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夜中の逢引

シニアの恋愛は60歳からチャンネル様シニアの話
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私の名前は本田啓介、61歳です。

定年を迎えた私は、長年勤めた会社を去り、ぽっかりと空いた時間をどう埋めればいいのか分からずにいました。仕事一筋で生きてきた私にとって、何もしない日々は、どこか落ち着かないし、忙しそうにしている妻の横でだらけるのも気が引けるものでした。

最初のうちは、妻と旅行に行ったり、テレビを見たり、本を読んだりして過ごしていましたが、それもやっぱりお金がかかります。何か夢中になれるものが欲しい。そう思ったとき、物置の隅に埃をかぶった釣り竿を見つけたのです。

私は若い頃、釣りが大好きでした。学生のときは友人と頻繁に夜釣りをしたものですし、社会人になってからも、休日には海へ出かけ、時間を忘れて釣り糸を垂れていました。しかし、結婚し、子どもが生まれ、仕事が忙しくなるにつれて、釣りから遠ざかっていきました。久しぶりに海へ出かけ、釣り竿を手に取ると、驚くほど懐かしい気持ちになりました。潮の匂い、波の音、手に伝わる魚の引き……すべてが昔の記憶を呼び覚ますようでした。それ以来、私は釣りにのめり込むようになりました。幸い妻も、「おかずをたくさん釣って来てくれるなら良いわ」と賛成してくれました。

さらに、私の自宅から海までは車で10分もかかりません。交通費はほとんどかからず、エサも自作できるので、釣りにはほとんどお金がかかりません。毎月の小遣いで十分にやりくりできます。近所の精米所から分けてもらった米ぬかを発酵させて作った団子エサ、魚のアラを煮て作る撒き餌。そんな工夫を凝らすうちに、釣果もどんどん上がっていきました。

「またこんなに釣ってきたの? 漁師みたいね!ご近所に配らないと」

妻は呆れながらも、釣ってきた魚を嬉しそうに料理していました。刺身、塩焼き、煮付け、干物。私が釣ってくる魚で、食卓は少しずつ豊かになりました。

釣りをしている時間は、何も考えずに済むので気が楽でした。波の音を聞きながら竿を握っていると、まるで時間が止まったような気がするのです。しかし、そんな平穏な日々の中で、私はひとつ、妻に言えない秘密を持つことになりました。

それは、釣り仲間のことです。釣り場で知り合いができることは珍しいことではありません。情報交換をしたり、釣果を分け合ったりするのは、よくあることです。しかし、その相手が 女性 となると、話は違いました。

彼女の名前は田中美佐江さん。48歳です。彼女とは夜釣りをしていたとき、偶然知り合いました。最初に会話を交わしたのは、彼女の悲鳴を聞いたときでした。

その夜、私はいつものように堤防で釣りをしていました。夜の海は静かで、波の音だけが耳に響いていました。漁港の明かりが遠くに揺れ、釣り人たちのシルエットがぼんやりと浮かび上がっていました。そんな中、「きゃっ!」という女性の声が聞こえたのです。

「大丈夫ですか?」驚いて駆け寄ると、そこにいたのは、美佐江さんでした。

「……バケツに入れていた魚を、猫ちゃんに持って行かれちゃいました」彼女はがっくりと肩を落としていました。その日はなかなか釣れず、ようやく釣り上げた一匹を持って行かれてしまったのだそうです。

「良かったら、分けましょうか?」そんな何気ないやり取りをきっかけに、連絡先を交換しました。それからというもの、一緒に釣りをするようになりました。彼女はもともとご主人と釣りをしていたそうですが、夫は現在単身赴任中らしく、一人で来ることが多いのだそうです。

気がつけば、もう半年ほど一緒に夜釣り仲間として楽しんでいました。

釣りをするだけの関係。そう思っていました。しかし、心のどこかに、何かが引っかかっている のを感じていました。

別にやましいことは何もない。何もないはずなのに、夜中に妻以外の女性と二人きりで過ごしていることが、何とも言えない罪悪感を生むのです。そんなある夜のことでした。

「寒くなってきましたね」

「そうですね、夜風が冷たいです」そんな他愛のない会話を交わしながら、並んで海を眺めていました。

そのとき、突然、美佐江さんがバランスを崩し、テトラポットの上から海へ落ちてしまいました。

「美佐江さん!」私はとっさに竿を放り出し、足元を確認する間もなく身を乗り出しました。夜の海は真っ黒に沈み、どこに落ちたのか一瞬分かりませんでした。しかし、すぐ近くからバシャバシャと水音が聞こえました。

「大丈夫です!つめたいー……!」その声を聞いて、私は少し安堵しましたが、冷たい海に長く浸かるのは危険です。私はテトラポットの上にしっかりと足を踏ん張りながら、美佐江さんの腕をつかみ、思い切り引き上げました。

「大丈夫ですか!」

「すみません……滑っちゃいました……」彼女の声は震えていました。夜の海は想像以上に冷たかったのか、彼女の体はガタガタと震え、唇も青ざめているようでした。海水が張りついた服は肌にまとわりつき、彼女の体のラインがはっきりと浮かび上がっていました。

「と、とにかく、車まで行きましょう。すぐに温まらないと」私は彼女の腕を支えながら、駐車場へ急ぎました。冷たい風が吹きつけるたびに、彼女の体が小さく震えました。

車のエンジンをかけ、私はすぐにエアコンを全開にしておきました。しかし、それだけでは濡れた服が体を冷やしてしまいます。

「服、脱いだほうがいいですよ。このままだと風邪をひきます」

車から取り出したタオルケットを彼女に渡しました。

「……そうですね……」彼女は一瞬ためらいましたが、やがて震える手で上着を脱ぎ、濡れた服を慎重に脱ぎ始めました。私は視線のやり場に困りながら、「ちょっと待っててください」と言い、急いで近くのコンビニへ向かいました。

タオルを三枚、Tシャツ、レインコート、それに温かい飲み物を買いました。できるだけ急いで車へ戻ると、彼女は腕を抱えて小さく震えていました。毛布で包まっているとはいえ、隙間から見える白い肌に動悸が上がっていました。

「これ、使ってください」私はタオルとTシャツを渡しました。彼女は「ありがとうございます」と言いながら、タオルで髪を拭き、Tシャツに着替えました。私は釣り道具を片付けるふりをして、できるだけ彼女を見ないようにしていました。

しばらくすると、美佐江さんがレインコートを羽織った姿で車から降りてきました。しかし、レインコートの下から見える白い生足に私はドキドキしてしまいました。

「寒いですよ。車の中にいたほうが……」そう言いかけた瞬間、突然、彼女が後ろから私を抱きしめました。

「……助けてくれて、ありがとうございました」彼女の体はまだ冷たく、かすかに震えていました。

「いや、そんな……」私は驚いて体を硬くしましたが、彼女は離れようとしませんでした。

「……怖かったです」その言葉はかすかに震えていて、私は思わず彼女の手をそっと握りました。

ダメだ。頭ではそう思っているのに、体は動きませんでした。

「……本当に、ありがとうございます」彼女が顔を上げた瞬間、私たちの視線が交わりました。夜の闇の中、彼女の濡れた髪と頬が、妙に艶やかに見えました。

次の瞬間、私は気がつけば彼女を抱き寄せていました。そして、つい唇が触れてしまったのです。

唇が触れた瞬間、まるで時間が止まったように感じました。

彼女の唇は冷たく、わずかに震えていました。けれど、それがかえって生々しく、私は抗うこともできずに、その感触を確かめるように少しだけ強く押し返してしまいました。

暗闇の中、私たちの呼吸だけが聞こえてくるようでした。

このままの雰囲気ではいけない、確実に一線を越えてしまう。

理性が警鐘を鳴らしているのに、私は彼女の肩に回した手をすぐに離すことができませんでした。彼女の濡れた髪から潮の香りが微かに漂い、私の心をより深く引きずり込んでいきます。

「す、すまない……」私はようやくの思いで身を引き、彼女の肩に添えていた手をそっと離しました。

美佐江さんは、ゆっくりと私を見つめていました。

彼女の瞳は、何かを訴えるようで、けれど、はっきりとした言葉はありませんでした。

「いえ……」彼女はそうつぶやいただけで、すぐに視線をそらしました。私たちは、どちらともなく沈黙していました。

「……もう、帰りましょうか」彼女が小さな声でそう言いました。

私は何も言わずに頷き、エンジンをかけました。

「今日は、本当にありがとうございました」と彼女は小さく頭を下げました。

「いや……」私はそれ以上、言葉が出てきませんでした。

「待ってくれ」という言葉が喉の奥まで出てきていました。この一言で私たちは愛し合ってしまう。そんな狭間だったのです。

でも私は、最後の一言が出ませんでした。

そして、彼女が車を発進させ岐路についたのを確認してから、私はゆっくりと車を走らせました。

家に帰ると、妻はすでに寝ています。私は静かに釣った魚の下処理をしてから、静かに風呂場へ向かいました。

熱いシャワーを浴びながら、何度も深呼吸をしました。

「俺は……なんてことをしてしまったんだ……」妻がいるのに、他の女性とキスをするなんて。しかも、相手はただの釣り仲間で、何も特別な関係ではなかったはずなのに。

なのに、あの瞬間、私は確かに美佐江さんを求めてしまっていた。ベッドに横になっても、体の一部が熱くなって寝付けませんでした。ましてや、隣から聞こえる妻の寝息が、余計に胸を締めつけます。罪悪感と興奮がのしかかり、目を閉じても、あの一瞬の感触が頭の中を離れませんでした。

翌朝、妻が珍しく「今日、隣町のスーパーに連れて行ってくれない?」と言いました。

何か特売があるらしく、「お昼から出かけよう」と言うので、私は少しぼんやりしながらも、「ああ、いいよ」と答えました。

そして、そのスーパーで思いもよらない再会をすることになったのです。

スーパーの駐車場に車を停め、妻と一緒に店内へ入りました。特売の日だけあって、人の出入りが多く、店内は混雑していました。

「今日はお米が安いらしいのよ。それにお味噌も安いんですって」妻はそう言いながら買い物かごを手に取り、私は何となく後をついていきました。特に話すこともなく、妻が商品を見ている間、私はぼんやりと周囲を眺めていました。

そのとき、視線がぶつかりました。野菜売り場近くに立っていた一組の夫婦。その女性が、美佐江さんでした。

隣には、彼女の 旦那さん らしき男性がいました。がっしりとした体格で、落ち着いた雰囲気の男性が、彼女と一緒に買い物かごを持っていました。ほんの数秒の出来事でした。しかし、その一瞬は全身が硬直していました。

彼女も私に気づいたのか、わずかに表情がこわばるのが分かりました。

心臓が跳ねる。昨夜のことが、一気に頭の中を駆け巡りました。俺は……何をしてしまったんだ……?

彼女は一瞬会釈をしたようなそぶりと笑顔をみせ、すぐに視線をそらし、何事もなかったかのように、旦那さんと並んでレジへ進んでいきました。

美佐江さんのそのわずかな動作に気づき、私は動きがぎこちなくなってしまいました。そのときの感情が、何だったのか——

自分でもわかりませんでした。妻の横で、私はずっと頭の中が混乱していました。

妻に対する後ろめたさなのか、それとも美佐江さんに対する嫉妬なのか、あの瞬間は何とも言えない気持ちでした。

彼女の隣にいた旦那さんの存在が、確実に私の心にモヤモヤとさせてくれました。

帰宅後、モヤモヤしながら過ごしていると、スマートフォンの画面に、美佐江さんからのメッセージ が届きました。

「次はいつ夜釣りに行きますか?」

そして、最後の一文。

「あの時の続きは、どうしますか?」その文字を見た瞬間、心臓がドクンと高鳴りました。

俺は、この先どうするべきなのか。画面を見つめながら、私は深く息を吐きました。

体も心も既に彼女のことを求めているのが分かりました。

進んではいけないのは分かっているのですが、止められそうにありません。

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