「俺と結婚してください!」
会場が一瞬にして静まり返った。あまりに突然だったから、俺自身も驚いた。けど、その瞬間、もう引き返せないと思った。言わなければ、このタイミングを逃してしまう。そう感じたんだ。彼女と目が合った時、頭の中に今までの全てが一気に駆け巡った。次こそはって何度も思ってきた、何度も偶然に頼ってきた。でももう、偶然に任せてはいられなかった。
彼女の瞳は驚きに見開かれていて、その手は口元に添えられていた。心臓がバクバクして、鼓動が耳にまで響いていた。もしかしたら、この瞬間が最後になるかもしれない――そんな不安が胸の中で暴れまわっていた。そう考えたら、もう「次に偶然が来るかもしれない」なんて、期待して待つなんてできなかった。
「……うん。いつか会えると思ってたよ。」
小さな声で、彼女が頷いた。一緒に付いてきていた俺の友達もびっくりを通り越して引いていた。でも、周りの視線やざわめきなんて、もうどうでもよかった。あの瞬間、俺たち二人だけがそこにいた。いや、あの空間自体が二人のために存在していたみたいだった。
最初に彼女に会ったのは、もうずいぶん前、小学生の夏休みのことだ。お爺ちゃんの家に帰省していた俺は、家の近くの公園で虫取り網を持って遊んでいた。夢中で網を振り回してとんぼを追いかけていたら、ふと彼女が現れた。どこから来たのかは覚えていないけど、俺はその時、何も考えずに彼女と一緒に遊び始めたんだ。ただ笑い合って、気づけば3日間も一緒に過ごしていた。
別れ際に「また遊ぼうね」とお互いに手を振ったけど、その時は心のどこかで「また会えるかな」くらいにしか思っていなかった。子供心に、遠く離れた場所に住む彼女ともう一度会うなんて、現実的に考えたら難しいんじゃないかって感じていたんだろう。
次に彼女と再会したのは、小学6年生の修学旅行。奈良のお土産屋の賑わいの中で、ふと目が合った瞬間、俺の中であの夏の日々が蘇った。忘れていたはずの記憶が、鮮明に。驚きと懐かしさが交差して、胸の奥がザワザワして、何を言えばいいのかすぐにはわからなかった。俺だけじゃなく、彼女も同じだった。お互いに黙ったまま、ただ目を見つめて、言葉よりも先にその存在を感じ取っていた。
でも、結局俺は言葉をうまく出せなかった。恥ずかしさが勝ってしまったんだ。ただ、彼女が「また会えるよね?」って笑いながら言った時、その笑顔に救われた気がした。俺も笑って「うん」と答えたけど、正直、これ以上の言葉をだせない自分がもどかしくて仕方なかった。
三度目の再会は、中学最後の陸上の県大会だった。応援席に座っている彼女を見つけた時、俺は本当に目を疑った。こんな大勢の人がいる中で、また彼女に会うなんて――正直、そんな偶然が続くはずがないって思っていたから、ただの偶然だと片付けるには無理があった。彼女は真剣な表情で仲間を応援していて、声をかけるタイミングじゃないと感じた。でも、彼女は俺に気づいていたんだ。お互い、何も言わずに遠くから手を挙げて、静かに合図を送った。それだけで十分だった。言葉なんて交わさなくても、その瞬間、確かに俺たちは繋がっていた。見えない何かが二人を結んでいたんだ。
四度目の再会は、なんと大学受験の日だった。あの時は、さすがに俺も言葉を失った。都内の大きな予備校前で、偶然彼女と出くわしたんだ。そんなことってあるか?って正直思ったけど、それが現実だった。俺たちは互いのお守りを交換し合った。「4回も会ったんだから、きっと受かるよ」――彼女がそう微笑んで言った時、その言葉が胸に深く響いた。彼女の笑顔が、やけに力強く見えたんだ。そして、その瞬間、俺は心の中で決めた。次に会った時は――偶然じゃなく、俺から彼女に付き合って欲しいって。
でも、それからは再会がなかった。大学に入って卒業して、社会人になって、いつの間にか時間だけが過ぎていった。けれど、心のどこかでずっと彼女を探していた。駅のホームで、街角で、彼女に似たシルエットを見つけるたびに胸が高鳴ったけど、結局それはただの他人だった。偶然なんて、そうそう続くものじゃないんだと、次第に思い始めていた。
ふと、彼女と交換したお守りを、ふと机の奥から取り出した時、俺はお守りの中に小さな手紙を見つけた。「次会ったら付き合えますように」と書かれたその文字を見た瞬間、胸が締めつけられる思いだった。あの時、彼女も同じように思ってくれていたんだ。彼女もずっと、何かを感じていたんだと、その時やっと気づいた。
30代を迎え、周囲は結婚の話題ばかりになっていた。親や友人に促されるように、俺も婚活パーティーに参加することにしたけれど、期待なんてしていなかった。自分がここにいる理由さえよくわからないまま、その場にいた。
でも、会場で彼女を見つけた瞬間、全てが変わった。
目が合った瞬間、過去の全てが溢れ出した。小学生の頃、公園で笑い合ったあの時間。修学旅行での再会。陸上大会の応援席。大学受験のあの日。俺たちは何度も偶然に導かれて出会ってきた。それは運命と呼ぶしかないと思った。けれど、今度こそ偶然に頼るのはやめよう――そう思ったんだ。
彼女の周りには何人かの男性が集まっていたけど、そんなことはどうでもよかった。もう遠慮する理由なんてなかった。俺はまっすぐに彼女に向かって歩いていって、その場で言ったんだ。
「まゆちゃん。俺と結婚してください!」
彼女は驚いていたけど、やがて涙を浮かべて頷いてくれた。俺は彼女の手を引っ張り、彼女を優しく抱きしめた。涙が頬を伝い、彼女の笑顔と一緒に俺の胸に刻まれた。周りは驚いた顔をしていたし、一緒に来ていた友人も引いていたみたいだけど、そんなこともどうでもよかった。俺たちは確かに運命で結ばれていたんだ。それを信じたかったし、誰にも否定されたくなかった。
結婚式の日、彼女が控え室でふと見せた笑顔。それは、公園で初めて会ったあの夏の日と全く同じだった。俺はその瞬間、また心臓が高鳴るのを感じた。これまで何度も偶然に導かれてきたけれど、これからは俺たち自身の手で新しい道を作っていくんだ。もう偶然なんかじゃない。今度は俺たちの意思で未来を紡いでいく。
「どうしたの?」と、彼女が振り返って俺を見つめる。その表情に、俺は笑って答えた。
「いや、なんでもないよ」
そう言いながら、俺は心の中で次の奇跡を待っていた。俺たちの物語は、きっとこれからも続いていくんだと信じて。