前、私は自分の欲望に溺れ、家族を裏切ってしまいました。その結果、妻との関係は一度大きく揺らぎました。
私たち夫婦の出会いは、もう40年も前のことです。若い頃は夢中になって仕事に打ち込んでいましたが、同時に妻も私を支えてくれていました。彼女は本当に素晴らしい人で、家のことを何も言わずに引き受け、私が帰るのを待っていてくれました。そんな彼女を裏切ることになるとは、当時の私は思いもしませんでした。
浮気が始まったのは、仕事でのストレスが高まった頃です。同僚の一人と飲みに行くことが増え、その流れで彼女と関係を持ってしまいました。最初は軽い気持ちでした。彼女は魅力的で、話をしていると気分が高揚していくのを感じました。私の中での「浮気」という言葉は、どこか遠い世界の話のように思えたのです。一度くらいなら…そんなことを当時は考えていたと思います。
しかし、現実は甘くはありませんでした。ある日、妻が私の帰りが遅いことに疑問を持ち始めました。そして、浮気相手からの連絡がきっかけで、妻からの疑いがより一層強くなってしまったのです。帰宅した私は、妻の冷たい視線を受けました。心のどこかで「この問題はなんとかなる」と思っていましたが、その考えは甘かったのです。
妻は私に問い詰めてきました。「あんた浮気していたの?」その言葉が耳に入った瞬間、心が締め付けられるような感覚に襲われました。何も言えず、ただ目をそらすしかありませんでした。彼女の怒りと悲しみが、私の心を打ちのめしました。
「どうして、私を裏切ったの?」その質問は、今でも鮮明に覚えています。私の心の中で罪悪感が渦巻いていましたが、言葉にすることはできませんでした。言い訳をすることもできず、ただ黙り込むしかありませんでした。その時の妻の表情は、私にとって一生忘れられないものとなりました。少しその近辺の話をしたいと思います。
修羅場が訪れた日のことは、今でも忘れられません。あの日ほど鮮明で恐怖を植え付けられたのは初めてでした。ある日のこと。妻は私が浮気していることを疑っていました。
でも証拠が出ないように全力を注いでいた私はバレる心配などしていませんでした。
浮気相手の彼女には絶対に夜は連絡しないように約束していたのです。まあ彼女も女性ですから、私に放置されているみたいで不安だと言っていたのですが、これからも関係を続けるなら仕方ないことだと説明したら渋々受け入れてくれました。だからバレない自信があったのです。でもある時から少し妻の様子が変わったのです。それまで私との会話は弾まなかったのですが、彼女はよく話をしてくるようになりました。最初は警戒していた私だったのですが、妻があまりにも私を持ち上げてくれるので気分が良かったんだと思います。
それで私は徐々に警戒心が解かれていった。まんまと妻の罠に俺はハマってしまっていたんです。それから程なくして私は仕事から帰宅する途中、ある違和感を覚えたのです。
浮気相手の彼女とメッセージをしながら当時は帰っていたのですが、彼女は絵文字をよく使う子でした。でもその時のメッセージに絵文字はなかったんです。体調でも悪いのかなと思っていましたが、特に不自然だなとは思いませんでした。そして帰宅した時にあれは、直感だったんだと思います。何だかいつも帰ってきている家の雰囲気とは少し違ったのです。「ただいまー」と言っても妻の「おかえり」がありません。おかしいなと思いつつ家の中へ入っていくと、リビングで浮気相手が正座しているのを目撃しました。さらに彼女の携帯は妻が持っていました。私はその瞬間すべてを察したのです。「終わった…」と。
その後妻の前で浮気相手と並ばされて土下座をしました。彼女の表情は冷たく、私の心に重くのしかかりました。何を言っても、どんなに謝罪しても、その瞬間はすべてを無にしてしまうような恐怖がありました。「どうして、私を裏切ったの?」
その言葉が再び耳にこだました。私は頭を下げていましたが、心の中では申し訳なさでいっぱいでした。妻は浮気相手を睨みつけ、そして私を見下ろすようにしていました。
その眼差しは、私が一生懸命に築いてきた信頼を全て打ち壊した罪人を見ているようでした。「もういい、言わなくていい。あなたの気持ちなんてどうでもいいから。」その冷たい言葉が、私の心をさらに抉りました。私はただ、彼女の気持ちを考えることができなかったことを悔やんでいました。妻に対する愛情が、今や恨みに変わってしまっているのではないかと、不安に駆られました。
「私が悪かった。本当にごめんなさい。」何度も謝り続ける私の声が虚しく響きました。土下座をしながら、自分の愚かさを痛感していました。浮気相手も一緒に謝罪しましたが、その場の雰囲気はますます重くなるばかりでした。妻は、私がどれほど無責任であったかを理解し、傷ついているのだろうと思いました。
その後、数週間はまるで悪夢のようでした。妻は私に対して冷たく、会話も最小限に抑えられました。私がリビングにいるときでも、妻は自分の部屋にこもり、私の存在を無視するようになりました。私の心には、彼女に対する申し訳なさと、これまでの時間が無駄になってしまったことへの焦燥感が広がっていました。
しかし、その沈黙が続く中で、次第に妻の態度が変わっていくのを感じました。ある日、私が帰宅した際、彼女は私にこう言いました。「あなたがどれだけ謝っても、私の心の傷は消えない。でも、これからどうするかはあなた次第。」その言葉は、私にとって一筋の光明のようでした。妻が私を完全に拒絶するわけではなく、まだ関係を修復できる可能性があると感じたからです。
それからの私は、妻を支え続けることに全力を尽くしました。彼女が求めることには従い、少しずつ信頼を取り戻そうと努めました。家事や子どもの送り迎えを率先して行い、妻が疲れているときには、手料理を振る舞うように心がけました。最初は警戒されていましたが、次第に妻の表情にも柔らかさが戻ってきました。
「少しずつだけど、あなたのことを見直しているわ。」そんな彼女の言葉が私を励ましてくれました。私が謝罪した後、彼女が私を見つめ直す姿勢に、感謝の気持ちが溢れました。そして、その瞬間、私は彼女に対する愛情がどれほど深いものであるかを再認識しました。
数年が経ち、私たちは徐々に関係を修復していきました。妻は私を許し、私も彼女を大切に思う気持ちを改めて抱くようになりました。その後、我が家には穏やかな日々が戻ってきました。子どもたちが巣立って行く中で、私たち二人だけの時間が増え、共に過ごす幸せを再び感じられるようになったのです。
今、64歳になった私が思うのは、妻の存在の大切さです。過去の愚かさを乗り越えて、彼女が私を捨てずにいてくれたことに、心から感謝しています。これからの人生、彼女と共に歩んでいく中で、私は一層彼女を大切にし、従っていきたいと思っています。彼女の笑顔を見るたびに、私は彼女を失ったあの日のことを思い出し、感謝の気持ちを忘れないように心がけています。
私たち夫婦の絆は、過去の試練を経て、より強固なものになりました。これからも、妻と共に手を取り合って、人生を歩んでいきたいと思います。