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変わり果てた彼女

いつまでも若く純愛

俺の人生は、遅れてやってきた幸せと、突然の別れに打ちのめされた時間で埋め尽くされている。俺の名前は康太、もうアラフォー世代だ。これまでの恋愛は、うまくいかないことばかりだった。だからこそ、3年前に訪れた紗耶香との出会いは、俺にとって特別だった。

彼女の名前は紗耶香。俺より6歳年下で、明るくて、しっかりと自分を持った女性。彼女と過ごす時間は、俺にとって一筋の光だった。ようやく、俺の人生にも春が来たんだ――そう信じていた。でも、あの一言で、全てが崩れ去ったんだ。
「他に好きな人ができたの」
彼女が冷たく、まるで感情を切り離したように言ったその瞬間、俺は心臓が止まったかと思った。言葉は耳の中で反響し、どこか遠い場所から聞こえてくるようだった。頭が真っ白になり、何も考えられなかった。それまでの二人の時間は、すべて虚構だったのか――そう思いたくなるほど、痛みが胸を締め付けた。何も言えず、何もできず、ただその場に立ち尽くす俺を残し、彼女は去っていった。部屋に残ったのは、沈黙だけ。あの瞬間、俺の人生から色彩が消えたんだ。
夜は眠れず、目を閉じれば彼女の笑顔が浮かんできて、何度も夢の中であの言葉が繰り返される。「他に好きな人ができたの」――その言葉が胸に深く刺さったまま、抜けなかった。食事も喉を通らず、何もかもが無意味に思えた。俺は、ただ生きているだけの抜け殻のように日々を過ごすしかなかった。

それでも、こんな風に沈んでいる自分を、どこかで許せなかった。だから俺は、その痛みを仕事にぶつけた。朝から晩まで、休みなく働いた。まるでそれが唯一の救いであるかのように。仕事に没頭すれば、彼女のことを考えずに済む。結果、同期の中で一番に昇進を果たした。でも、心の奥底ではわかっていた。どんなに成功しても、紗耶香のことを忘れることなんてできない。あの痛みは、ずっと俺の胸に刺さったままだった。

 そんなある日、何気なく歩いていた街で、献血ルームの看板が目に入った。「献血なんて、したことなかったな」――ただそれだけの理由で、俺はふらりとそのドアを開けた。それが、人生を大きく変える一歩になるなんて、その時は思いもしなかった。献血が終わると、看護師が微笑みながら「骨髄バンクにも登録しませんか?」と言ってきた。正直、よく知らなかった。でも、誰かのためになるなら、悪くないかもしれない。そう思い、勢いで登録した。

そして3か月後、突然、俺の携帯にSMSが届いた。「骨髄バンクからのご連絡です。ドナー候補者に選ばれました」。驚いた。まさか本当に選ばれるなんて、思ってもいなかった。戸惑いもあったけど、俺は「人を助けるためなら」と心に決め、提供することにした。

 数日間の入院を経て、ドナー提供は無事に終わった。何事もなく、俺の人生にまたいつもの日常が戻ってくるはずだった。だが、そんな平穏は長く続かなかった。入院中のある日、見知らぬ番号からの電話がかかってきた。最初は無視しようと思ったけど、あまりにも何度も鳴るから仕方なく出てみたんだ。
「康太さん、お久しぶりです。紗耶香の妹のです」

聞き慣れた声が、耳に飛び込んできた。胸の奥に抑えていた感情が、ぐわりと押し寄せてくる。
「お姉ちゃんの為に、来てくれませんか?」
え?いったいどういうことだ?別れたあの時から、彼女とは一度も連絡を取っていない。それなのに、いきなり会いたいだなんて、どういう意味なんだ?俺の頭は混乱した。
「でも、今俺は入院中だから無理なんだ。」
「入院…?」彼女の声が揺れた。「なにかあったんですか?」
俺は、骨髄ドナー提供のために入院していることを伝えた。すると、電話越しに彼女の息が止まったような静寂が訪れた。そして、小さな声で、「まさか…」と彼女は呟いた。
「お姉ちゃんは、白血病なんです」
「え?」心臓が止まるかと思った。
「お姉ちゃん、もう絶対自分は助からないと思っていて…だから康太さんとお別れをしたみたいなんです。」
「それから一人でずっと治療を続けていたんです。でも…最近ドナーが見つかって移植手術を受けたんです。でもお姉ちゃんの体はもう限界で、どうなるかわからなくて…」
俺の胸の奥で、何かが爆発するような感覚があった。紗耶香が白血病…?もしかして俺の骨髄…?
思考が追いつかない。目の前が揺らぎ、現実感が失われていく。そんな偶然が、本当にあるのか?だが、偶然としか思えない出来事が、現実に目の前で起こっているのだ。
俺は医者に頼み込み、退院を一日早めてもらった。そして、紗耶香の病室へ向かうことにした。
病室にたどり着いた時、そこには、ベッドに横たわる紗耶香の姿があった。かつての元気な彼女の面影は、ほとんどなかった。痩せ細った体、静かに眠る顔――それは、まるで消えてしまいそうなほど弱々しく、痛々しかった。
俺は震える手で、ガラス越しに彼女を見つめた。手を握りたかった。声をかけたかった。でも、俺にできることは、ただひたすら声を掛け続けることだけだった。
「頼む…紗耶香、戻ってきてくれ…」心の中で、何度も何度も声を掛け続けた。
その数時間後、信じられないことが起きた。「康太…さん…?」
彼女のかすれた声が聞こえた瞬間、俺は言葉を失った。彼女の目がゆっくりと開き、俺の姿を認めたとき、涙がこぼれ落ちた。
「あぁ…良かった…俺、何も知らなくて…」
「ごめんなさい…」彼女の声が震えていた。俺も涙が止まらなかった。すべてが溢れ出していた。

彼女の「ごめんなさい」という言葉に、俺は胸が締めつけられた。別れた理由なんて、もうどうでもよかった。紗耶香が目の前にいて、俺の名前を呼んでくれた――それだけで十分だった。
俺はそっと彼女の手を握った。その手は細くて、冷たかったけど、確かに生きている。その事実が、ただ嬉しかった。
「もう何も言わなくていいよ」と俺は絞り出すように呟いた。声が震えていた。
彼女は泣きながら小さく頷いた。そして、ふと笑みを浮かべた。それは、あの元気だった頃の紗耶香と同じ、懐かしい笑顔だった。
俺も笑った。涙まじりの、少し不格好な笑顔だったけれど、そこには確かに希望があった。
「これからは、ずっと一緒にいよう」そう言った俺の言葉に、彼女はもう一度、小さく頷いた。
未来は不確かだ。でも、今この瞬間だけは、確かな絆で俺たちを繋いでいた。

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