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妻の友人の隣人

いつまでも若く背徳裏切り

俺は望。39歳のアラフォーだ。妻の優香とは14年前に恋愛結婚をして幸せな家庭を築いていこうとしていたが、子どもが産まれず、夫婦仲は段々と冷えていった。今日も仕事へ出かけるのに、妻は何も言わずに家事をしている。いってらっしゃいくらい言ってくれてもいいのにと不満を抱きつつ出社する。弁当を用意してくれないので、いつも会社の食堂で定食を食べているのだった。今日も夫婦無言の夕飯を食べていたら、チャイムが鳴った。

「優香、もう夕飯食べちゃった?」

「食べている途中よ」「あら、食べてるところでごめんなさい」明るい笑い声が聞こえる。相手は隣人の琴子さんだろう。優香と琴子さんはうちが引っ越して来てからの仲だ。気が合ったらしく、おかずを交換したり、一緒に出掛けたりと妻の親友になっていた。パタパタと玄関から足音が聞こえるが、どう聞いても2人分の足音だ。

「お邪魔するね、望さん」明るい笑顔の琴子さんがダイニングに現れ、一気に家の中が華やかになった気がする。

「いらっしゃい、琴子さん」

「あの人の相手はしなくていいから」

「駄目よ、優香。挨拶は基本よ」優香と不仲なことを知っていても、俺にも挨拶をしてくれる琴子さんには頭が下がる。琴子さんはダイニングテーブルの定位置に座る。ということは、夕飯を一緒に食べるということか。俺は極力妻の方を見ずに琴子さんの方を見ながらご飯を食べた。その間、女性陣はずっとお喋りをしていて、よく話題が尽きないなと感心する。

「望さんはペットとか飼いたい?」

「ペット? 犬とかかな?」ペットは優香と考えたことはあるが、お互い仕事があるため、誰が世話をするのかという問題になりやめた。

「仕事がなあ。琴子さんが面倒見てくれればいいんだけど」

「いいわよ」 琴子さんがあっさり了承するので、優香が慌てて止めた。

「ちょっと。生き物を飼うのは慎重にって話したでしょう」

「冗談だよ」

「冗談よ」俺と琴子さんの声が重なる。面白くて思わず笑った。優香は少しだけ眉間の皺が薄くなっているような気がした。琴子さんは俺らの緩衝材となってくれている。俺はいつも感謝していた。

 ある日のこと。

「きゃー!」と優香の悲鳴が聞こえてきた。

「どうした!?」玄関の方に急いで駆け付けると、そこには倒れた優香がいた。

「優香、大丈夫か!?」

「いた! いたたた。ちょっと動かさないで」

どうやら玄関ホールから土間に滑って落ちたらしく、腰を打って動けなくなっている。優香の顔色が悪かったので、急いで救急車を呼んだ。

「全治3ヶ月ですか?」

医者の説明では、腰の骨を骨折しているらしい。歩行など、後遺症は大丈夫だと言われ安心した。病室に行くと、琴子さんが来ていた。「んもう!心配したんだからね」

「ごめん」救急車で運び出される優香を見て、飛び上がるぐらい驚いたらしい。無理もない。隣人が運ばれるのは誰だってびっくりするものだ。それが親友なら尚更。

「じゃあ、気を付けて。周りに迷惑かけないで」言葉少なに優香に声をかけ、病室を出ていく。我ながら薄情な旦那だと思った。

 コンビニで適当に弁当を買って黙々と食べる。いや、いつも黙々かと思い直した。優香がいない夕食は凄く久しぶりな気がする。冷え切った関係なんだけど、お互い離れない。そう考えると、夫婦とは不思議な関係だと思った。弁当を食べ終わる頃、チャイムが鳴った。

「望さん、お腹空いてるんじゃない?」今弁当を食べたばかりの腹が、琴子さんの手元にある生姜焼きを認めると、ぐーっと鳴った。「ど、どうぞ」琴子さんを家に上げた。一緒に生姜焼きと白米を食べていたら、弁当のゴミを見付けられ、琴子さんに怒られた。

「もう若くないんだから、食べすぎると簡単に太るよ」

「肝に銘じておきます」食器を洗っていたら、彼女が周りを観察し、洗濯物に目を留めた。

「これ畳んでおくね」

「ああ、いいのに。俺がやるよ」

「本当に畳めるの?」疑いの目を向ける琴子さんは、せっせと下を見ずに洗濯物を畳んでいた。それが特技らしい。面白い特技だと思った。

「俺にもできるかな?」

「教えてあげる」 俺は琴子さんの隣に座り、彼女から指南を受けた。

琴子さんは事あるごとどころか、毎日、家に通ってくれた。

「旦那さんは?」

「今日も夜勤よ」 彼女の旦那さんは工場で働いていて、夜勤がある。そういったタイミングでうちに来るのだ。しかし、最近は毎日うちに来ている。本当に旦那さんは大丈夫なのだろうか。

「優香のこと話したら、力になってあげなさいって言われたの」

「そうだったのか。お礼言っておかなくちゃ」理解のある旦那さんで良かった。

「お弁当持った?」

「持った持った」琴子さんは夕飯どころか昼食の準備までしてくれるようになった。さすがに朝食は自分で用意するが、パンと牛乳のみなので、彼女が心配して、バランスの良いお弁当を作ってくれているのだ。仕事場のデスクでお弁当を食べていると、視線が気になる。

「お弁当、彩り良くて美味しそうですね。愛情がこもってる」

女性社員からそのように言われ、俺はただ頷くしかなかった。

「今日の夕飯は特大オムライス」

「食べる量を抑えろって言ってなかった?」

「今日は特別でしょ?」俺はそこでやっと気が付いた。今日は俺の40歳の誕生日だ。そして、オムライスは俺の大好物だ。

「優香がいなくて残念だけど、ハッピーバースデー、望さん」

「ありがとう」俺はありがたく特大オムライスを食べた。丁寧に破れもなく卵がとろとろのオムライスは絶品だった。

「あと、これ。プレゼントよ」

「え、そこまでしなくていいのに」

「いいから」箱を開けたらネクタイが入っていた。いつもスーツの俺にぴったりな青いストライプの入ったネクタイだ。

「ありがとう」

「大切に使ってよね」

 優香に面会に行くと、リハビリをしているところだった。見学をさせてもらうときちんと歩行ができるのはもう少しかかりそうとのことだ。

「どうだ、調子」

「さっき見たでしょ。まだまだよ」

「ゆっくり治せよ」

「それって琴子と一緒にいられるから言ってるの?」

どういう意味だと俺が聞き返すと、琴子さんから毎日俺のところで家事をしていると聞いているらしい。優香は俺が琴子さんに取られると思っているらしい。

「そんなことはない。優香は今焦っているんだよ。こっちは心配しないでゆっくりでいいんだ」

「本当に?」 優香が不安そうに俺を見上げる。俺はどんと胸に拳を当てた。

「俺を信じろ」じろりと睨まれた。そうだ。俺たちは冷え切っていたのを忘れていた。俺は空しく家に帰った。

「まあ、優香がそんなことを?」琴子さんが驚き、そして、ニヤリと笑った。

「案外正解かもよ」

「どういうこと?」琴子さんは俺の隣に座り、俺の太ももに触れた。

「何を?」 慌てて彼女の目を見る。目をギラギラとさせている。食われるのかと思った。しかし、琴子さんはすぐに俺から離れる。そのまま隣の自分の家へ帰って行ってしまった。この件があってから、琴子さんが家に来る頻度は下がった。彼女に頼り切りだったものを全て自分でやらなくてはならなくなった。本当はこちらが正解なのだ。そう言い聞かせた。

しかし、2週間して、琴子さんが恋しくなった。急に寒くなったからだろうか。人肌のぬくもりが欲しい。もうすぐ優香が帰ってくる。でも、肝心の妻とは冷え切っているから、帰ってきても余計に家が寒くなりそうだ。俺は抑えられない体の熱と凍える心でじっと布団にくるまった。

 玄関のチャイムが鳴る。俺は飛びつくように玄関の扉を開けた。

「あら、そんなに私が恋しかった?」

「ああ」素直に言った。リビングに行くまでに琴子さんの着ているものを剥いていく。廊下にはシャツなどが点々と落ちている。リビングのソファに倒れこむと、激しく唇を合わせた。

「そう、これが欲しかったの」

「俺も」凍える心が熱いキスで熱く燃え上がる。体の熱もヒートアップしている。

「琴子さん……」

 とある平日。今日は会社を早退した。優香が退院して、家に帰るからだ。

「家事、できるようになったじゃん」

 洗濯物を畳んでいると、珍しく彼女が話しかけてきた。優香はまだ車椅子なので、当分は俺が家事担当だろう。と、思っていたらチャイムが鳴った。

「退院おめでとう!」琴子さんと旦那さんがわざわざお祝いに来てくれた。

「ありがとう」優香は笑顔で答えた。

「あ、そのネクタイしてくれているのね」俺のネクタイを見て気づいたらしい。そう、これは琴子さんがプレゼントしてくれたものだ。焦って、言い訳を探していたら、琴子さんが大きく笑った。

「もう優香ったら。言ってないの? それは私が選びましたって」

「え?」

「ちょっと琴子!」これは優香が選んだのか。通りで俺好みだと思った。やはり妻は妻なのだ。

「ありがとうな、優香」

「記念の日に一緒にいられなくて、ごめん」

骨折をして随分柔らかくなったものだ。夫婦は長い時間を共に過ごさないといけないけれども、長期間離れてみて、夫婦の大切さが分かったらしい。

「今日はお祝いだから、何か食べたいものある?」

 優香はうーんと唸ると、

「オムライスかな」と返した。

 俺はその返事に優香ともう一度、共に歩こうと決めた。

「いい顔になったわね」琴子さんに褒められてかっと体温が上がる。あの夜、関係は一度きりと二人の間で約束を交わしたのだ。

「これからは優香と仲良くね」

「そうだな。俺たち夫婦だしな」そうして、俺と琴子さんは元の隣人に戻ったのだった。

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