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恥ずかしながら体を洗ってもらっています

シニアの恋愛は60歳からチャンネル様シニアの話

私の名前は真子、62歳です。先日、不注意で自転車を運転中に転んでしまい、右腕を骨折してしまいました。いつものように買い物帰りの道を走っていたとき、ふと車のクラクションが聞こえ、注意がそれた瞬間、前輪が段差に乗り上げ、体が宙を舞いました。気がつけば、右手は腫れ上がり、思うように動かせなくなっていたのです。

この突然のケガで、夫は血相を変えて病院に駆けつけてくれましたが、日常生活にこれほど支障が出るとは思ってもみませんでした。私が家事のほとんどを何もできなくなり、代わりに夫の大介さんがすべてを引き受けることになりました。これまで家のことは全部私がこなしていたので、夫に頼らざるを得ない状況に少し戸惑いもありましたが、それでも大介さんが一生懸命に手伝ってくれる姿を見ていると、どこか安心する気持ちが芽生えてくるのを感じました。

まさか大介さんが料理をするなんて、思いもよらないことでした。冷蔵庫を開けて、「これどうやって使えばいいんだ?」と私に聞きながら、戸惑ったように中を覗き込む姿は、まるで迷子になった子供のようです。ぎこちない手つきで卵を割り、フライパンに流し込む様子を見ていると、思わず笑ってしまいました。最初は、焦げていたり、味がしなかったりと散々な出来でしたが、日に日に少しずつ上達していく彼の姿に、なんだか胸が温かくなっていくのを感じます。

ある日の朝、ようやく一人でまともな朝食ができたときに、大介さんが得意げに「見てよ、俺もやればできるんだぞ?」と言いながら、照れくさそうに笑いました。その得意げな表情を見た瞬間、私はふと結婚したばかりの頃の彼を思い出しました。

私たちは、若い頃からお互いに不器用なところが多くて、周囲の友人たちからも「似た者同士」とよく言われました。結婚当初は共働きで、時間がなくて二人でろくに食事の準備もできず、毎日のようにカップラーメンを分け合って食べたものでした。そんな貧しい食卓でも、大介さんはいつも「これも二人で食べればごちそうだな」と照れ隠しに笑っていたものです。そのときの笑顔が、今も変わらないと気づき、心がじんわりと温まりました。

掃除、洗濯、食事の準備……すべてを大介さんがやってくれました。そして少しだけ恥ずかしいことなのですが、ケガをきっかけに、一緒にお風呂に入るようになりました。「自分でできるよ」と口では言いながらも、頭から背中、全身を優しく流してくれるその手が温かくて、なんだか心までほぐされていきます。こんなふうに至れり尽くせりされるのは、何十年も一緒にいる中で初めてかもしれません。

実際に、夫婦でお風呂に入るなんて、いつ以来でしょうか。湯気の中で向かい合うと、なんだか若い頃に戻ったような気持ちになりました。お風呂から上がって顔に化粧水を塗ってくれたり、ドライヤーで髪の毛まで乾かしてもらっていると何とも女王様になった気分です。しかもその夜驚いたことに、久しぶりに彼が私を求めてきました。もう20年近くぶりではないでしょうか。少し驚きましたが、もしかしたら私の裸を久々に見て、そんな気持ちが芽生えたのかもしれません。彼は右手に負担がかからないようにと気遣いながら、優しく触れてくれてきました。どこか新鮮なときめきを覚え、私は素直に彼のその気持ちに応え、久しぶりに愛し合うことが出来ました。もちろん若い頃の様にはいかないけれど、久しぶりに愛されている感覚は私の心の芯から全身を温めてくれました。

ここまで優しくしてくれる素敵な夫ですが、唯一大きな欠点があります。それは息子のことです。なぜか息子の康太にはいつも厳しく、すぐにケンカになるのです。それが少し不思議に感じます。康太が進路のことで大介さんと激しく言い争い、そのまま家を出ていきました。それ以来、もう夫と息子は20年近く会っていません。息子は夫が家にいるときには実家に顔を出しません。特に夫が定年退職をしてからはずっと家にいるので、ここ数年寄り付いてもきませんでした。息子の話題を持ち出すと大介さんはいつも険しい顔をして怒るので私もあまり話題には出しませんでした。でも、今回の私のケガで何か心の変化をもたらしたのか、ふと康太の話題を出しても何も言いませんでした。普段なら「あいつの話はしなくて良い。」とすぐに遮ってきましたが、今回は何も言わずに私の話を聞いていたのです。

その時、ふとした思いつきで「そろそろ康太を許してあげたらどうですか?」と切り出してみたのです。

大介さんは驚いたように私を見つめ、しばらく黙ったまま視線を落としました。その横顔が、いつもより少しだけ柔らかく見えた気がして、私はほんのわずかな希望の光を見出したのです。そして、その晩、布団に入った私に、彼がぽつりと呟きました。
「お前がこうしてケガして、俺ひとりじゃどうにもならないことも多かった。康太が手伝ってくれたら、支え合えたんだろうなって…少しだけ、そう思ったんだ」

彼のその言葉に、私は胸が熱くなるのを感じました。ずっと大介さんの心の中で固く閉ざされていたものが、ほんの少しだけ解け始めたのかもしれません。もしかしたら、康太との距離を縮める第一歩になるかもしれない、と静かに思いました。

私は息子と連絡を取っているので、寂しさをあまり感じませんが、夫はいろいろと思うことがあったのだと思います。二人がケンカしてから彼もあれから成長し、今は仕事に打ち込みながら真面目に生活しているようです。ただ、二人とも似た者同士で、お互いが素直になれないだけなのです。私は親子の溝を少しでも埋めたいと、ずっと願っていました。今回の私のケガで、大介さんの心にも何か変化が訪れたのなら、すごく痛い思いをしましたがそれもこの為だったのかなとも思いました。

「話せなくても良いので電話してみてはどうですか?」私の提案に夫は「あぁ、そうだな」と受け入れてくれました。すぐには無理かもしれませんが、近々大介さんが康太に手を差し伸べる日が来るような気がします。もう一度、家族として三人で食卓を囲む日が訪れることを待ちたいと思います。静かに湯気が立ち上るお味噌汁の向こうで、笑い合う親子の姿を……私は、静かに、ただ静かに心の中で祈り続けています。

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