夜中、ふと目が覚めると、布団の中に違和感を覚えた。寝ぼけた頭で薄目を開けると、瑠衣さんが俺の布団に潜り込んでいた。ほんのりと甘い香りが鼻をくすぐり、心臓が一気に跳ね上がる。
「亮くん、起きてる?」耳元で囁かれる声に、完全に目が覚めた。俺は寝たふりをしようとしたけれど、彼女の体温が背中越しに伝わってきて、緊張で体が固まってしまう。そんな俺の様子を感じ取ったのか、瑠衣さんがそっと背中に腕を回した。
「ごめんね……久しぶりに誰かの温もりを感じたくなっちゃって。」その言葉に、俺はさらに困惑した。瑠衣さんはいつも穏やかで、どこか冷静なイメージがあった。けれど、今の彼女は少しだけ弱さを見せていて、そのギャップにドキッとする。
「瑠衣さん……何してるんですか……?」精一杯震えを抑えた声で聞いたが、瑠衣さんは答えず、ただ俺の背中に頬を寄せてきた。彼女の髪の香りがふわりと広がり、理性が揺らぐ。
「亮くんはそのままで良いから」俺は答えられなかった。ただ、この状況にどうするべきかを必死に考えようとするも、頭の中は真っ白だった。瑠衣さんの柔らかな声と、背中越しの鼓動が俺の心を乱すばかりだった。
俺の名前は真壁亮、26歳の平凡な会社員だ。日々適当に働いて、適当に暮らしている。俺の性格は控えめで大人しいほうで、母からも「もっと積極的にいきなさいよ」といつも言われる始末だ。その母は50歳、明るく元気でしゃべり倒すタイプの人間だ。関西弁が抜けてないせいか、どこに行っても目立つ。俺はそんな母に振り回されながら育った。父は出張が多い仕事で家を空けることが多かった分、家にはいつも母の声が響いていた。
その母には12歳離れた弟がいた。名前は寛太さん。俺が12歳の時、寛太さんは病気で亡くなったけれど、彼の奥さんである瑠衣さんは俺にとっても忘れられない存在だ。母にとっては弟と同じくらい可愛い”向かいの家の女の子”が瑠衣さん。つまり、寛太さんは幼馴染同士で結婚したのだ。母はいつも「瑠衣ちゃんが家族になってくれて本当に嬉しいわ!」と言っていた。
だけど、寛太さんが亡くなってから、瑠衣さんは向かいの実家で静かに暮らす未亡人となった。瑠衣さんは現在38歳、あの頃から変わらず美人だ。端正な顔立ちに清楚な雰囲気、けれど芯の強さを感じさせるような女性。そんな人がまだ独り身でいるのが不思議なくらいだ。
ある日、母からLINEが来た。
「瑠衣ちゃんがね、久しぶりに東京に遊びに行くんだって。だから、亮のところに泊めてあげてね!」
えっ?思わずスマホを持つ手が止まった。俺のアパートに瑠衣さんが泊まる?そんなの無理だ。母に抗議しようとしたが、すぐに続きのLINEが届く。
「瑠衣ちゃんにはもう言ってあるからね。断るなんて許さないわよ!」……俺に選択肢はないらしい。俺はため息をつきながら「分かった」とだけ返事をした。
約束の日、俺は最寄り駅まで瑠衣さんを迎えに行った。電車が到着するたびに人混みの中を探していると、遠くから元気な声が響いた。
「亮くん!」顔を上げると、瑠衣さんが小さく手を振ってこっちに向かって歩いてくる。久しぶりに見る彼女は、記憶の中よりもさらに綺麗になっていた。薄手のワンピースが柔らかな体のラインを包んでいて、目をそらしたくなるほど眩しかった。
「久しぶりだね!元気にしてた?」近づくと同時に、瑠衣さんは軽く俺にハグをしてきた。ほんのり甘い香りがふわりと漂ってきて、俺は心臓が跳ねるのを感じた。子供の頃から知っている人なのに、なんだこの感じは。
「元気ですよ、瑠衣さんこそ……変わらずに綺麗ですね。」
思わず本音が口をついて出た。すると、彼女は少し照れたように笑って「ありがとう。亮くんも立派になったね」と俺の頭をポンポンと撫でた。その仕草にドキリとしながらも、俺はなんとか平静を装って「荷物、持ちますよ」と声をかけた。その日は近場を散歩したり、カフェでお茶をしたりして過ごした。瑠衣さんは話し上手で、俺はただ相槌を打つだけで楽しい時間を過ごせた。そして夜、軽く居酒屋で飲んで家に戻った。
「じゃあ、先にお風呂借りるね?」瑠衣さんが俺に声をかけてきた。俺は頷いて「どうぞ」と返事をした。リビングでぼんやりしていると、瑠衣さんが浴室から出てきた。
「亮くんと同棲するとこんな感じなのかなぁ。」唐突な言葉に俺は戸惑った。
「え、どういう意味ですか?」
「ううん…何でもない。私、こうやって誰かと一緒に過ごすのって久しぶりだったから。」
瑠衣さんの言葉には少し寂しさが滲んでいた。叔父さんを亡くした後、すぐ後にご両親も続けて亡くなっているのだ。寂しくないはずがない。俺はそれ以上何も言えず、ただ小さく頷くしかなかった。
そんなこともあり、昨日の夜布団に忍び込んできた瑠衣さんと繋がってしまったのだ。そして俺はたった一晩の出来事なのに、瑠衣さんに完全に心を奪われた。いや、もともと小さい頃から奪われていたのだと思う。
「瑠衣さん、俺もっと、瑠衣さんと一緒にいたいです。」彼女は驚いた顔をした後、ゆっくりと微笑んだ。
「本当に?私みたいなおばさんでいいの?ずっとここに居ても良いの?」
「もちろん!年齢なんて関係ないよ!俺は、子供の頃から瑠衣さんのことが好きだったし。」その言葉に瑠衣さんは頷き、そっと俺の手を握った。その瞬間、俺たちの関係は体だけじゃなく心も一線を越えたのだと感じた。
その日から俺たちの間には、隠れた特別な空気が漂い始めた。外ではただの親戚、家の中ではお互いに少しずつ距離を縮める関係。そんなある日、瑠衣さんがふと呟いた。
「亮くんはこれまでどうして結婚しなかったの?」
「正直、瑠衣さんみたいな人がいなかったから…かな。」瑠衣さんは微笑みながら、俺の隣に座った。
「そうなの?嬉しいな。」瑠衣さんはそう言いながら俺の胸に顔をうずめてきた。
「これからは俺が守りますから」そういうと彼女は、かなり激しく泣きだした。今までつもりにつもった孤独と寂しさを吐き出しているのだろう。俺は彼女が泣き止むまでずっと頭を撫でていた。
そして後日、思い切って母に瑠衣さんとの関係を話すことにした。母は最初驚いたようだったが、すぐに笑顔を見せた。
「なんや、やっと素直になったんやね。二人ならきっとうまくいくわ。」瑠衣さんの顔には安心したような表情が浮かんでいた。
それから俺たちは密かに付き合いを続け、数ヶ月後には婚約することを決めた。周りの人たちは心配し止める人もいたけれど、瑠衣さんがそっと指輪を見つめて微笑んだ時、俺が彼女を一生守ると改めて心に誓った。
母が瑠衣さんを救ったように、今度は母の代わりに俺が瑠衣さんを笑顔にする番だ。穏やかで温かな日々がこれからも続くことを、心から願っている。
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