私の名前は中村航平、58歳です。普通の中小企業に勤め、定年まであと少しというところまでやってきました。20年以上前に再婚し、妻の秀美と二人で暮らしています。
私たちは苦労の末、子どもを授かりました。何度も妊活に挫けそうになりながら、やっと生まれてくれた娘のことを、今でも昨日のように思い出します。その頃の秀美は、子どもが欲しい一心で本当に頑張っていました。子どもが生まれた時のあの涙に濡れた笑顔を、私は忘れることができません。
子どもが生まれてからは、夫婦で協力しながら娘を育てました。苦労もありましたが、それ以上に喜びの多い毎日でした。そんな生活を送るうちに娘も成長し、今では結婚して自分の家庭を築いています。それでも、私たち夫婦の絆は揺らぐことなく続いていました。
しかし、その穏やかな日常が崩れ始めたのは、あの頃からでした。
最初は小さな異変でしたが、食器棚の皿の位置が変わっていたり、服をしまう場所が変わっていたり。最初は些細な勘違いだと思っていましたが、それが次第に頻繁になるにつれ、不安が頭をもたげるようになりました。
次に異変を感じたのは夕食のことです。いつもなら「今日は何が食べたい?」と先に聞いてくれる秀美が、私が帰宅するとぼんやりと座り込んでいました。「どうしたの?」と声をかけると、「ごめんなさい…何をしようとしてたのか忘れちゃって…」と申し訳なさそうに答えました。それでもその時は、「大丈夫か?」と軽く流してしまったのです。
決定的だったのは、新婚旅行のことを覚えていなかったのです。「そんなところに行ったっけ?」と秀美がぽつりと言ったのです。
その一言に胸が凍るような感覚を覚えました。家族の大切な思い出が、彼女の中から少しずつ消えているのではないかと。
病院に行こうと提案したのはその後のことでした。医師から告げられたのは「若年性認知症」という診断でした。予想はしていたものの、実際にその言葉を耳にした時、私は言葉を失いました。
それでも、私は秀美に「大丈夫だ」と声をかけました。秀美は「ありがとう」と笑いましたが、その笑顔の奥に見え隠れする不安に、私は胸が締め付けられました。
病気の進行は予想以上に速く、秀美は日常生活での忘れ物やミスが増え、会話もどこか辻褄が合わないことが多くなっていきました。そんな時期に、ふいに妊活をしていた頃の記憶が蘇ったように、秀美が私に言い出しました。
「ねえ、今日もお願い」と突然私の布団に潜り込んできたのです。もしかしたら秀美の中で何かが強く引っかかっているのだと気づきました。それは娘が生まれる前の、二人で懸命に妊活に励んでいた時期の記憶だったのです。
戸惑いながらも私は彼女に要求に応えることにしました。彼女の中でその行為が安心感をもたらしているのなら、少しでも寄り添いたかったのです。そしてその日から毎日お誘いがあるのです。でも不思議なことに、それ以降、病状の進行が明らかに緩やかになりました。
医師に相談すると、「原因は分かりません」とのことでした。医学的には解明されていないとのことでした。
それでも私たちの日常は少しずつ落ち着きを取り戻しました。彼女の話し方や行動は幼児のようになりつつありましたが、以前のような急速な症状の悪化は見られなくなりました。
病気が分かってから、もう10年が経ちました。妻の秀美は相変わらず幼児のような話し方をしていますが、それでも彼女なりに毎日を懸命に生きています。医師からは「進行が止まったかのように見える」と言われていますが、なぜそうなっているのかは分かりません。
秀美は今、「体の大きい幼児」のような存在です。話し方は完全に6歳くらいの賢い子供そのもので、時々舌っ足らずに話す姿に笑ってしまうこともあります。それでも、自分なりに家事を頑張ろうとしてくれる。洗濯物をたたんだり、掃除をしたりする姿はまるで「お母さんのいない幼児が、お父さんのために何とか頑張っている」ようです。
日中、私が仕事に行っている間は娘が面倒を見に来てくれています。娘のこともちゃんと「娘」と認識しているようで、「楓ちゃん、今日も来てくれてありがとう」と嬉しそうに話しています。ただ、娘も大人になり家庭を持っているので、完全に頼るわけにはいきません。少しずつ将来のことも考えなければならない時期だと感じています。
あの日以降10年間、妻との交わりを持っています。毎日です。秀美の中では、妊活の記憶が強く残っているようで、ふとした瞬間に「赤ちゃん、まだできるかな?」と真剣に尋ねてきます。そのたびに私は曖昧に笑いながら答えますが、彼女の瞳はいつも真っ直ぐで純粋そのものです。そんな彼女の姿を見ると、私の心も少しだけ穏やかになるのです。
先日、久しぶりに医師と面談をしました。妻の病状がこのように安定していることについて、医師も「不思議だ」と首を傾げていました。「もしかしたら、強く残っている記憶や行動が彼女の心の拠り所になっているのかもしれませんね」との言葉に、私はどこか救われた気持ちになりました。
それでも、不安が消えたわけではありません。私はもうすぐ還暦を迎えます。この先、男としての機能が終わったらどうなるのだろうか。その時の彼女がどうなるのかを考えると、胸が締め付けられるような思いに駆られます。
ただ、その頃には仕事を辞め、ずっと彼女のそばにいてあげられる。そうなれば、彼女もさらに穏やかになってくれるのではないかと、どこかで期待している自分もいます。
そんなある日、帰宅すると、秀美がテーブルに座って何かを書いていました。「何してるんだ?」と声をかけると、彼女は顔を上げ、「お父さんにお手紙書いてるの!」と得意げに見せてきました。子供のような文字で「いつもありがとう」と書かれたその紙を見た時、私は涙がこぼれそうになりました。
夜、眠る前にふと彼女が私に言いました。「お父さん、いつもありがとうね。だいすきだよ。」
その言葉に私は胸が熱くなり、「俺もだよ。お前がいてくれて本当に良かった」と返しました。幼児のようになった妻ですが、私にとっては彼女との時間がかけがえのない宝物です。
幼児のようになった妻との生活は決して楽ではありません。それでも、こうして彼女が自分なりに私への感謝を伝えてくれることに、私は救われています。
これからのことは分かりません。いつか、私が力尽きる日が来るかもしれない。だから、常に精のあるものを食べ続けいつまでも彼女を愛し続けられるように体力もキープしたいと思います。そして、彼女との時間を大切に過ごしていこうと思っています。
これから先も、どんな形であれ、彼女を守り続ける。それが、私にできる唯一のことだから。
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