PR

出会ったその日に

シニアの恋愛は60歳からチャンネル様シニアの話
<注意事項>
私の作品は著作権で保護されています。無断転載や模倣行為はお控えください。
必要に応じて法的措置を講じる場合がありますので、ご理解ください。

私の名前は秋原正幸。今年で61歳になります。

妻に出て行かれて3年が経ちました。その間、私の生活はすっかり変わってしまいました。いや、変わったというより、ただ単調になった、と言った方が正しいのかもしれません。

朝起きて、適当に食事を済ませ、近所のスーパーで食材を買い、あとはテレビをぼんやり眺める。それが私の日常です。夕方になると薄暗い部屋の中でビールを飲み、そのまま眠りにつく。誰とも会話を交わさない日が続く中で、自分という人間がどんどん縮んでいくように感じました。

「このまま人生が終わるのかもな…」

そんな考えが頭をよぎることが増えました。それでも、それをどうにかしようという気力は湧かず、ただ日々をやり過ごしていたのです。

そんなある日、久しぶりに電話が鳴りました。相手は友人の杉山でした。

「正幸、元気にしてるか?」

「まあな。」

「そんな調子じゃないかと思ってたよ。どうせ暇だろう? 今度ボランティアにでも一緒に出てみないか?」

彼が言うには、近所の山道を清掃する活動があるらしい。運動不足の解消になるし、何より人と話す機会が増える、と。

正直、気が進みませんでした。人と顔を合わせるのは気疲れするし、何よりこの年で新しいことを始めるのは億劫です。それでも、これ以上の孤独に耐えられる自信もなかった私は、仕方なく参加することにしました。

初めての活動の日、私は早速後悔しました。一緒に行くと言った杉山が体調不良で来なかったのです。正直恨みました。

そこに集まっていたのは十数人。彼らは慣れた手つきで作業を始めましたが、私は持参したゴミ袋を持ちながら、急勾配の山道に早々と息を切らしていました。

「なんでこんなことをしているんだろう……。」

心の中でぼやいていたその時、ふと耳に届いたのは、明るい声でした。

「こんにちは! 初めての参加ですか?」

振り返ると、そこには一人の女性が立っていました。

彼女の名前は佐伯美穂さん。その名前は、その瞬間から私の中に深く刻み込まれました。

短く整えられた髪が風になびき、山道に似合うスポーティーな服装を身にまとった彼女は、どこか凛としていながらも親しみやすさを感じさせました。

「あ、ええ、そうなんです。」

ぎこちなく答える私に、彼女はにこりと微笑みました。

「山道は大変ですけど、慣れると楽しいですよ。一緒に頑張りましょうね。」

その笑顔を見た時、私は久しぶりに胸が温かくなるのを感じました。この感覚を覚えたのがいつ以来なのか、自分でも思い出せないくらいです。ただ、不思議なほど彼女の言葉は、私の中の疲れをすっと消してくれるようでした。その日はずっと一緒に付いていてくれて何気に楽しい時間を過ごすことが出来ました。

その日の活動が終わる頃、彼女は少し躊躇するように言いました。

「あの、秋原さん、もしよかったら、うちで少しお茶でもどうですか?」

突然の誘いに、私は戸惑いながらも頷きました。私ももう少し話したいと思っていたので付いて行くと、喫茶店ではなく彼女の家だったのです。出会ったばかりの彼女に家に招かれるなんて、正直、意外で少し警戒していまいました。

一瞬、何か裏があるのではないかという疑念もよぎりました。けれど、その考えが浮かぶと同時に、心の中でこう思ったのです。

「たとえ騙されていたとしても、別に良いか…」

そう思うくらい、これからの人生には希望はありませんでした。

でも、彼女の瞳には何か特別なものを感じていました。それが何なのか、自分でもまだわからない。ただ、彼女の誘いを断る理由は見つかりませんでした。

彼女の家は、山のふもとの静かな住宅街にありました。白い壁と木製の窓枠が落ち着いた雰囲気を醸し出していて、彼女の人柄をそのまま映したような家でした。

「どうぞ、遠慮なく上がってくださいね。」

玄関を開けると、ほのかに甘い香りが漂ってきました。それは彼女の香水か、それとも生活の中に染みついたものなのか。どちらにせよ、その香りは私を少しだけ緊張させました。

リビングに案内されると、そこには手入れの行き届いた観葉植物や、小さな本棚が並んでいました。整然とした空間の中で、彼女が笑顔で立っている姿が妙に自然で、同時にどこか非現実的にも思えました。

「こんなふうに誰かを家に招くの、実は初めてなんです。」

彼女が照れくさそうに言いました。その一言が、私の胸の中の疑念を少しだけ溶かしていきました。

彼女が手際よくカップを用意する様子を見ながら、なぜこんなに親切なのかという疑念が頭をよぎった。こんなに美しい人が、なぜ私を誘ったのだろうか。彼女がテーブルにカップを置き、向かい合って座りました。ふと、彼女が静かに口を開きました。

「秋原さん、いきなりこんなこと言ってすみません。今日初めてあなたを見た時から、あなたともっと一緒にいたいと思ったんです。」

その言葉に、私は驚いて彼女を見つめました。

「こんなこと、自分でも信じられないんですけど……ずっと独身で生きてきた私にとって、こんな気持ちは初めてなんです。」

彼女の声はどこか震えていて、その瞳には本気の色が宿っていました。その瞬間、私の中にあった疑念は完全に消え去りました。

会話が途切れ、静かな時間が流れました。ふと、彼女の指がテーブルの上で動きました。その動きに目を奪われ、私は自分でも気づかないうちに手を伸ばしていました。

「美穂さん……。」

彼女の指先に触れると、彼女は驚いたように私を見つめました。しかし、すぐに微笑み、私の手をそっと握り返してくれました。その瞬間、私の胸の奥に眠っていた男としての感情が大きく波打つのを感じました。

そしてその夜、私たちは互いの孤独を埋めるように寄り添いました。

彼女は静かに、けれどどこまでも優しく私に触れました。その仕草一つ一つが、私の心に温かさをもたらしました。

「正幸さん、大丈夫ですか?」

彼女がそっと耳元で囁くたび、私は胸の奥から湧き上がる何かに身を委ねました。それは、久しぶりに感じる人との温もりでした。

彼女の肌に触れるたび、彼女が私の名前を呼ぶたび、私はこれが現実であることを噛みしめました。

もうすぐ終わると思っていた人生で、しかも今日出会った人とこんなことになるなんて。

私は彼女の体温に触れながら、これからもずっとこうしていたいと心の中で呟きました。

 翌朝、私は彼女の家のキッチンで簡単な朝食を作る彼女の姿を見つめていました。

「こんな幸せな朝がまた来るなんて……。」

彼女は振り返り、微笑みながら言いました。

「おはようございます。」

彼女の微笑みに応えるように、私は彼女の手をそっと握り返した。この手を離さないでいたい。この静かな朝が、これから先もずっと続くようにと願った。

YouTube

現在準備中です。しばらくお待ちください。

タイトルとURLをコピーしました