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親に強引に結婚させられ

いつまでも若く純愛

美奈の手の温もりが、まだ俺の手に残っている。どこか華奢で、それでいてしっかりと握り返してくれたあの感触。現実だったのか、それとも夢だったのか、まだ信じられない。でも確かに、彼女の瞳を間近で見た。潤んで揺れるその目は、俺に何かを訴えかけていた。
「栗山さん……本当にありがとうございます。」美奈は小さく微笑んだ。その笑顔には少し哀しみが混じっていた。けれど、彼女の唇から漏れるその言葉が、なぜか俺の胸に温かく沁み込んでいく。俺はただ、何も言えないまま彼女の手を握り続けていた。
「俺が……俺に任せてください。」
自分でも驚くほどはっきりした声が出た。こんなことを言ったのは、生まれて初めてだった。でも、その瞬間の俺には、それ以外に何も言葉が見つからなかった。俺は彼女に何かを約束したかった。ただ、何かしてあげたかった。彼女の瞳がそっと伏せられ、長いまつげの影が頬に落ちる。そして、ほんの一瞬だけ静寂が訪れた。
「ありがとう。」
彼女がそう呟いたその声は、震えているようで、どこか安心しているようにも聞こえた。

 俺は栗山拓郎。アラフォーのどこにでもいるサラリーマンだ。几帳面で真面目、職場ではそれなりに信頼されているけれど、特に目立つ存在ではない。恋愛経験なんてほぼゼロだ。休日はテレビをぼんやり眺めながら冷めたコンビニ弁当を食べる、そんな生活がずっと続いていた。でも、そんな俺の生活にほんの少しだけ明るい光を差し込んでくれる人がいた。山崎美奈。社交的で明るく、誰にでも優しい、職場のマドンナだ。彼女のような女性が俺に親しく話しかけてくれる理由なんて全くわからない。でも、彼女が「栗山さん、お疲れさまです」と笑顔を向けてくれるたびに、俺の平凡な日常に一瞬だけ色がつくような気がしていた。
そんな彼女が結婚したと聞いたとき、俺はただ「そうか」と受け流すしかなかった。もちろん、彼女のような人なら、素敵なパートナーがいるのは当然だ。だけど、それ以来、美奈が変わったように見えた。明るかった笑顔が曇りがちになり、ふとした瞬間に遠くを見つめるような表情を見せるようになった。その変化がどうしても気になった。気になるくせに、俺にはどうすることもできなかった。そんなある日、昼休みの休憩室で、一人ぼんやり座る彼女を見つけた。肩を落とし、湯気の消えたコーヒーをじっと見つめている姿が、やけに寂しそうに見えた。
「山崎さん、どうかしたんですか?」気づいたときには声をかけていた。普段の俺なら絶対にこんなことはしない。でも、その日の彼女の姿は、どうしても放っておけなかったんだ。美奈は少し驚いたように顔を上げたが、すぐに目を伏せ、小さな声でため息をついた。そして、ほんの少し躊躇した後、言った。
「……栗山さん、誰にも言わないでくださいね。」彼女の声は震えていた。膝の上で絡み合う指先に、彼女の迷いが表れているようだった。
「私、本当は……この結婚、望んでなかったんです。」その言葉を聞いた瞬間、胸の奥で何かが崩れたような気がした。
美奈はゆっくりと語り始めた。彼女の母親が起こした交通事故。その被害者である男性との結婚。男性は事故の後遺症で車椅子生活を余儀なくされ、美奈は親の罪を償うために介護することを前提に結婚をさせられたということ。
「でも……正直、辛いんです。いつか愛情も沸いてくるかもって思ってたけど、お互いに愛もないのに、一生を捧げるなんて……私…どうしたらいいんですかね。」その声には、張り詰めていた糸が切れたような悲しみが滲んでいた。彼女の瞳には涙が浮かび、今にもこぼれそうだった。その姿を見て、俺は胸が締め付けられる思いがした。
「それはおかしいですよ!」自分でも驚くほどはっきりした声が出た。いつもなら、もっと慎重に言葉を選ぶ俺が、気づけばそう言っていた。
「そんな結婚、山崎さんが背負う必要はないと思います。」彼女は何かを言いかけたが、口を閉じた。そして、ためらいながらも俺の目をじっと見つめた。その目の中にあるのは迷いだろうか、それとも希望だろうか。
「山崎さん、実家の住所を教えてください!」そう言ったとき、彼女の目が少しだけ見開かれたように見えた。
 気づけば、俺は美奈の父親の家の前に立っていた。昼からの仕事をさぼって会社を飛び出したのだ。普段の俺なら絶対にしない行動だった。だが、美奈が苦しむ姿を見て、黙っているわけにはいかなかった。ただ彼女のためにできることをしたかった。それだけだった。

家のインターフォンを押すと美奈の父親が出てきた。彼女の父は俺の真剣な言葉に耳を傾けてくれた。彼女の気持ち、現在ではいろいろな行政サービスがあることなど、知り合いの弁護士の紹介など自身に出来ることすべてを熱弁していた。そして、すべて最後まで聞いてくれていた美奈の父が、最後に一言だけ静かに問いかけてきた。
「君は、美奈のなんなんだね?」俺は答えた。
「俺は………ただの同僚です。でも、美奈さんがこんなふうに苦しむのを、見ていられなかったんです。」その言葉にどれだけの力があったのかはわからない。でも、それが俺の本心だった。
会社に戻ると、美奈がかけよってきた。「どこに行ってたんですか?」心配そうに俺を見つめる。
「山崎さんの家に行ってきました」
「え?…」
「すいません、我慢できなくて暴走しちゃいました…」

全て説明すると、美奈は小さく微笑んだ。その笑顔には少し哀しみが混じっていた。

 数日後、「私、離婚することになりました。」彼女は、晴れやかな表情でそう言った。その笑顔を見た瞬間、俺の胸に広がる安堵と温かさを、どう言葉にすればいいのかわからなかった。そしてその夜、美奈は俺に告白してくれた。
「私、栗山さんのことが好きです。」俺は驚きながらも、自分の気持ちに気づいた。
「え?お、お、俺のことが好き?」
「はい、ず~~~~っと前からですよ」美奈は涙を浮かべながら笑った。その笑顔は、これまでで一番美しかった。

二人の未来はまだ何もわからない。それでも、俺たちは歩き始めた。光が差し込む新しい道を、一緒に。

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