私の名前は山田幸子、62歳です。定年を迎えてから2年が過ぎました。娘たちはそれぞれの家庭を持ち、今は夫と二人で静かに暮らしています。子育てと仕事に追われた日々が嘘のように感じられる今日この頃、私は過去の選択に時折思いを馳せます。もっと家族旅行に行ったり、自分の時間を楽しんだりすればよかったと。しかし、そんな私の日常に突然訪れた出来事が、私の人生を大きく揺るがせたのです。
私の穏やかな日常に突如として現れた、人生の最後で最大の試練についてお話ししましょう。定年後も健康には自信があった私ですが、定期健康診断で内臓に異変が見つかったのです。胃がんの疑いがあるという医師の言葉は、私の心を深く突き刺しました。夫と共に病院へ行き、詳しい検査を受けた結果、胃がんステージ1であることが判明しました。放射線治療か手術で完治が可能とのことでしたが、これからの生活を考えると不安が募るばかりでした。
「手術しよう」夫と話し合い、医師の勧めもあり手術を受けることにしました。入院の準備を進めながらも、心の中には不安が渦巻いていました。大きな総合病院での入院生活が始まり、手術の日が近づくにつれ緊張感が増していきました。手術当日は不安と恐怖でいっぱいでしたが、麻酔がかかるとその後の記憶はほとんどありません。目が覚めた時、夫の明るい顔を見て手術の成功を知り、安心しました。
その後の入院生活で、ある日、看護師の中に見慣れた顔を見つけました。それは近所に住む片桐千恵子さんでした。彼女がこの病院で働いているとは知りませんでしたが、私の担当になるとは夢にも思いませんでした。千恵子さんも定年に近いはず、それでも美しく落ち着いた雰囲気を持っていました。ただ、私たちは以前から挨拶を交わす程度の仲でしかありませんでした。
「幸子さん、大丈夫ですか?」と優しい声で話しかけられ、私は少し驚きながらも「大丈夫です、千恵子さん。お世話になります」と答えました。普段の私なら世間体を気にして断っていたかもしれませんが、術後の弱気な心が彼女の優しさに触れてしまったのです。
千恵子さんは私の身体を優しく拭いてくれました。その手の温もりに、私は不思議な安心感を覚えました。彼女の存在が私にとって大きな支えとなり、次第に彼女の訪れを待ち望むようになりました。夫が帰宅した後のひととき、千恵子さんとの時間は私の心の支えとなっていました。
「そろそろ退院ですね」と彼女が少し寂しげに言った時、私はなぜかその言葉に胸が締め付けられる思いでした。病室での最後の夜、私たちは心の中で深い絆を感じていました。千恵子さんの優しさと温もりに包まれ、私は無事に退院の日を迎えました。
退院後、日常生活に戻った私ですが、時折千恵子さんのことを思い出しては無性に心が熱くなりました。妻として、母としての役割を果たしてきた私ですが、夫との関係はいつしか冷え切ってしまっていました。そんな中、千恵子さんから一通のメールが届きました。
「相談したいことがあるんです」と短い文面が書かれており、私は驚きと共に書斎でこっそりとメールを読みました。何通かやり取りをし、今度の日曜日に喫茶店で会うことになりました。夫には「友人と会う」と何故か嘘をつき、隣町の静かな喫茶店へと向かいました。
クリスマスの近い街並みは賑やかで、私の心も少し浮き足立っていました。約束の時間に千恵子さんが現れ、私たちはコーヒーを飲みながら静かに話を始めました。「私は幸子さんのことが忘れられなくて」と千恵子さんから告白されました。
友達としてではないことを聞かされ、私は驚きました。今まで女性同士の恋愛について考えたこともありませんでした。私の心のどこかでそれを拒否していたのかもしれません。しかし、千恵子さんの告白を聞いた瞬間、私の中で何かが変わりました。「私もなぜか千恵子さんのことを考えたりしていました」 正直に伝えると、彼女はほっとしたように微笑みました。
しばしの沈黙の後、私は思い切って「この後、もう少し静かな場所で話しませんか?」と提案しました。千恵子さんは頬を赤らめながら「はい」と答えてくれました。その後、私たちは静かなホテルへと向かい、初めての逢瀬を楽しみました。それから私たちは月に一度、私たちは密かに逢瀬を重ねました。夫に対する罪悪感と、千恵子さんへの抑えきれない想いの間で揺れる日々でした。私たちの関係は一時の夢のようなものでしたが、その時間が私の心に新たな活力を与えてくれました。
ふと、過去の自分が思い浮かびました。女性同士の恋愛など考えたこともなかった私が、今は千恵子さんに心惹かれていることに驚きを隠せませんでした。「幸子さん、あなたは特別です」と彼女が言ったあの日から、私の心には新しい感情が芽生えていました。これは愛情なのか、友情なのか、それともただの憧れなのか。答えが見つからないまま、私の心は千恵子さんに引き寄せられていきました。
「どうして私が?」と自問自答する日々が続きました。彼女の優しさ、微笑み、そして触れるたびに感じる温もり。今まで感じたことのない感情が私を包み込み、次第にそれが恋愛感情であることに気づきました。千恵子さんと過ごす時間が増えるごとに、私の心は彼女への愛で満たされていきました。初めて彼女にキスをした瞬間、私の心は喜びと不安で揺れ動きました。これは正しいことなのか、私は何をしているのかと戸惑う気持ちがありましたが、その瞬間、全てがどうでもよくなりました。千恵子さんと一緒にいることで、私は初めて自分自身を解放することができたのです。
「幸子さん、あなたが必要なの」と彼女が囁いた時、私の心は完全に彼女に奪われました。女性同士の愛を理解することはできなかった私が、今はその愛の中で生きていることに不思議な感動を覚えました。これからも、千恵子さんとの時間を大切にしながら、私たちだけの秘密の愛を守り続けたいと思います。