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俺の名前は岩井悟60代です。定年退職をして今はとある病院で療養中です。妻の真帆とは3年前に離婚をしました。これまで円満な関係を築いていたのですが、俺に厄介な病気が見つかったからです。若干強引なやり方ではあったのですが、妻や子供たちに俺の病気のせいで迷惑をかけたくなかったのでほぼ全財産を渡し、離婚を押し通しました。
医者からは家族に連絡をと言われていますが、妻や子供たちに伝えるつもりはありません。俺は兄弟もなく親も既に他界しているので妻や子供たちと関わらなければ天涯孤独な身の上とも言えます。家族のために仕事を頑張ってきたと胸を張って言えますが、その分家事育児の方で妻に大きな負担をかけてしまっていたことは自覚しています。家族旅行も数えるほどでしたし、仕事ばかりだったせいもあって子供たちは俺に懐くことはありませんでした。同じ注意をしていても、俺が言うのと妻が言うのとでは子供たちの態度も違いました。妻が言えば素直に言うことを聞くのに、俺が言っても反発することが多かったんです。
きっと子供たちにすれば、普段家にいないくせに何を偉そうに言っているんだ、という感じになのでしょう。だからこそ、俺は妻と子供たちを自分から切り離しました。俺が病気だと分かれば、妻も子供たちに迷惑をかけると考えたからです。なんだかんだ言っても家族なんだから、という言葉を妻はよく口にしていました。だから、きっと俺が病気になったと知れば無理をすると思ったんです。どうせ治らない病気であれば、このままひとり静かに最後を迎えたいと考えていました。
医者や看護師には離婚をして家族はいないと話していますが、重い病気だから伝えた方がいいと何度も言われています。そのたびに断るのが定番のやり取りになっていました。孤独な最後は自分に与えられた罰なのだと考えていたからです。後から考えれば、もしかしたらこの時の俺は病気の自分ということに酔っていた部分があったのだと思います。
離婚から3年経った頃、妻と子供たちが病院にやってきました。どうやら人づてに俺が病気で入退院を繰り返していることを知ったみたいでした。。
「あなた、どこまで家族を馬鹿にすれば気が済むの!?」
普段は穏やかな元妻が周囲を気にすることなく大声を出したのはこの時が初めてでした。なぜ怒鳴られるのか分からず言葉に困っていると、息子が「親父っていつも自己完結するよな」と呆れたように言ってきたのです。
妻が言うには、病気になった俺を支えたかったというものでした。俺の看病で迷惑をかけたくないと、相手のことを考えた上での行動だったのだと説明したのですが、息子は更に大きなため息をついてきたのです。
「親父は自分で「こうなんだ」と思ったら人の話を聞かずにさっさと行動するよね。相手がどう考えているのか聞かないままだから、すれ違いが起こるんだよ。母さんは父さんが病気になったって聞いて支えてやれなかったって泣いてたんだよ?」
離婚した後のことは分からなかったので、妻がそんな風に考えていたなんて思いませんでした。
「あなたが家族のためを思って離婚を選んだってことは分かった。だけど、勝手に決められて心配や看病すらしちゃいけないの?私や子供たちのことは考えたことがあるの? あなたは家族のためって言いながら結局はいつも自分勝手に行動しているだけなのよ!」
妻から厳しい言葉をもらって、確かにその通りかもしれないと思いました。病気になったから看病して欲しいと言っても断られるんじゃないか、家族のことを顧みなかったくせにと言われることが怖かったのです。そんなことを言われるなら、自分から離れた方がいい。家族のためと言いながら、妻の言う通り俺は自分のことしか考えていませんでした。
「……ごめん」
自分では納得しているつもりでしたが、病気のせいで身体が弱っていくたびに家族にいてほしいと考えることは何度もありました。だけど自分から離婚を言い渡した手前「会いたい」なんて言えるはずもなく、何度もアルバムを見ては夜中に泣くということを繰り返していたのです。きっと医者や看護師たちが何度も家族に連絡をした方がいいと言っていたのは、夜中に弱って泣いていた俺に気づいていたからなのかもしれません。
結局、俺たちは再婚しました。そして妻は病院の近くにあるアパートに引っ越してきました。子供たちは仕事や自分の家庭のこともあるので引っ越しはできないからと週末に顔を見せに来てくれるようになりました。子供の頃は反発してばかりだったのに、と思いましたが「大人になったんだよ。俺たちも」と言われました。俺が考えているよりもずっと大人になっていたのだと感動しました。
入退院を繰り返さなきゃいけないこともあり、俺は妻が借りているアパートで生活をしています。体調がいい時は散歩に行くなど、若い時に出来なかった夫婦らしいことを今しているような感じです。もっと早くにふたりの時間や家族の時間を作ればよかったと思わされます。
「あなたは自分が病気になって迷惑をかけていると思っているかもしれないでしょうけどね。家族なんだもの、迷惑くらいかけてもらっても全然いいの。だってあなたはこれまで家族のために必死に働いてきたじゃない。多少の迷惑で嫌いになるほど簡単な気持ちは持っていないのよ、私は」
妻の言葉に思わず涙が出てきます。こんなことになるなら、最初から家族に病気のことを打ち明けていればよかったと思ったほどです。妻も子供たちも俺の病気に対して面倒そうな態度は一切見せません。それどころか少しでも良くなるように治療方法は他にないのかなど調べてくれているそうです。看護師から「優しい奥様ですね」と言われることも多くなりました。
「……そうですね。俺には勿体ないくらいの妻です」
「病気の時が一番人間の本性って出やすいんですって。看病や介護をしたいと思える関係性を築けているかどうかすぐ分かるって言いますよね。岩井さんの奥さんは看病をしっかりしたいと思えるほど、岩井さんから大事にされていたんじゃないですか?」
仕事に関しては頑張ったと胸を張って言えるけど、家庭に関しては問題ないとは言えません。だけどそれでも妻や子供たちは俺のことを見捨てようとしなかったんです。看護師が言うようにそれだけの信頼や関係を築けていたと思ってもいいということなのでしょうか。
「……そう思ってもいいんでしょうか」
「私には上手く言えませんけど、少なくとも岩井さんの奥さんは看病をしたい、大変な時に傍にいたいって思ってくれているってことですよ」
俺はその言葉がすごく嬉しかったんです。病気が見つかってから、ひとりで最後を迎えると思っていましたから。俺と家族の時間はあまり残されていないのかもしれません。だけど、一緒にいられることを幸せと感じて残りの時間を精一杯生きていこうと思います。そして最後の時にはちゃんとお礼を言いたいです。こんな俺の家族になってくれてありがとう、と。