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マンションの管理人~甘い時間

シニアの恋愛は60歳からチャンネル様シニアの話

定年後、家でじっとしているのが嫌で、何か仕事が無いかと探していたのですが、知人からの紹介で高級マンションの管理人の仕事を始めることになりました。最初は「住人のために頑張ろう」なんて思っていましたが、ほとんど何も仕事が無いのです。高級マンションに住んでいる方たちは、やはり心に余裕があるのか細かなことで怒りません。なのでただただ、管理人室に座っているだけです。もちろん暇なので頻繁に掃除にも回りますが、それでも時間を持て余してしまいます。毎日、優雅な人たちを眺め挨拶をする程度です。友人に言わせるとそんな楽な仕事が羨ましいなどと言われますが、確かに体は疲れないのですが、なぜか心が疲弊しているのです。

自分が住んでいるのは古びたボロアパート。壁は薄く、隣人のいびきまで聞こえてくるし、窓の立て付けは悪く、冬場は冷たい隙間風がひゅうひゅう通ります。一方、仕事場である高級マンションは、広々としたエントランスに静かな廊下、セキュリティも万全。住人たちはみんな品が良く、どこか余裕があって、「俺とは違う世界の人間だ」と思わせる雰囲気をまとっています。正直、妬みの気持ちしか湧かなかったのです。「こんなところに住んでいるのはどうせ汚いことをしているのだろう」と。

そんな日々の中、一人の女性が管理室を訪ねてきました。「あの、ゴミ捨て場のルールがちょっと分からなくて……」と控えめに話すその声に、振り向いた瞬間、目を奪われました。短めの髪が似合う上品な女性で、年齢は60歳くらいでしょうか。どこか優雅な佇まいで、それでいて親しみやすさも感じさせる雰囲気です。「初めての場所では分かりづらいことも多いですよね。ご案内します」と答えると、彼女はホッとしたように微笑み、「助かります」と言いました。

それから数日後、エントランスで彼女と再び顔を合わせました。重そうな買い物袋を持っているのを見て、「お部屋までお持ちしましょうか」と声をかけると、「え?でも、そんな……ご迷惑じゃないですか?」と少し戸惑いながらも、「じゃあ、甘えさせていただきます」と微笑んでくれました。

エレベーターの中での会話で、彼女が幸田久美さんという名前で、つい最近このマンションに引っ越してきたばかりだと知りました。「港区に住んでいましたが、広い家が必要なくなったので……」と、控えめに語るその表情に、少し寂しさが滲んでいるようにも見えました。

「お一人なんですか?」と尋ねると、「ええ、結婚はしていないんです」とさらりと答えました。「気づいたらこの歳でした」と苦笑いを浮かべる彼女に、私は「こんな素敵な方が結婚されていないなんて」と思わず言ってしまいました。

それから、彼女がお散歩に行くたびに話しかけられるようになり親しくなっていきました。そしてある日「家具の移動を手伝ってもらえませんか?」と頼まれました。彼女の部屋に伺うと、白を基調としたシンプルなインテリアに、彼女の趣味が感じられる小物がセンス良く配置されていました。「まだ片付いていなくて恥ずかしいんですが」と彼女が言いましたが、その控えめな姿がどこか愛おしく感じられました。

タンスを動かしていると、引き出しが少し開き、中からレースの下着がちらりと見えてしまいました。「あっ!」と彼女が慌てて引き出しを閉める姿に、私は目を逸らしながらも、妙なときめきを覚えていました。その場面は数秒だったのに、まるで時間が止まったかのような錯覚に陥りました。こんな歳になってもドキドキしてしまいました。

作業を終え、彼女が淹れてくれたお茶を飲みながら話をしていると、「仕事を辞めてから、やっと肩の荷が下りた気がします」と彼女がぽつりと呟きました。私は「お仕事、大変だったんですか?」と聞くと、彼女は少し遠い目をして答えました。

「ええ。朝から晩まで働いて頑張っているのに、周りの嫉妬が常にあって、特に女性がキャリアを積むなんて言うと、それだけで嫌な顔をする人も多かったんです。時には悪口を言われたり、仕事を押し付けられたり。でも、逃げたら負けだと思って、必死でした」

彼女の言葉に、私はこれまでの自分の考えが恥ずかしくなりました。高級マンションの住人たちを勝手に羨んでいましたが、その裏にこんな苦労が隠されているとは思ってもみませんでした。

その日を境に、私は住民に対する気持ちが変わり始めていました。みんなそれぞれ苦労しているんだと。

 そんなある夜、自宅で夕食を終えてくつろいでいた頃、携帯電話が鳴りました。画面を見ると久美さんの名前が表示されています。慌てて電話に出ると、少し困った様子の彼女の声が聞こえました。

「管理人さん、すみません、こんな時間に。お湯が急に出なくなってしまって……どうしたらいいか分からなくて」

「お湯が出ない?」と確認しながら、私はすぐに立ち上がりました。「今から伺います。少しだけお待ちください」と言ってコートを掴み、外に飛び出しました。冷たい夜風が吹く中、ボロアパートを出てマンションに向かう足取りは自然と速くなっていました。胸がざわざわするのは、彼女が困っているからだけではないと自覚しつつ。

マンションに到着し、彼女の部屋のインターホンを押すと、心底安心したような表情の彼女がドアを開けてくれました。「本当にすみません、こんな時間に」と申し訳なさそうに頭を下げる彼女。部屋に通され、給湯器の状況を確認してみると、どうやらガスの安全装置が作動しているようでした。

「安全装置が働いていますね。原因は分からないんですが……一度リセットしてみますね」と伝えると、彼女は不安そうに「治るんでしょうか」と尋ねてきます。

「大丈夫だと思います」と答えながら作業を進め、数分後、給湯器の動作が元に戻ったのを確認しました。「これでお湯が出るようになりましたよ」と声をかけると、彼女は蛇口をひねり、湯気の立つお湯が流れるのを見て心底ホッとした表情を浮かべました。

「本当に助かりました……ありがとうございます」と深々と頭を下げる彼女。その感謝の言葉が、なぜかこれまで以上に胸に響きました。

「こんな時間にすぐに来てくださって、本当に申し訳なくて……でも、頼れる方がいるのは、やっぱりありがたいですね」と彼女がぽつりと呟いた瞬間、私は何かが胸の中で弾けたような感覚を覚えました。

「こんなことを言うのはおかしいかもしれませんが……久美さんだから飛んできたんだと思います。」と思わず口に出していました。自分でも驚くほど自然に出た言葉でした。

彼女は一瞬驚いたような表情を浮かべましたが、やがて目を伏せて、小さく微笑みました。「こんな歳になって、そんな風に言われるなんて思いませんでした。でも……少し嬉しいです」

その言葉に胸が熱くなり、私は「これからも頼ってください。何かあれば、いつでも駆けつけますから」と静かに答えました。彼女は顔を上げて私を見つめ、小さく「ありがとうございます」と囁きました。その瞬間、彼女の微笑みがこの世で一番輝いて見えたのです。

それ以来、彼女との距離はどんどん縮まっています。彼女の部屋で過ごす時間は、私にとって特別なものになりました。彼女の優しさや苦労を知るたびに、彼女がますます魅力的に思えるのです。そして私もまた、彼女にとってそんな存在になりたいと思っています。

この時間が永遠に続くことはないかもしれませんが、今はただ、この秘密の甘い時間を大切にしていきたい。それが、私たちにとって一番大事なことのような気がしています。

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