私の名前は藤原竜彦、今年で61歳になります。妻の良子とは結婚してもうすぐ40年になります。子供たちはすでに独立し、今では夫婦二人だけの穏やかな時間が流れています。けれど、最近どうも心に引っかかることがありました。それは、「男としての衰え」を強く感じるようになったことです。
夜の生活がなかなかできなくなってしまったのはここ数カ月のことです。仕事に追われている頃は気にする余裕もなく、いつの間にかお互いがそうした行為を避けるようになりました。ところが、定年を迎えて時間に余裕ができたことで、再び向き合うタイミングが訪れたのです。が、思うように体が反応しなくなり、試みても結果が出ない日々が続きました。最初はなんとかやり過ごそうとしましたが、次第にそれが深い悩みになっていきました。
良子との関係は良好そのものですなんです。ついこの間まで夜の時間があったのです。良子はこの歳になってもちゃんと体をキープしています。少したるんできたかなとも思いますが、それもまた良いものです。ただその中で、私の「男としての不能」が良子に辛い思いをさせているのではないかと、どうにも埋められない心の隙間となってきていました。
ある晩、思い切って私はその悩みを良子に打ち明けることにしました。
「最近、どうしてもダメなんだよ。体が思うように動かないんだ……反応がないっていうか……」
正直に話しながら、良子がどう思うか心配でした。けれど、彼女は驚くことなく、私の顔をじっと見つめて頷きました。そして、少し微笑んで言ったのです。
「そう……それなら一緒にいろいろ考えましょ。何か新しいことを試してみるのもいいんじゃない?」
その一言は、私にとって救いの言葉でした。彼女は私を責めるどころか、共に解決しようと前向きに考えてくれる。長年連れ添った妻の優しさが、改めて胸に沁みました。
数日後、良子がさらに驚くべき提案をしてきました。
「ねえ、竜彦さん。私ラブホテルに行ってみたい!」
目を輝かせながらいうその一言に、一瞬耳を疑いました。ラブホテルなんて、若いカップルが行く場所だと思っていました。私たちのような年齢の夫婦が行くものだなんて考えたこともありませんでした。
「いや、それはさすがに恥ずかしいだろう……」
「ううん、今ラブホテルって半数以上は50歳以上が使うらしいわよ。ねっ!一回も行った事無いんだから行ってみようよ!」
良子の言葉には不思議な説得力がありました。彼女が真剣に提案してくれるのなら、それに応えるべきだと思い、私は思い切って試してみることにしたのです。
その日、私たちが訪れたのは昭和レトロな雰囲気のラブホテルでした。入り口からして妙に派手で、これがラブホテルなのかと戸惑いました。フロントには誰もおらず、タッチパネルで部屋を選ぶ仕組みになっています。これはシニアには戸惑います。でも良子は迷うことなく操作し、「この部屋にしましょう」と微笑みました。私は心の中でドキドキしながら、彼女の後ろをついていくことしかできませんでした。
部屋に入ると、そこには私がこれまで見たこともないような光景が広がっていました。天井には大きな鏡が張られ、ライトアップされた浴室が隣にあります。壁はカラフルなライトで照らされ、どこか映画のセットのような非日常的な空間です。
「すごいな……ほんとにテレビでみたような部屋なんだ」
私が呟くと、良子が笑顔で言いました。
「ね? たまにはこういうのも悪くないでしょ」
その言葉に少しホッとし、緊張が和らいでいくのを感じました。
良子が次に提案してきたのがなんと「コスプレ」でした。
「せっかくだから試してみて良い?」
「ええっ、コスプレ?」
最初は戸惑いましたが、なんと彼女はセーラー服を着たのです。良子が着替えて現れると、私は目を奪われました。セーラー服姿の良子はどこか艶やかで、久しぶりに漲ってきました。彼女も少し照れくさそうに微笑みながら、「どう?まだ着れるって凄くない?」と尋ねてきます。その姿に、私は心の底から「綺麗だ」と思いました。
その晩、私たちは久々に夫婦としての温もりを分かち合いました。私はかなりハッスルしてしまいました。それは、私が長い間失っていた「男としての自信」を少しずつ取り戻すきっかけとなったのです。
その晩の経験は、私にとってただの非日常ではなく、失っていた何かを取り戻す大切な一歩となりました。良子のセーラー服姿が目に焼き付き、それが心のどこかでくすぶっていた自信の火種に火をつけたような気がしました。それからというもの、私たち夫婦は少しずつ新しい楽しみを見つけていくことにしました。
数週間後、良子の誕生日が近づいてきました。この40年間、私は良子のためにプレゼントを贈ることはしてきたものの、それが特別な思いを込めたものだったかというと、そうでもなかったように思います。けれど、今回ばかりは違いました。何か彼女を驚かせるような特別なものを贈りたいと思ったのです。
そこで思いついたのが、ペアリングでした。正直、私は指輪をするのが苦手です。結婚当初、結婚指輪をはめたものの、すぐに「どうもしっくりこない」と外してしまい、それ以来つけることはありませんでした。良子はそんな私に何も言いませんでしたが、少し寂しそうな顔をしていたのを覚えています。それが、私の中でずっとわだかまりとなっていました。
「今度こそ、ちゃんと良子とお揃いのものを身につけたい」
そう思い、私は意を決してアクセサリーショップに足を運びました。ショーケースの中に並ぶ指輪を見ていると、少し気後れしましたが、店員さんに相談しながらシンプルで控えめなデザインを選びました。良子がつけても派手すぎず、それでいて少しだけ輝きがあるもの。それが私の目に留まったのです。
誕生日当日、私は小さな箱を手渡しました。
「良子、これ……誕生日おめでとう」
彼女は少し驚いた顔をしながら箱を開け、中のペアリングを見つめました。
「これ、指輪……? しかもペアリング?」
「そうだよ。俺もつけるから、君とお揃いだ」
そう言って、自分の指にはめてみせました。少しぎこちなかったかもしれませんが、私の指に収まったリングを見た良子は、しばらく何も言わずに私の顔を見つめていました。
そして、涙を浮かべながら微笑みました。
「竜彦さん、指輪をするの苦手だったのに……本当に嬉しいわ。ありがとう」
その言葉と共に、良子は私の手を握り、自分の指にもリングをはめました。その仕草はとても丁寧で、リングをはめた指を見つめる彼女の顔は、若い頃のように輝いていました。
その後、彼女は私をぎゅっと抱きしめてくれました。
「これからもずっと一緒ね。竜彦さん、ありがとう。本当にありがとう」
彼女の温もりが伝わってきて、私の心も体も満たされていくのを感じました。
ペアリングは、私たち夫婦にとって新しい絆の象徴となりました。この歳になって、新しいことに挑戦する楽しさを教えてくれたのは良子です。ラブホテルでの非日常体験やコスプレを通じて、私は再び自分の中の「男」としての自信を取り戻し、さらに彼女との絆を深めることができました。
その晩、良子が最後に言った言葉が、今も私の心に響いています。
「年を取るって、悪いことばかりじゃないわね。こうしてまた新しい私たちを見つけられるんだもの」
その言葉に私は深く頷きながら、心の中で強く思いました。
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