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知らない女

いつまでも若く純愛
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ピンポン。リビングでだらけたままテレビを見ていた俺は、不意に響いたインターホンの音に驚き、ソファから身を起こした。

こんな時間に誰かが来る予定はないし、宅配の予定もない。少し警戒しながらモニターを覗くと、見知らぬ女性が立っていた。

ロングコートを羽織り、大きな紙袋を提げた女性が、カメラを真っ直ぐに睨んでいる。

「開けてー」え? 誰? 知り合いだったっけ? いや、見覚えはない。

「えーと、どちら様ですか?」少し戸惑いながら聞くと、彼女は一瞬不満そうな顔をしていた。

「寒いから早く開けてよー」え?いきなり何?と思いながらも、何となく押されるようにして俺は玄関のロックを外した。

扉を開けると、目の前の女性は一瞬俺をチラッと見ただけで、次の瞬間――

「あー寒かったー」とズカズカと家の中に入ってきた。

「え、ちょちょちょ!? 何してるんですか!?」

俺の制止も聞かず、彼女は当たり前のようにリビングを通り、キッチンへ向かい冷蔵庫を開ける。

「えー、まさしくんの冷凍庫もいっぱいじゃん。どうするかな……」そう言いながら、勝手に冷蔵庫を整理しだす。

「ちょっと待ってください!? 何勝手に開けてるんですか!?」

「だって、うちの冷凍庫いっぱいで入らないんだもん」

「……いやいやいや、そもそも何を?」

「イセエビ」

「イセエビ?」彼女は紙袋の中から発泡スチロールの箱を取り出し、俺の足元にどんと置いた。

「田舎の両親が送ってきたの。とりあえず入れといて」

「ちょ、待ってください! なんで俺の冷凍庫に!?」

「えー? だっていつもそうしてたじゃん」俺はますます混乱して、彼女の顔をしっかりと見た。

……いや、やっぱり知らない人だぞ?

「あの、ほんとに部屋、間違えてませんか?」

「間違ってないよ、301号室でしょ?」

「そうですけど」

「じゃあ、問題ないじゃん」

「問題しかないです! ていうか、あなた誰ですか!?」すると彼女はピタッと動きを止めた。

「……え?」

まるで今になって俺の存在に気づいたように、近づいてきてじっと俺の顔を見つめてくる。

「…だれ?」

「いや、それは僕が聞きたいです」

「…ちょっと待って、ここ301号室だよね?」

「そうですけど」

「……え? まさしくんは?」

「いや、知りません。僕は鳥海康太って言いますけど……」その瞬間、彼女の目が見開かれ、唇がわずかに震えた。

「…あれ……?」俺が何か言おうとしたその時――

ぽろっ……ぽろっ……突然、涙がこぼれだした。

「え……ちょっと!?」俺は完全にパニックだった。いきなりズカズカと家に入ってきたと思ったら、勝手に冷凍庫を開けて、そんで泣くの!?

「ど、どうしました!? えっと、とりあえず座ってください!」

俺は彼女をリビングのソファに座らせ、慌ててキッチンへ向かった。こういう時は、とりあえず温かい飲み物を出せばいい……はずだ!

震える手でコーヒーを淹れ、彼女の前に差し出す。

「…ありがとう」涙を拭いながら、彼女はコーヒーを両手で包み込むように持ち、一口飲むと、ようやく少し落ち着いた表情になった。

「…ごめんね、不法侵入しちゃった」

「あ、いや……まぁ、びっくりしましたけど」

「今日に限ってコンタクトしてなくて、目がよく見えなかったの。声もすっごく似てるし…」彼女は目をこすりながら、小さく笑った。

「……それで、えっと、あなたは?」

「あっごめん。沢井明日香です」彼女は、カップの中のコーヒーを見つめながら、ぽつぽつと話し始めた。

「付き合ってた彼氏に……逃げられたみたい」

「え?」

「ずっと連絡がつかなくて……でも、返信がないのはいつものことだったから。まさしくんって、そういう人だったし」

「……で、今日、ここに来たんですか?」

「そう。イセエビも届いたし、久しぶりにちゃんと話そうと思って……」

「……そしたら、僕がいたと」

「……うん」彼女は苦笑し、溜息をつく。

「はぁ……バカみたい」何とも言えない沈黙が流れた。俺も、何を言えばいいのか分からない。

「……あ、そうだ。イセエビ、いる?」急に彼女が話題を変えた。

「え?」「うちの冷凍庫に入らないし、もういらない。だから、あげる」

「…じゃあ、帰るね」彼女は立ち上がろうとした。でも、なぜか俺の口が勝手に動いた。

「…食べ方も分からないし、もし良かったら、ここで食べていきませんか?」一瞬、彼女の動きが止まった。

「…え?今食べるの?」

「…あ、やっぱり変でした?」

「ううん。じゃあ、調理するね」そう言って、彼女はキッチンに立った。

「はい、ボイル完了! 殻むいてあげるね」イセエビを器用にむき、さらにその身を使ってパスタまで作ってくれた。

「すごいですね、こんな本格的な料理」

「私、料理得意なの」

「うわ……めっちゃ美味い!」

「でしょ?」せっかくなので、と俺はワインを出し、二人で乾杯した。

彼女はワインを飲みながら、ぽつぽつと話し始めた。

「…最近、結婚したいって話をしたのが嫌だったのかもね」

「そんなこと……でも、明日香さん、すごく綺麗ですよ」

「…こんなおばさんなのに?」

「いや、全然。むちゃくちゃタイプです」俺が酔った勢いで言うと、彼女は驚いたように目を丸くした。

「…じゃあ、私のこと抱けるの?」彼女は冗談めかして言ったが、俺は思わず「はい!」と即答してしまった。

「…え、本気?」ワインのグラスを持ったまま、明日香さんは俺をまじまじと見つめた。

さっきの「抱けるの?」という言葉が冗談なのか、本気なのか分からない。でも、俺は冗談じゃない。

「…でも、僕、初めてなんで…」そう告白すると、彼女の表情が一瞬驚いたように固まった。

「え?」「だから……彼女もいなくて、経験もないんです」

「えええ……嘘でしょ? 康太君、こんなに格好いいのに?」

「いや、出会いがなくて……」

「ふーん……そっか」彼女はグラスを置き、少し考え込むように視線を下げた。そして、ふっと笑った。

「じゃあ、私がリードするわね」そう言って、彼女は俺の手を取った。

無我夢中になって気がついたら、朝の5時だった。

「…え? もう朝?康太君ごめん。もう無理だよ。」ベッドの横で時計を見た明日香さんが、飛び起きた。

「やばい、もうこんな時間!」慌てて服を探し、下着をつけ、スカートをはく。

「また来てくれますか?」すると彼女はクスッと笑いながら、俺の頬を軽くつつく。

「次は少しだけでも寝かせてね。康太君凄すぎるよ。この歳で徹夜はつらいの」そう言って、軽く手を振りながら部屋を出ていった。

それから、彼女は月に2回のペースで泊まりにくるようになった。

「次の日が休みじゃないと体がもたない」と笑いながら言う彼女に、俺も特に文句はなかった。

……いや、文句どころか、正直めちゃくちゃ嬉しかった。

でも、ひとつだけ不満がある。俺は正式に付き合いたいと思っているのに、彼女は連絡先を教えてくれない。

何度か交換しようと言ったが、「必要ないでしょ?」と軽くかわされる。

そんな生活が、半年も続いた。ある日、インターホンが鳴った。モニターを覗くと、そこにはいつもの彼女の姿。

「やっほー、イセエビ送られてきたよ」

「あ、また?」今回届いたイセエビは、なんと生きていた。

「今回はお刺身にしようね」彼女は慣れた手つきでイセエビをさばき、鮮やかな刺身を作り上げた。

俺たちはいつものようにテーブルを囲み、ワインを開けて食事を楽しんだ。

ただ今日は意地悪して、俺は彼女に手を出さなかった。

食後、明日香さんがソファに座りながら、不思議そうに俺を見てきた。

「…ねぇ、今日はしないの?」

「…してほしいの?」俺はワインのグラスを回しながら、彼女の目をじっと見た。

すると、彼女は少し頬を染めながら、小さな声で「…うん」と答えた。その答えを聞いて、俺は静かにグラスを置いた。

「じゃあ、連絡先を教えて」「……え?」

「もう、待つだけなのは嫌なんだ」俺の言葉に、明日香さんは目を伏せた。

「本気になって、また連絡が急に途絶えるのが怖いの」

「だったら、そうならない方法があるよ」俺は、彼女の手を取り、しっかりと見つめた。

「結婚しよう」「……え?」彼女は一瞬言葉を失い、呆然とした表情を浮かべた。

「私、8つも年上なんだよ?」

「そんなの関係ない。俺がしたいからするだけ」彼女はしばらく黙った後、少し笑った。

「……本当に、私をもらってくれるの?」

「もちろん。それに、もう僕なしじゃ明日香さんも無理でしょ?」俺が冗談っぽく言うと、彼女はムッとした顔をして、

「もう……!」と俺の胸を軽く叩いた。

だけど、次の瞬間、俺の首に手を回し、優しくキスをしてきた。

「……康太くん、私の実家に挨拶行かなきゃね」

「うん、行こう。今すぐ」「え、いや、今は寒いし、春になってからでいいんじゃ……」

「子どもが出来る前に行かないと!」と冗談を言うと

「……ほんとにしようがないんだから」彼女は苦笑しながらも、もう一度俺に抱きつき、そっとキスをした。

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