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今日は初夜~まだ2回しか会った事の無いこの人と

いつまでも若く純愛
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披露宴が終わり、ようやく一人になれると思ったのも束の間、案内されたホテルのスイートルームに足を踏み入れた瞬間、私は再び心が重くなった。目の前には、今日から私の夫となった和也さん。まだほとんど知らないこの人と、これから初夜を過ごすのだと思うと、胸の奥がぎゅっと締めつけられるようだった。
私は井川遥、36歳。父が病に倒れた6年前から、繊維業を営む井川織物株式会社を引き継いだ。父が築き上げた会社を守らなければならないという一心で必死に働き続けたが、経営の厳しさは年々増していった。銀行融資は限度を超え、従業員たちの生活を守るための策も尽き果てた。そのときに持ち込まれたのが、大川工業からの吸収合併の提案だった。
「井川織物を子会社化する。その代わりに、うちの息子とすること。」その条件を聞いた瞬間、私は頭が真っ白になった。会社を守るために、社長には世話になっているとはいえ、会ったこともない人と結婚する? そんな馬鹿げた話があるのかと思った。だが、現実はそれ以外に道がなかった。従業員たちの生活を路頭に迷わせるわけにはいかない。会社を存続させるためには、自分が犠牲になるしかなかった。
「これが私の結婚なんだ。」そう自分に言い聞かせたけれど、心の中に渦巻く苦しさは消えなかった。父に相談することも考えたが、病を抱える父にこれ以上負担をかけたくなかった。結婚は私の決断として飲み込むしかなかったのだ。結婚式の準備はすべて大川社長が進めた。私の役目は、指示に従い、流れに身を任せることだけ。和也さんとは式の前に一度だけ顔を合わせただけ。彼は控えめで口数が少なく、何を考えているのかさっぱりわからなかった。正直なところ、怖い人ではなさそうだと思ったくらいで、それ以外の印象は何もない。

そして迎えた結婚式。来賓の前で笑顔を浮かべ続けながら、私は頭の中でずっと同じ問いを繰り返していた。
「どうして、こんなことになったのだろう。」披露宴が終わり、ホテルのスイートルームに入ったとき、私の体は緊張でこわばっていた。広々とした豪華な部屋だが、その広さが余計に私を心細くさせた。
和也さんも同じ部屋にいる。披露宴でかなりお酒を飲まされていたせいで、顔は赤く、足元も少しふらついている。彼は部屋に入ると、スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイを緩めた。そしてこちらに近づいてきた。私は思わず体を強ばらせた。緊張と、ほんの少しの恐怖――知らない人と同じ空間にいるという事実が、私の心をざわつかせた。しかも、今日からは夫婦だというのに、私たちはまだお互いのことを何も知らない。なのに私は今からこの人に…。そんな状況が、不安を膨らませる。
和也さんが私の前に立ち止まり、ゆっくりと手を伸ばしてきた瞬間、私は本能的に後ずさりしそうになった。だが、次の瞬間――
彼はそのままベッドに倒れ込んだ。拍子抜けするほどあっさりと。私は思わずその場に立ち尽くし、しばらく何が起きたのかわからなかった。
「うぅ……飲みすぎた……気持ち悪い……。」彼が苦しそうに漏らす声を聞いた瞬間、私の緊張が一気に解け、思わず笑ってしまった。
「ふふふっ。大丈夫ですか? お水、持ってきますね。」
急いでテーブルに置かれたミネラルウォーターを取り、グラスに注いで彼の元に戻った。彼はベッドに横たわったまま、申し訳なさそうに頭を少しだけ上げた。
「ごめんよ……本当にごめん……こんなことになるなんて。」彼の言葉に、私は自然と微笑みながら水を差し出した。
「大丈夫ですよ。……少し怖かったですけど。」そう言うと、彼は恥ずかしそうに水を飲みほした。そして少し落ち着いたのか、ぽつりぽつりと話し始めた。
「……こんな結婚で本当にごめん。父さんが勝手に決めたことなんだ。僕に選択肢なんてなくて。」その言葉に、私は意外さを覚えた。この結婚は私だけでなく、彼にとっても望まぬものだったのだ。
「父さん、昔から全部自分の思い通りにしないと気が済まない人だから……。僕が何を言っても、全部押しつぶされてしまう。だから、こうやって人と話すのも苦手になっちゃったんだ。」彼の言葉には、どこか自嘲的な響きが混じっていた。酔っているせいもあるのだろうが、普段は決して語らないような本音が垣間見えた。
「ふふ、全然そんな風に見えませんよ。こうして普通に話せてるじゃないですか。」そう返すと、彼は驚いたような顔をして、それから照れくさそうに笑った。
「あれ……ほんとだ。普通にしゃべってるね。なんでだろう……遥さんが相手だからかな?」その一言に、私は不思議と胸が温かくなった。彼もまた、この結婚に不安や戸惑いを抱えている。それを知っただけで、少しだけこの人に親近感を覚えた。
「今日はお互い疲れましたね。誓って手を出しませんのでゆっくり休んでください。」そう言って彼は再びベッドに横になった。その言葉に救われる思いがした私は、自分のベッドに腰を下ろしながら、静かに深呼吸をした。
これが、私たちの最初の夜だった。

あの夜から、私たちの新婚生活が始まった。ぎこちなくも穏やかな日々の中で、私は少しずつ和也さんという人を知っていった。彼は不器用だが、根が優しく、周囲をよく観察している人だった。会社の従業員たちに対しても丁寧に接し、何か困ったことがあれば自分なりに考え、解決しようとする姿が印象的だった。それでも、彼にはどこか「自信のなさ」がつきまとっているように見えた。何か決断をするときや提案をするとき、必ずと言っていいほど「父さんがどう言うか」という言葉が口をついて出る。私は彼が父親に対して深い劣等感を抱えていることに気づいていた。ずっと厳しい父親の下で育ち、自分を抑え込んできた彼。その心の傷は、簡単には癒えないのだろう。
「和也さん……認めてもらえなくても良いじゃないですか。和也さんが納得できるように動く方が大事だと思いますよ。」私はそう言いながら、彼の背中にそっと手を置いた。それが彼にとってどれだけ響いたのかはわからない。それでも、その日を境に、彼は少しずつ変わり始めた。
最初は小さな一歩だった。会社の会議で自分の意見を出すようになったり、父親に「これだけは自分に任せてほしい」とはっきり言ったり。それは私にとって嬉しい変化だったが、彼自身にはきっと大きな挑戦だったに違いない。もちろん、すべてが順調だったわけではない。ある日、彼が父親に意見を述べた際、大川社長が厳しい言葉を浴びせた場面があった。
「お前がそんなことを言ったところで、どうせ中途半端に終わるんだ!」その言葉に、和也さんの表情が曇るのを見て、私は胸が締めつけられる思いだった。それでも彼は後退しなかった。
「それでも、僕は僕のやり方でやらせてほしいんだ。」その言葉は震えていたが、確かに自分の意思を込めたものだった。私がそばで見守る中、大川社長は一瞬驚いた顔をし、そして少しだけ目を細めた。
「なら、やってみろ。」それは和也さんにとって、父親から初めて受け取った「承認」だったかもしれない。彼はその日からさらに前向きに変わっていった。
和也さんの変化とともに、私たち夫婦の絆も深まっていった。彼が少しずつ自信をつけていく姿を見るたびに、私は彼を支えたいと思う気持ちが強くなった。彼もまた、私の意見や感情を尊重し、何か決める際には必ず私に相談してくれるようになった。

そんな生活の中で、ある日私は自分の体調に異変を感じた。病院での診察を経て妊娠がわかったとき、私は胸がいっぱいになるのを感じた。その夜、私は夕食後に和也さんを呼び、少し緊張しながら告げた。
「和也さん……赤ちゃんができました。」彼は一瞬驚いた顔をしたが、すぐにその目が輝き、喜びに満ちた表情を浮かべた。
「本当に? 遥さん……ありがとう……。」そう言って、彼は私の手をしっかりと握りしめた。その手の温かさに、私もまた胸が熱くなった。
数日後、私たちは大川社長にそのことを伝えた。父親は一瞬驚いたようだったが、すぐに深い安堵の表情を浮かべた。
「そうか……ついにお前も父になるのか……。」その声には、これまでの厳しさの裏に隠れていた愛情と心配が溢れているように感じられた。そして、和也さんの肩に手を置きながら、こう続けた。
「お前がこの会社をちゃんと継げるのか、ずっと心配だった。だから厳しくしたけれど、それが逆効果だったんだろうな……。遥さんがそばにいてくれたおかげだな。」和也さんはその言葉を聞き、深々と頭を下げた。父親の目にも、わずかに涙が浮かんでいるのがわかった。その姿に、私も思わず目頭が熱くなった。

その夜、和也さんがそっと私の手を握りながら言った。
「遥さん、本当にありがとう。君がいてくれたから、僕はここまで変われたんだ。」私は微笑みながら答えた。
「こちらこそ、ありがとう。和也さんが頑張ってくれたからですよ」そう言い合いながら、私たちは新しい命の誕生を心待ちにするのだった。

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