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義姉~私で良いんですか?

いつまでも若く背徳

義姉の結衣さんが微笑む。その微笑みが、夕暮れの光に照らされて、まるで消えてしまいそうなほど儚く見えた。「こうして話すの、なんだか不思議ですね」と結衣さんが言う。僕は返事に詰まった。なんて答えればいいのか、分からなかった。ただ、目の前にいる彼女を見つめるのが精一杯だった。キッチンのテーブルを挟んで、二人きりの時間が静かに流れる。窓の外では、日が沈む最後の瞬間を迎え、淡い橙色が影を作り始めていた。テーブルの上の湯気を立てるコーヒーカップ、その湯気が二人の間を揺れている。その小さな温かさが、今の僕にとって何よりも大きな支えだった。

目の前の結衣さん。僕を救ってくれたのは彼女だった。妻のみなみ、いや、元妻に裏切られ、心も生活もバラバラになった僕を、立て直してくれたのは彼女の存在だった。料理を作り、部屋を片付けてくれる。それだけじゃない。彼女の存在そのものが、この家を温かくしてくれていた。でも、僕の胸の中には、説明できない違和感があった。彼女に対する感謝以上の感情。もっと深くて、もっと大きな感情が、自分の中で膨らんでいくのを、僕は止めることができなかった。だけど、その気持ちを口にすることなんて、許されない。彼女はみなみの姉だ。僕がどんなに彼女に惹かれても、それは絶対に口にしてはいけない思いだった。

「……すごく助かってます。結衣さんがいてくれるおかげで」僕はなんとか声を絞り出す。それだけが精一杯だった。

結衣さんは微笑んだ。そしてカップをそっとテーブルに置いた。その時、彼女の手元が一瞬だけ震えたように見えた。その瞬間、僕はまた胸が締め付けられるような気持ちになった。彼女に対して、こんな気持ちを抱いてしまう自分が、どれだけ身勝手で情けないか、分かっている。けれど、その感情を押し殺せば押し殺すほど、余計に強くなるようだった。

「真一さん?」彼女が顔を上げる。その時、玄関のインターホンが鳴った。僕はその音にハッとして立ち上がった。

「こんな時間に誰だろう……」時計を見ると、夜の七時を少し回ったところだった。こんな時間に訪ねてくる人なんて思い浮かばない。僕は一瞬、胸騒ぎのような感覚を覚えながら、玄関に向かった。

ドアを開けた瞬間、息が止まった。

「……みなみ?」そこに立っていたのは、雨に濡れたみなみだった。乱れた髪、疲れ切った表情。彼女の姿を見るのは、もう一年近くぶりになる。僕を裏切って家を出ていったあの日以来、彼女は一度も連絡を寄こさなかった。

「真一……久しぶり」彼女はかすれた声でそう言った。少し微笑んでいるように見えたけれど、その笑顔はどこか弱々しく、かつての彼女らしい勢いはまるでなかった。

一瞬、言葉が出なかった。彼女がどうしてここに現れたのか、全く理解できなかった。

「……どうしてここに?」僕がそう問うと、みなみは小さくため息をついた。そして、家の中を覗き込むように視線を動かす。リビングの奥で、キッチンに立つ結衣さんの姿が目に入ったのだろう。みなみの顔がほんの一瞬、険しくなるのが分かった。

「話があるの。少しだけでいいから、話をさせて」その言葉に、僕は迷った。けれど、結衣さんが「大丈夫です」と小さく頷いてくれたので、仕方なくみなみを家に入れることにした。リビングのソファに座るみなみ。隣に座る結衣さんの姿に、みなみの視線が刺さるようだった。

「……なんでお姉ちゃんがいるの?」みなみの声には明らかな苛立ちが込められていた。その言葉に、僕が口を開くより先に、結衣さんが静かに答えた。

「あなたが家を出て行ってから、真一さんが一人でどれだけ大変だったか分かる?……あなたが迷惑をかけたから。だから私が、この家を手伝うことにしたの。あなたの代わりにできることを、私が引き受けたの」その言葉に、みなみの顔が一瞬だけ揺れた。そして、彼女は唇を噛むようにして、低い声を漏らした。

「……もういいから、お姉ちゃんは帰ってよ。私がここでやり直すから」

「やり直す?」僕は反射的に声を上げていた。「……どういうつもりなんだ、みなみ。僕を裏切って家を出ていったんだよ。それなのに、今さらやり直したいだなんて……」

みなみは顔を伏せた。そして、小さな声で呟く。

「だって、私……あの人に捨てられたの」その言葉に、僕は一瞬、驚いた。けれど、同時に強い失望感が湧き上がった。自分の都合で家を出て行き、今度は自分の都合で戻りたいと言う。そんな彼女の言葉に、僕はもう心を動かされることはなかった。

「…もう…ここは君の帰る場所じゃないよ…」僕は静かにそう言った。

みなみは目を見開き、僕を見つめた。けれど、その時、結衣さんがそっと口を開いた。

「みなみ、真一さんはもう立ち直ろうとしているの。あなたのわがままで彼を振り回す必要はないのよ。実家に帰りなさい。」

その言葉は穏やかだったけれど、確かな力が込められていた。みなみは何も言えず、ただ悔しそうに顔を伏せた。その夜、みなみは静かに家を後にした。リビングには、再び僕と結衣さんの二人だけが残された。

「結衣さん……」僕は彼女の名前を呼んだ。彼女が顔を上げる。その瞳には、どこか不安げな光が揺れていた。

「僕は……これからも結衣さんにそばにいてほしい。結衣さんと一緒に、生きていきたい」その言葉に、結衣さんの目が潤む。そして、彼女は小さく頷いた。

「……私でいいんですか?」

「あなたじゃなきゃ、ダメなんです」僕はそう言いながら、彼女の手をそっと握った。その手の温もりが、僕の心を満たしていく。

その夜、僕たちは静かにお互いの想いを確かめ合った。僕が彼女の肩に手を置くと、彼女は小さく息を吸った。僕はその彼女を優しく抱き寄せた。ようやくみなみの呪縛が解き放たれた瞬間だった。

翌朝、窓から差し込む朝日の中、湯気の立つコーヒーカップを見つめながら、僕はそっと思った。

「この人となら、もう一度やり直せる」僕は彼女の手をそっと握り締めた。

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