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幼なじみで親友の嫁

いつまでも若く純愛背徳
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新幹線の窓に映る自分の顔を、ぼんやりと見つめていた。生まれ故郷の三重県熊野市に帰るのは、一年ぶりだ。

昨年、親友の岡田将生が病気になったと聞き、久しぶりに帰省した。あのときの将生は思ったより元気そうで、「お前、たまには帰ってこいよ」と笑っていた。その笑顔を見て、来年もまた会えると信じていたのに——。

「誠……将生が亡くなったの」電話の向こうで、加奈が泣いていた。

「昨日の夜、病院で……最後は穏やかだったけど……」声を震わせながら懸命に話す加奈の声を聞いて、俺の胸の奥に沈めていた記憶が、一気に蘇る。加奈は、俺の幼馴染だった。

家が隣同士で、子供の頃は毎日のように遊んでいた。喧嘩もたくさんしたが、翌日にはいつの間にか仲直りしていた。小学校の頃、クラスメイトから「お前ら、将来結婚すんの?」なんて冷やかされたこともあった。それを言われるたび、俺はなんとなく嬉しくて、加奈は「やだよ、誠なんか!」と笑っていた。

本当は、好きだった。でも、将生が先に加奈にアタックした。

「加奈が好きなんだ。誠、俺、ちゃんと告白する」将生のその言葉を聞いたとき、俺は止めることができなかった。自信がなかった。将生のほうが明るくて、行動力があって、加奈のそばにいるのが自然に見えた。それに、俺が身を引けば、きっと加奈は幸せになる——。本気でそう思った。そして、二人は付き合い、やがて結婚した。

二人の結婚式のとき、俺は祝福の言葉を笑顔で伝えた。でも、その夜、帰り道の新幹線の中で、ひとり、ずっと窓の外を見ていた。

高校卒業後は、両親も地元を離れ祖父母と同居するために実家を処分した。そのため、生まれ育った故郷に帰るのは、毎年一度だけ、将生と幼馴染の加奈の家に遊びに行くのが、唯一の故郷とのつながりになった。

「誠、今年はいつ帰ってくる?」毎年のように、将生が連絡をくれた。加奈も、変わらず優しく迎えてくれた。彼らには娘の沙希が生まれ、家族としての幸せを築いていた。俺はそれを遠くから見守るだけだった。それなのに、将生はもうこの世にはいない。三十八歳での死—。早すぎる。

「なあ、将生……お前……」小さく呟きながら、俺はスーツケースに喪服を詰め、新幹線に飛び乗った。窓の外に流れる景色は、去年と同じだった。でも、俺の心は去年とはまるで違っていた。駅に降り立つと、潮の香りがふわりと鼻をくすぐった。小さい頃から育ったこの空気は懐かしいはずなのに、どこかよそよそしい。去年ここへ来たときは、将生の病室へ向かう道すがら「また来年も会える」と信じていた。それが、こうして将生の葬儀のために帰郷することになるなんて——。

タクシーに乗り、将生の家へ向かう。車窓から見える景色は、高校時代のままほとんど変わっていない田舎。駅前の小さな商店、子どもの頃に何度も通った駄菓子屋、部活帰りに将生と加奈と三人で歩いた道。

「なあ誠、お前も将来、またこっちに戻ってこいよ」将生が冗談めかして言ったのを思い出す。

「田舎過ぎてなんもないからなぁ。」

「まあな。でも、家族を持つなら田舎も悪くねえぞ」そんな会話を交わしたのは、何年前だったろう。

タクシーが停まると、将生の家の前にはすでに何台もの車が並んでいた。

「……着きましたよ」運転手の声に、俺は小さく頷き、車を降りた。

玄関に入ると、懐かしい顔が並んでいた。そして——。

「誠……」加奈がそこにいた。

喪服姿の加奈は、痩せていた。頬がこけ、目の下には深いクマができている。無理をしているのが、一目でわかった。

「来てくれて、ありがとう……」

「あぁ……当たり前だろ」俺はそれしか言えなかった。

加奈の表情はこわばっていた。目の奥には悲しみが滲んでいるのに、泣き崩れることなく、耐えているように見えた。その強さが、余計に痛々しい。葬儀が始まった。将生の棺の前に並び、花を手向ける。

「お前、こんなに早く行くなんて、聞いてねえよ……どうすんだよこれから」心の中でそう呟きながら、静かに花を置いた。

焼香を終えると、将生の両親が俺のもとへ来てくれた。

「誠くん、遠くからありがとうね」

「…いえ」何を言えばいいのかわからなかった。ただ、申し訳ない気持ちだけが胸に広がる。最後に加奈の前に立ち、「何かあれば、俺に遠慮なく言ってくれ」とだけ伝えた。

「うん……ありがとう」加奈はそう言ったが、その声はか細く、目を伏せたままだった。

俺は、彼女の肩が震えているのを見つめることしかできなかった。その夜、ホテルの部屋で、一人で酒を飲んだ。一昨年のように、将生と加奈の家で三人で飲むはずだったのに、今は一人だ。

「お前がいないと、つまんねぇよ…」小さく呟いた言葉は、夜の静寂に吸い込まれていった。

将生が死んでから数ヶ月が過ぎた。俺は将生の葬儀が終わってから、加奈には一度も連絡をしていなかった。いや、できなかった。

俺が声をかけたところで、何になる? 彼女は夫を亡くし、今はただ悲しみの中にいる。それを無理にこじ開けるような真似はしたくなかった。そう思いながらも、時折スマホを手に取り、加奈の名前を見つめることは何度もあった。

でも、送るべき言葉が見つからなかった。そんなある日、母親から電話がかかってきた。

「誠、ちょっといい?」

「ん? どうした?」

「加奈ちゃんのことなんだけどね……」俺の親は隣同士だったこともあり、今でも加奈の母親と連絡を取っているらしい。

「最近、すっかり塞ぎ込んでるみたいなのよ。沙希ちゃんの前ではなんとか明るくしてるみたいだけど、ずっと家に閉じこもってるって」

「……そうか」

「できれば、誠、声をかけてあげてくれない?」俺はすぐに返事ができなかった。加奈に何を言えばいいのか、どう接すればいいのか、自信がなかった。でも、もし将生が生きていたら、きっとこう言っただろう。「誠、加奈のこと頼むな」俺は深く息をつき、母に答えた。

「…わかった。連絡してみるよ」電話を切った後、しばらくスマホを見つめた。

加奈の連絡先は、昔から変わっていない。でも、送るべき言葉がなかなか思い浮かばない。迷いながらも、俺はゆっくりとメッセージを打った。

「久しぶり。元気か?最近どうしてる? 沙希ちゃんも元気してるか?」送信ボタンを押すまで、妙に時間がかかった。既読がついたのは数分後だった。しばらく返信はなかったが、少しして加奈から短い返事が届いた。

「元気ではないけど、なんとかやってるよ」……やっぱり、無理してるよな。俺はすぐに返信を打った。

「そうか。もしよかったら、沙希ちゃん連れてこっちに遊びに来ないか?」しばらくして、加奈からの返事が来た。

「……考えてみる」その返事を見て、俺は少しホッとした。それから数日後、加奈から電話があった。

「誠……来週の土曜日、そっちに行ってもいい?」

「ああ、もちろん。駅まで迎えに行くよ」

「ありがとう」加奈の声は、少しだけ明るく柔らかくなっていた。

そして迎えた土曜日、俺は駅で加奈と沙希を待っていた。改札を出てきた二人を見つけると、沙希が先に俺を見つけ、「誠おじちゃん!」と小さく手を振った。

「久しぶり。元気か?」

「うん!」沙希はそう言ってニコッと笑った。加奈は、少し痩せたように見えたが、以前よりは表情が柔らかくなっている気がした。

「迎えに来てくれてありがとう」

「こっちこそ、ここまで来てくれてありがとう」駅前の風が心地よく吹いていた。

俺は、この再会が何かを変える気がしていた。加奈と沙希を自宅へ招くのは、初めてのことだった。

「思ったより綺麗にしてるんだね」加奈がそう言って、リビングを見渡す。

「そりゃまあ、一人暮らしでも最低限はな」沙希はさっそく俺の本棚を物色しながら、「おじちゃん、ゲームある?」と目を輝かせる。

「あるぞ。でも、おやつ食べてからな」

「やった!」久しぶりに子どもの元気な声が響く部屋は、不思議と暖かく感じた。

加奈と並んでソファに腰を下ろすと、ふっと肩の力が抜けるのを感じた。

「沙希、あんなにはしゃいでるけど、家ではすごく我慢してたんだろうね」加奈がぽつりと呟く。

「お前は?」

「……私も、そうかも」加奈は手のひらでそっとカップを包み込むように持ち、コーヒーを見つめていた。

「毎日がいつのまにか、なんとなく過ぎていくの。起きて、ご飯作って、仕事して、沙希を寝かせて、また同じ一日が始まる……。悲しいとか、寂しいとか、考える余裕すらなかった」

「……そうか…」

「でもね、誠が誘ってくれたのが、正直、すごく嬉しかったよ」加奈が顔を上げ、俺をまっすぐに見た。

最初は、ほんの気晴らしのつもりで誘った。長い時間を過ごしたわけでもなく、昼過ぎに来て、沙希と遊んでおやつを食べてそれから夕方には帰っていった。

「また遊びに来てもいい?」そう言ったのは加奈のほうだった。

「もちろん。沙希が退屈しないように、次はもっと遊べるよう準備しとくよ」

「……ありがとう」そのやりとりから、一週間後にはまた二人がやってきた。今度は昼前に来て、俺が簡単な昼ご飯を用意した。

「男の一人暮らしにしては、ちゃんとしたご飯作るんだね」

「どういう意味だよ」「コンビニの弁当とか、カップ麺ばっかり食べてるかと思って」

「まあ、それも多いけどな」そんな他愛のない会話をしながら、加奈と向かい合って食事をするのは、なんだか不思議な気分だった。

沙希はいつの間にか、俺の家にも慣れたようで、ゲームをしたり、部屋を探検したりと忙しそうだった。

「誠おじちゃんってさ、好きな人いないの?」食後にお茶を飲んでいるとき、沙希が突然そんなことを言った。

「好きな人?」「だって、ママは『パパがいないの寂しい』って言うけど、おじちゃんも一人で寂しくないの?」

「そりゃ寂しいよ…」俺が困ったように笑うと、加奈が沙希の肩をぽんと叩いた。

「沙希、余計なこと聞かないの」

「でも、おじちゃんだって誰かと結婚すればいいのに」沙希は首を傾げて、じっと俺を見つめた。その言葉に、加奈は微妙に表情を曇らせたが、何も言わなかった。沙希は納得したのかしていないのか、少し考え込むようにして、それからまたゲームに戻った。加奈が、俺をちらりと見た。

「……ごめんね。変なこと言って」「いや、気にしてないよ」むしろ、俺のほうがその言葉を気にしていたかもしれない。それから、加奈と沙希が遊びに来る回数は、自然と増えていった。毎週末、とはいかないが、二週間に一度くらいのペースで「また行ってもいい?」と連絡が来るようになった。

あるときは、俺がカレーを作り、沙希が「おじちゃんのカレー、おいしい!」と言っておかわりをした。あるときは、三人でスーパーへ買い出しに行き、加奈が「家族みたいだね」とぽつりと言った。その言葉に、俺は少しだけドキリとした。

そうやって、少しずつ少しずつ、三人で過ごす時間が増えていった。そして、何度目かの訪問のとき——。

夕飯を食べ終わり、食器を片付けたあと、沙希がふとこんなことを言った。

「ねえ、ママ」「なに?」「私ね、おじちゃんに新しいパパになってもらいたいなぁ」加奈の手が、一瞬止まった。俺は思わず息をのんだ。

「……も、もう何言ってるのよ」加奈の表情は、どこか遠慮がちだった。俺は、自分の胸の内にある言葉を、そのまま口にした。

「俺も、加奈と沙希のこと……守りたいって思ってるよ」加奈の手が、小さく震えた。

「でも、誠は……それでいいの?」

「いいも悪いもないよ。俺が守りたいのは、加奈と沙希だ」加奈の目に、じわりと涙が滲んだ。

「ありがとう……」そう言うと、俺は、ゆっくりと加奈の手を握った。その夜、加奈と沙希は俺の家に泊まることになった。

寝る前、加奈は静かに言った。

「これからは……誠のこと、頼ってもいい?」「もちろんだよ」「そっか……なら、もう少しだけ頑張ってみる」そう言って、小さく笑った。俺は、その笑顔を見ながら、心の奥で決めた。これからは、もう迷わない。加奈と沙希を、ずっと支えていくんだと。後日、加奈と沙希を連れて、久しぶりに海へ行った。

波打ち際を歩きながら、沙希は無邪気に笑い、加奈はふと遠くの水平線を見つめていた。

「将生も、応援してくれるかな?」

「あぁ。感謝してくれてると思うよ。きっとな」将生の墓参りもした。

実は加奈には言っていないことが一つだけある。将生が亡くなる1週間前に将生からメールが来ていたのだ。

「お前がしたいようにしてくれたら良いから」と。

「お前の家族は、これからは俺が守るよ」心の中でそう語りかけると、潮風がそっと頬を撫でた。

俺たちの新しい時間が、今、ゆっくりと動き出そうとしていた。

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