
私の名前は、多田行彦。65歳です。
まだまだ若い者には負けていられません。
自分で言うのもなんですが、五十代前半に見られることが多いです。もちろん、髪の毛を染めているおかげもありますが、何より体を鍛えています。今でもフルマラソンを走ることができますし、体力には自信があります。
どうしてここまで体を鍛えているのか、それには理由があります。私には二回り年下の妻、恵美がいるからです。
私が48歳のとき、恵美は24歳でした。結婚すると決めた時、周囲からの反対はそれはすさまじいものでした。それもそのはず、恵美の父親と私は、たった2歳しか違わなかったのです。
「お父さんとほぼ変わらないような男と結婚するなんて、どうかしてる!」
恵美の家族だけでなく、友人や職場の同僚までがそんなふうに言いました。でも、誰よりもそれに対して怒ったのは恵美自身でした。
「お父さんの年齢なんて関係ない!私は行彦さんと結婚するの!」
可愛い一人娘にそう啖呵を切られたら、どんなに頑固なお父さんでも逆らえないものです。結局、お義父さんは渋々認めてくれました。ただし、条件を出されました。私に対し、
「健康でいること。80歳までは確実に元気で動けるようにしろ」その言葉が、私が体を鍛えるようになったきっかけです。あのとき、お義父さんに認めてもらうために始めた運動でしたが、今ではすっかり生活の一部になっています。そんな私ですが、正直に言うと、45歳になるまで女性とお付き合いをすることどころか、女性と手を繋いだことすらありませんでした。
初めての恋愛相手が二十歳こそこの若い女性で、しかも結婚までしたのですから、自分でも不思議で仕方がありません。でも、彼女が言うには、私の優しさと誠実さ、さらには私の香に惹かれたのだとか。もちろんその頃には加齢臭もしていましたが、そうではないそです。ただ、私はそんな特別なことをした覚えがありませんでした。
彼女と私が出会ったのは、職場でした。私は当時、真面目一筋に仕事に打ち込んでいましたし、恋愛なんてまるで縁がないと思っていました。そんな私に、彼女は何かと世話を焼いてくるのです。最初はおじさんをからかっているのだろうと思っていました。
やたらと絡んで来たり、お菓子を作って来ておすそ分けしてくれたり。
でも自分にだけでは無いので、ついでに遊び感覚で話しかけてくれているんだと思っていました。
でもある時、「ちゃんとご飯食べてますか?」そんなふうに言って、彼女は翌日、手作りのお弁当を持ってきました。
普通なら、素直に感謝すればよかったのでしょう。でも、私は人付き合いが苦手で、どうしても素直になれませんでした。
「そんなことしなくていいよ」つい、そう言ってしまいました。
その瞬間、彼女の目に涙が浮かびました。そして、何も言わずに私の前から立ち去ってしまったのです。私は、その場にぽつんと取り残されました。
「ああ、なんてことをしてしまったんだ」そう思ったのは、机の上に置かれたお弁当のふたを開けたときでした。ふわりと湯気の立つご飯。おかずは、どれも私の好きなものばかりでした。丁寧に作られた卵焼きや、じっくり煮込まれた煮物。それを見た瞬間、彼女がどれほどの気持ちを込めて作ってくれたのかが伝わってきました。私は、猛烈に後悔しました。
何かしなければ、謝らなければ、と思いました。でも、どうすればいいのか分からない。そこで、手紙を書くことにしました。
今のようにスマートフォンが普及している時代ではありませんでしたから、メールなんて手軽なものはなかったのです。手紙には、正直に自分の気持ちを書きました。
今まで女性と付き合ったことが無いので、からかわれているのかと思った事、どう接すればいいのかわからいかなど、全て正直に書き謝罪の手紙として綴り、仕事中でしたが、彼女の机の上にそっと置きました。彼女は驚いた顔をしましたが、私は何も言わずにそのまま自分の席に戻りました。
その日、仕事が終わり、帰ろうとしたとき、ふと彼女の席を見ました。そこには、もう彼女はいませんでした。
「ああ、ひどいことを言ってしまったから、仕方ないか……」そう思いながら、ビルを出たその瞬間でした。
ドン!と背中に衝撃が走りました。
振り返ると、そこには、恵美が立っていました。
「ごめん」思わず口にした言葉に、彼女はじっと私を見つめました。
その目には、まだ少し怒りの色が残っているように見えました。でも、私が頭を下げたのを見て、彼女はふっとため息をつきました。
「……もういいですよ」その言葉にほっとしましたが、次の瞬間、彼女は不意に笑って言いました。
「じゃあ、おわびに今日一杯奢ってくれません?」
「えっ?」私は、驚きました。まさか、こんな展開になるとは思ってもいませんでした。
「飲めるの?」つい、そう尋ねると、彼女はくすっと笑いながら答えました。
「もう21ですよ。お酒ぐらい飲めます」
そう言われて、私は内心焦りました。彼女が21歳ということは、私はその倍以上の年齢。いくらなんでも、こんなに若い女性と飲みに行くなんて、正直、少し気が引けました。でも、彼女はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、にっこりと笑って「ほら、行きましょ!」と私の腕を引きました。その強引さに、私は抵抗する間もなく、居酒屋へと連れて行かれました。
店に入り、ビールを注文すると、彼女は「じゃあ、かんぱーい!」と元気よくグラスを掲げました。私は、なんとなく気恥ずかしくなりながらも、それに応じました。
「ほら、もっと飲んでください!」彼女は、まるで私を酔わせようとするかのように、次々と酒を勧めてきました。
「楽しく飲める人っていいですよね」彼女はそう言いながら、にこにこと笑いました。その笑顔を見たとき、私は気づきました。
それまで、私はただの年下の可愛い後輩として彼女と接していました。でも、この瞬間、私は彼女を一人の女性として意識し始めていたのです。楽しく飲みながら、気づけば時間はあっという間に過ぎていました。
店を出たとき、夜の風が心地よく、私たちはゆっくりと歩きました。
「今日はありがとうな」そう言うと、彼女は足を止めて、私を見つめました。
「先輩」彼女は、真剣な顔をして言いました。
「私と付き合ってください」一瞬、何を言われたのか理解できませんでした。
「え?」私は間抜けな声を出してしまいました。
彼女は少し頬を赤らめながら、それでもはっきりと言いました。
「好きなんです、先輩のこと。ずっと前から」私は、頭が真っ白になりました。
まさか、こんな若い子に告白されるなんて、夢にも思っていませんでした。
「……本気で言ってるの?」思わずそう聞くと、彼女はむっとした顔になりました。
「本気じゃなかったら、こんなこと言いません!」その言葉に、私はようやく彼女の気持ちが本物であることを理解しました。
正直、私には彼女と付き合う自信がありませんでした。こんな歳の差があって、本当にうまくいくのか? 彼女は本当に私でいいのか? そんな疑問が次々と浮かんできました。
でも、彼女のまっすぐな瞳を見ていると、そんな考えはどうでもよくなってきました。私は、静かに頷きました。
「よろしくな」そう言うと、彼女はぱあっと笑顔を咲かせました。
その日から、私たちの関係が始まりました。それからの私たちは、周囲の目を気にしつつも、少しずつ愛を育んでいきました。
最初は会社の同僚にも気づかれないように、仕事が終わってからこっそり会うだけの関係でした。でも、彼女はどんどん積極的になっていきました。
「先輩、たまには手、繋ぎません?」そんなふうに、街を歩いているときに私の手を握ってきたりしました。最初は照れくさくて、「外ではやめよう」と断っていましたが、彼女は気にせずに何度も手を伸ばしてきました。
そして私たちは少しずつ愛を育みました。もちろん初めての夜はもの凄く興奮してしまいました。私は自分で思っていたよりもあっち方面は強かったようです。初めての夜だというのに一晩中彼女を抱いていたのです。「もう無理だよ」との彼女の言葉にようやく我に返ったくらいです。
そこに自信がついたせいか、「年齢なんて関係ないでしょ?」そんな言葉に押され、私も少しずつ恵美との関係を堂々と受け入れるようになりました。しかし、問題は周囲の反応でした。今で言うならどうみてもパパ活です。会社の同僚たちは、私たちの関係を知ると、最初は冗談半分で冷やかしてきました。
「多田さん、すごいですね!若い子と付き合えるなんて!」
「いやいや、お父さんと娘みたいなもんでしょ?」そんな言葉を聞くたびに、私は恵美との関係が奇異な目で見られていることを実感しました。でも、彼女は全く気にしていませんでした。
「そんなこと言う人、気にしなくていいですよ!」そう言って、いつものように明るく笑っていました。ただ、最大の問題は、彼女の両親でした。特に、お義父さんの反対はものすごいものでした。
「なんで、そんなオッサンと付き合ってるんや!!」初めて挨拶に行ったとき、お義父さんは開口一番にそう言いました。まあ、当然の反応でしょう。だって、私とお義父さんの年齢差は、たったの二歳ですからね。
「認めるわけないやろ! もっと若くて、お前にふさわしい相手がいるはずや!」正直、私でも反対すると思います。仕方のない事です。でも、恵美は負けませんでした。
「私が選んだの! お父さんには関係ない!」そう啖呵を切ったのです。私はその場で少し慌てましたが、恵美の強い決意に、お義父さんも押され気味になっていました。そして、最終的に出された条件が——
「いいか、健康に過ごせ。80までは確実に元気で動けるようにしろ」この言葉でした。私はその場で「わかりました」と即答しました。
その日から、私は本格的に体を鍛え始めました。最初は軽いジョギングから始め、次第に距離を延ばし、最終的にはフルマラソンを完走できるほどになりました。結婚を許してもらうために始めた運動でしたが、気がつけば、私はそれを習慣として続けていました。
そして、無事に恵美との結婚が決まりました。結婚式の日、お義父さんは渋い顔をしていましたが、最後には小さく頷いて、「まあ、仕方ないな……」とポツリと言いました。
結婚してからの生活は、それまでの独り身の人生とはまるで違いました。二回りも年下の妻と暮らすというのは、楽しいこともあれば、戸惑うこともありました。恵美はエネルギッシュで、朝からテンションが高いことがよくありました。
「行彦さん!今日はハイキング行きましょ!」
「えっ、今日? 休みの日ぐらいゆっくり……」
「ほら、健康のためでしょ?80まで元気でいないといけないんだから」彼女に言われると、私は断れませんでした。
そうやって、いつの間にか私の生活はどんどんアクティブになっていきました。恵美と出かけると、周囲の視線を感じることもありました。私たちを見て、「親子かな?」という表情をする人もいました。でも、そんな視線も、気にしなくなっていきました。
「気にしなくていいの。私たちが幸せなら、それでいいの」恵美のこの言葉に、私はどれほど救われたかわかりません。
そして、夜の生活については今でも週5です。
結婚してからも、私の体力は衰えることなく、むしろ鍛えたせいか、以前よりも元気になってしまいました。
最初のころは恵美も頑張って付き合ってくれていましたが、ある日とうとう「もう無理だよ!」と音を上げてしまいました。
「なんでそんなに元気なの……私だってもう40歳過ぎたんだよ」
「お義父さんとの約束があるからな」
「それとは違うでしょ!?」そう言って二人で笑いました。
私の人生は、44歳で彼女に出会ってから、大きく変わりました。子供も生まれましたし、彼らが成人するのは私が72歳。まだまだ衰えるわけにはいきません。
それまでの私の人生は、ただ仕事をこなし、淡々と日々を過ごすだけの人生でした。でも、恵美と一緒にいることで、人生がこんなにも楽しく、鮮やかに変わるものなのだと知りました。
そして、80歳まで元気でいることを目標にしていましたが、今ではそれを超えて、百歳まで元気で動けるように頑張ろうと思っています。
「ほんとに100歳まで頑張ってね?」
「もちろん。お前より先にくたばるわけにはいかないからな」
「じゃあ、私もちゃんとお世話してくださいね!」
「おう、任せとけ」私の目標は、恵美と最後まで一緒にいること。そのために、これからも頑張ります。
年齢なんて関係ない。二人でいれば、それが何より幸せなのだから——。
私は、その言葉を一生忘れないでしょう。
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