私の名前は中川和夫、61歳です。この春、ようやく定年を迎えました。35年間勤めた会社を辞め、肩の荷が下りたような気持ちでした。結婚して35年、一人息子もようやく先日家を出ていき、ようやく夫婦二人の生活が戻ってきました。
「これからはゆっくり二人の時間を楽しみましょうね」と妻が笑顔で言ってきたとき、私もそうだな、と微笑み返しました。長年、仕事と家族のために駆け回ってきた人生。これからは少し余裕を持って過ごせるのかもしれないと、期待を膨らませていました。
息子が家を出た後の生活は、それまでと少しだけ違って見えました。妻は私と過ごす時間を大切にしてくれているようで、肩を揉んできたり、手を握ってきたりと、ふとしたときにスキンシップが増えたのです。
最初は少し戸惑いました。長い間、こうした触れ合いは特別な場面以外ではなかったからです。でも、それが悪い気分ではありませんでした。いえ、妻がまだ私に関心を持ってくれていると感じるのは、心の奥がじんわりと温かくなりました
ある休日の午後、妻と近所を散歩していたときのことです。花が咲き始めた公園を歩きながら、妻がぽつりと言いました。
「私たちもやっとゆっくり過ごせるね。ねえ、和夫さんこれから何をしたい?」
その言葉に、私は少し胸が温かくなるのを感じました。でも、その一方で、心のどこかに不安が芽生えている自分もいました。果たして、これから妻の期待に応えることができるだろうか……そんな思いが頭をかすめていました。
そんなある晩、二人並んで寝る直前に妻が優しい声で言いました。
「ねえ、そっちに行っても良い?」
妻の気遣うような表情に、私は一瞬どう応えるべきか迷いました。でも、断るのは申し訳ない気持ちがあり、私はうなずきました。しかし、久しぶりの時間は思うようにはいきませんでした。心はぶわっと何かが上がってきているのに、体は何にも反応しないのです。「ごめん。無理みたいだ。」若い頃のようにはいかない自分の体に、情けなさで胸がぎゅっと締め付けられました。さらに妻の気持ちを裏切ってしまったような気がして、胸が締め付けられるような思いでした。
翌朝、妻はいつも通りに明るく朝食を準備してくれていました。「今日は少し買い物に行くけど、何かいるものはある?」と声をかけてくれたその表情は変わらず穏やかでした。それが逆に私にはつらく感じられました。
「このままじゃ、妻をがっかりさせるだけなんじゃないか……」悩みを抱えたままではいけないと思い、私は親しい友人の田島に相談を持ちかけました。
「なあ、田島、ちょっと相談があるんだけど……おまえのとこって夫婦の営みがまだるんだよな。」
友達とはいえ言葉にするのはすごく恥ずかしかったのですが、田島はからかうこともなく、真剣に話を聞いてくれました。
「ああ、それな、俺も最初は同じように悩んだよ。でもさ、女性は男性とは違うんだよ。夫婦の愛情っていうのは、形にとらわれなくても確かめ合えるもんだ。」
その一言に、私はハッとしました。
「じゃあ、どうすれば……」田島は自分の経験を語ってくれました。具体的に口に出すのははばかられるので詳細は出さないですが、正直に妻と時間をかけて話し合い、お互いが無理なく心地よく寄り添える方法を見つけることになりました。そして、工夫次第で夫婦の時間を楽しいものに変えられると教えてくれました。その話を聞いた私は、少しだけ光が見えた気がしました。
ちょうど数日後に結婚記念日だったので、何か普段とは違う感謝の気持ちを伝えたい。そう思い、私は花屋で小さな花束を買いました。
花を買うなんて生まれて初めてです。店員さんに声を掛けられしどろもどろになってしまいました。
「結婚記念日だし、これ。いつもありがとう。」
妻に花束を差し出した瞬間、妻の目が驚きに見開かれ、ゆっくりと涙ぐみました。
そして抱きついてきました。
「こんなの初めてね。どうしたの?でもありがとう。嬉しいよ。」
妻に喜んでもらってハグされるだけで、こんなにも嬉しいものなんだなと改めて思いました。
その夜は、普段よりも少しだけ豪華な夕食を囲みながら、二人でこれまでの思い出を語り合いました。そして私は、前回の悩みを妻に正直に打ち明けました。
「最近、男として自信がなくなっててな……お前にどう応えたらいいか分からなかったんだ。」
妻は驚いた顔をしましたが、すぐに柔らかい笑みを浮かべて言いました。
「和夫さん、私はね、一緒にいられるだけで十分よ。これからは二人で工夫していきましょう。」
その言葉に救われた私は、妻と共にこれからの時間をどう過ごすかをじっくり話し合いました。そして、田島の話を参考に、少しずつお互いが心地よい時間を作る工夫を試してみることにしたのです。
今では、私たちは以前よりも穏やかな時間を共有できています。若い頃の情熱的な感覚はなくとも、それに代わる深い安心感と愛情を感じるようになりました。もちろん妻に寂しい思いをさせるのは嫌なので、最近はウォーキングを始めました。
妻は「いつまで続くのやら。」と、からかいながら笑ってきます。でも正直たった1週間続けただけでなのですが、何となく下半身にパワーが漲るような気がしているのです。あと数週間続けたらもしかして男性として復活できるのではないかと期待しています。
「これからもよろしくな。」
妻が笑顔で頷く姿を見ながら、私は思います。これからも二人で、新しい形の幸せを作っていける――そう信じています。
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