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向かいの部屋の美女~覗いてるわけではないが

いつまでも若く純愛
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夜の風が、肩にかかる彼女の髪を揺らしていた。白いワンピースが月明かりを受けて淡く光って見える。その横顔を隣で見ていると、不思議と胸が落ち着かない。なんというか、じんわりと熱くなる。心がそうささやいているみたいだった。
「……どうしました?」由美さんが、俺の視線に気づいて首をかしげた。少し笑っている。
「いや、なんでもないです。」俺は慌てて視線を外す。照れるなんて、俺らしくないのに。
「……嘘。」彼女はそう言って、小さく笑う。その声が妙に心地よかった。二人でベランダに並んで、夜空を眺めながら話をしている。ただそれだけなのに、なぜだろう、こんなにも特別に感じる。俺が彼女を気にし始めたのは、あの夜からだった。
 長距離トラックの運転手として日々を走り回る俺の生活は、基本的に変わり映えがない。深夜に仕事を終え、部屋に戻り、シャワーを浴びてベランダでコーヒーを飲む。それが俺の日課だった。コーヒーを片手に涼しい夜風を感じる瞬間だけが、自分を癒すひとときだった。その日も、いつものようにベランダに出た。ふと向かいのマンションに目をやると、誰かがいるのが見えた。一人の女性。肩を震わせているようで、どこか悲しそうな雰囲気が漂っていた。その姿が妙に気になってしまった。それからも度々彼女と遭遇することがあり、俺はいつのまにか向かいのベランダを見るのが日課になっていた。彼女もまた、しばしばベランダに現れる。スマホをじっと見つめているときもあれば、ただぼんやりと夜空を眺めているときもあった。そのどれもが、どこか寂しそうだった。
ある日、いつものようにベランダで一息ついていると、向かいの彼女と目が合った気がした。正直なところ、それが本当に目が合ったのかどうかはわからない。でも、俺は慌てて視線をそらしてしまった。なんだか恥ずかしかった。
 そんな彼女との初めての接点は、思いがけない形だった。あの日の夜、仕事を終えてマンションへ向かって車を走らせていると、路肩に座り込む女性を見かけた。暗がりにうずくまるその姿に、どうしようか悩んだが、車を止めて急いで駆け寄ると、彼女はか細い声で「お腹が痛くて……」とつぶやいた。
「大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?」俺が声をかけると、彼女は首を振った。
「そこまでじゃないんです。少し休めば……」俺は仕方なく彼女を助手席で休むよう勧め、近くのコンビニで白湯を買って渡した。彼女はそれを一口飲むと、ふぅっと静かに息を吐き、しばらくすると少しだけ表情が和らいだようだった。
「助かりました……ありがとうございます。」
「いえいえ、どういたしまして。」俺が答えると、彼女はふと「あ……」と小さな声を漏らした。
「もしかして……向かいのマンションの方ですよね?」驚いて彼女を見つめると、彼女は恥ずかしそうに笑った。俺もようやく気付いた。向かいのベランダにいた女性だ、と。
「そうです。ベランダで……よくお会いしますね。」俺がそう言うと、彼女は少しだけ顔を赤くして、自己紹介してくれた。
「私、鷲尾由美といいます。」
「上杉竜也です。」こうして俺たちは、初めて言葉を交わした。その後少し談笑し、彼女をマンションまで送り届けたが、俺は妙に心が落ち着かなかった。どうして彼女のことが気になるのか、自分でも説明がつかない。ただ、彼女の手の温もりや、か細い声が頭に残って離れなかった。

それから数日後、俺は思いがけず彼女に呼び止められた。
「この前は本当にありがとうございました。もしよかったら……今度お礼に夕食でもどうですか?」彼女の申し出に、俺は少し驚いた。でも正直、嬉しかった。気が付けば、すぐに「ぜひお願いします」と答えていた。食事の日、俺は緊張しながら彼女の部屋に足を踏み入れた。彼女はエプロン姿で、少し恥ずかしそうに笑って俺を迎えてくれた。リビングのテーブルには色とりどりの料理が並んでいて、その香りが部屋全体を優しく包み込んでいた。
「すごいですね……こんなに作ったんですか?」
「せっかくなので、ちょっと張り切ってみました。」彼女は照れたように笑いながら、赤ワインのグラスを渡してくれた。乾杯をして、料理を一口食べる。どれも本当に美味しかった。会話が進むにつれ、俺たちは自然とお互いのことを話し始めた。仕事のこと、日常のこと、そして些細な失敗談まで。彼女は時折笑いながら、俺の話をじっと聞いてくれた。
「……こうして誰かと食事をするの、本当に久しぶりなんです。」ふと彼女が呟いた。その言葉に、俺は彼女の胸の内を少しだけ覗いた気がした。由美さんの部屋での食事がきっかけとなり、俺たちは少しずつ頻繁に顔を合わせるようになった。最初は部屋を行き来するだけだったが、夜になるとやっぱりベランダがその「合図」の場所になった。

ベランダに干してあるハンカチの色で会う日が決まる。黄色のハンカチが干してるときは「来て」のサインだ。まるで昔の映画のような話だ。俺は急いでコーヒーを飲み干し急いで部屋を出る。そして、由美さんの部屋の扉をノックすると、彼女がいつもの笑顔で出迎えてくれる。まるで秘密の遊びのようだった。
その日も、黄色いハンカチが干してあり、俺は笑いながらコーヒーを飲み干し、部屋を出た。扉を開けてくれた彼女は、少しだけいつもと違う雰囲気だった。髪を軽くまとめているだけなのに、どこか色っぽい。部屋の中に漂う香りもいつもより甘く感じた。
いつものようにワインを片手に乾杯をする。いつもと同じなのに、どうしてだろう。この夜は何かが違っている気がした。
彼女がソファに座ってワインを飲みながら微笑む。その仕草がどこか緩やかで、どこか甘い。俺は自分の心がどんどん熱を持つのを感じた。
「由美さん……」自然に声が出た。彼女が少し首を傾げて俺を見る。その目が優しく揺れているのを見た瞬間、俺は言葉よりも先に体が動いた。
「……ん。」彼女は小さく声を漏らした。俺の手が彼女の頬に触れたのを感じたとき、彼女は驚いたように目を開き、そのあとで少しだけ顔を赤くした。
「……いいですか?」そう聞くと、彼女は目を閉じ、小さく頷いた。その仕草があまりにも綺麗で、俺はもう何も考えられなくなっていた。彼女の肩をそっと抱き寄せると、かすかに甘い香りが鼻をかすめた。彼女の体温が、直接肌を通じて伝わってくる。その温もりに触れるたび、心臓の鼓動がひとつひとつ強く響くのを感じた。目を閉じれば、彼女の微かな吐息すらも耳に心地よく響いてくる。そして二人はようやく一つになった。

その夜、俺たちはベランダに出た。互いの体温をまだ感じながら、俺たちは並んで夜空を見上げた。
「……不思議ですね。」由美さんがぽつりとつぶやく。
「ん?」俺がそう聞くと、彼女は少しだけ微笑みながらこう言った。
「ベランダで見かけたことが、こんなことになるなんて。」

その言葉に、俺は自然と向かいの自分の部屋を見た。ベランダ越しに何度も彼女を見ていたこと、彼女が俺を見つめていたこと、そして、あの路肩での出来事――すべてが繋がっている気がした。
「あなたに会えて、ここに越してきて良かった…」彼女の言葉はこれ以上ないくらい、嬉しい言葉だった。ベランダに出るたび、俺たちは無言の合図を送り合う。そして、また新しい夜が始まる。たとえ同じ空の下で一緒に暮らすようになったとしても、このベランダは、きっと俺たちにとって特別な場所のままだ。

「……待ってて」そう呟きながら、俺は部屋を出た。ベランダから始まったこの恋は、これからも、きっと続いていく。

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