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義息子からの同居の提案

シニアの話シニアの馴れ初めチャンネル様

俺の名前は久我義男69歳です。半年ほど前に妻の明子を亡くしました。明子とは21歳の時に家族となり、結婚生活は48年間でした。過ぎてしまえばあっという間だったような気がしますし、意外と長く感じたような気もします。この年齢になると、ある程度親しい人を亡くすということは1度や2度ではありません。俺の両親や親戚、友人も亡くした経験があります。両親や親戚、友人を亡くした時も悲しかったことは事実ですが年齢的な部分もあって、ある程度受け入れていたような気がします。だけど、同じ年齢を理由に考えても妻を亡くした時の空虚感は言葉にしがたいものでした。実際に半年経った今でも寂しい気持ちが大きいので立ち直ったというには、まだまだ俺の心は沈んだままです。

娘夫婦が同居をしようと言ってくれていますが、そのためには今住んでいる自宅を離れる必要が出てきます。なぜなら娘夫婦は県外に住んでいるからです。俺のことを心配して、娘が孫たちを連れて1ヶ月に数回来てくれています。そのたびに同居の話を言われては俺が拒否をするというやり取りがこの半年で定番のようになってきました。娘の夫も俺との同居を受け入れているようで、何度か彼も説得に来てくれました。仕事が忙しいのに、わざわざ申し訳ないなという気持ちが大きかったです。

「男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲く」という言葉があります。簡単に言えば、ひとり暮らしの男は家事が疎かになって汚くなりがちだけど、女のひとり暮らしは花が咲くように清潔で華やかであるという意味です。俺のような高齢の男は家事などを妻に任せきりにしている人も少なくはなく、妻が亡くなったことで清潔さが失われていくのです。逆に夫が先立った場合は、夫の世話の手間がなくなることでひとり暮らしになった妻は自分の時間を持てるようになり、華やかになると言われています。若い頃はあまり気にしていませんでしたが、実際にこの言葉の通りだと思います。ご近所には俺と同じように妻に先立たれた人もいます。だけど、家事のやり方などが分からないのかきれいだった家もゴミ屋敷のようになってしまっていました。食事もコンビニ弁当ばかりになって栄養も偏り、健康を損ねた人もいます。

妻に先立たれたからこそ分かるのですが、どれだけ妻が家のことをしてくれていたのかということを痛感しています。だけど、俺はまだ他の人よりは家事もしていたので何もできないというわけではありません。妻がいた頃と同じとまではいきませんが、それなりに家事をしているのでご近所さんのようにひどい状態ではないはずです。

ただ、家事をしているとどうしても寂しい気持ちが出てきます。

「これ、美味しいわね。またあなたに作ってもらいたいわ」

慣れない料理で美味しいとは言い難かったはずなのに、俺の料理をごちそうだと言わんばかりの笑顔で食べてくれた妻。

「掃除をしてくれてありがとう。おかげで私も楽できちゃった」

軽く庭先を掃いただけなのに、すごいことでもしたかのように喜んでくれた妻。家事のすべてに妻の言葉を思い出してしまって、どうしても涙をこらえることができません。娘が言うには「それだけお父さんはお母さんとの時間を大事にしていたんだよ」なんて言います。だけど、私は定年前までは決して良い夫ではなかったと思います。家事や育児もまったくしないわけではなかったけど、どうしても妻の負担が大きかったからです。俺が若い時代は男は仕事で稼ぎ、妻は家を守ることが当たり前だと言われていました。今、あの頃と同じ感覚で生きていたら色々なハラスメントでアウトなことも多かったでしょう。今の時代も決して楽とは言いません。だけど、今のような寛容さが俺の若い時代にあれば、妻をもう少し楽にさせてやれたのではないかと悔やむことばかりです。

結局、俺は妻との結婚生活に後悔ばかりがあります。病気をして入退院を繰り返していたので、妻が先立つかもしれないということは覚悟していました。いえ、覚悟していたつもりだったのですが結局こんな風にうじうじと悩んでいるのだから覚悟なんてできていなかったのでしょう。娘の夫、俺にとっては義理の息子が孫を連れて遊びに来てくれた時、俺はお酒が入っていたこともあって妻との結婚生活を後悔しているとこぼしてしまいました。もちろん悪い意味ではなく、もっと妻にしてやれることがあったのではないかという意味です。その言葉を聞いて「僕が簡単に言えることじゃないですけど、お義父さんは立派だったと思いますよ」と言ってきました。

義理の息子が言うには、会社の上司が俺と同じように奥さんを亡くした人がいると言っていました。その人はいかに自分が奥さんに対して何をしていたのか、自分は立派な夫だったと語って言うのだと言います。ある意味、俺はうらやましかったです。その上司の人は自信たっぷりに語れるほど奥さんを大事にしていたのだろうと思ったから。だけど、俺がそう言うと義理の息子は困ったような表情をして首を振ったんです。

「会社の人は僕も含めて知っていますよ。上司が奥さんにとって良い夫ではなかったことを」

どういうことだろうかと首を傾げていると「何もしていないから立派だと言えるんです」と、更に首を傾げてしまう言葉を続けてきました。

「上司の奥さんも病気が原因だったらしいんですけど、きちんと奥さんと向き合っていればお義父さんのように後悔ばかりが残るはずです。自分はやり切ったなんて、後悔はひとつもないなんて言えるほど寄り添える人なんていないんですよ」

義理の息子は言葉を続けます。

「病気の奥さんと向き合っていれば、あの時気遣っていれば、もっと早く気づいていればと後悔の言葉が少なからず出てくるんです。それがひとつもない上司は、奥さんに向き合わずに表面的な治療だけを受けさせて自分は立派だったと言っているんです」

義理の息子が言うには、その上司とやらは子供からもそっぽを向かれているのだと言います。偉ぶるだけで何もしないから、上司の子供は孫さえも連れてこないそうです。それを考えると、さっきその上司にうらやましいと感じた気持ちは一切なくなりました。

「お義父さんはお義母さんを大事にしていた。それは僕にも伝わっていますよ。正直、上司のような性格の人と同居は勘弁ですがお義父さんはいつもお義母さんや僕たちのことを考えてくれたでしょう?適度な距離を保って、僕が居心地悪くならないようにしてくれたじゃないですか僕が結婚した時からそうやってしてくれていたからこそ、お義父さんが大変な時に力になりたいと妻とも話し合って決めたんです」

義理の息子が真剣な表情で言ってきて、俺はいつものように「同居はしたくない」とすぐに答えることができませんでした。

「お義母さん、前から言っていたんですよ。お義父さんをひとりにするのは心配だって。あ、心配と言っても生活面じゃないですよ?お義母さんは生前何度も言っていたんです。お義父さんは寂しがりだからひとりにするのが心配だって」

まさか妻がそんなことを言っていたとは思いませんでした。妻の言葉があったから、娘たちは何度も同居をしようと言ってくれていたのでしょうか。だとすれば、俺は最後まで妻の気持ちを理解できていなかったのだなと少し落ち込んでしまいます。

「今すぐとは言いません。僕たちとの同居も考えてみてください」

今までのように「同居をしよう」と言ってくるのではなく、あくまでも俺の考えに従うと言ってくれました。もしかしたら、ここで妻との思い出を守るのだと意地になっていた部分もあるかもしれません。ただ、今すぐ同居を開始することはできません。もう少しだけ、俺は妻との思い出に浸りたいですから。ただ、もう少し気持ちが落ち着いたら同居をするべきか真剣に考えてみようと思います。俺が寂しくないように生活すること、それこそが妻の最後の願いだと分かってしまったからです。

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