私の名前は沢井利一、今年で60歳になりました。20年ほど前に独立し、今は小さな会社を経営しています。規模は大きくありませんが、地元で信頼を得て、従業員も抱えて仕事を続けられることに感謝しています。そして何より、そんな私を支えてくれる妻、真理子の存在が大きいのです。
私たちには二人の子供がいますが、彼らも成人して独立し、現在は夫婦二人だけの静かな生活を送っています。家の中は少し寂しく感じることもありますが、その分、夫婦で過ごす時間を楽しむように心がけています。そして、その時間の中には、実はまだ私達には夫婦の営みがあるのです。ただ、最近は少し問題が出てきたのです。どちらかと言うと、私よりも真理子の方がその気が強いのです。
若い頃を思い返せば、私たちの生活はとても忙しく、夫婦の時間を持つ余裕などありませんでした。子育てや仕事に追われ、夜は子供が寝静まった後にようやく二人で晩酌をする程度。それでも、真理子は笑顔を絶やさずに私を支えてくれました。その頃は、お互いを思いやる気持ちだけで満足していたのだと思います。
子供が巣立つまでは、年数回程度の関係だったのですが、子供が巣立った50歳を過ぎたころから週に何度かに増えました。
しかし、最近では年齢とともに体力が落ちてきたのを実感します。真理子が積極的に私を求めてくれることは愛されているのを実感し、すごく嬉しい反面、応えるのが難しい日も徐々に増えてきました。仕事で疲れている日や、少し飲み過ぎた日には特に厳しく、彼女を傷つけたくないという思いから、本音をなかなか言い出せずにいました。
そんな中、ある晩に事件がありました。真理子がいつものように私に寄り添ってきたのですが、私は疲れから無意識に「ごめん、今日は無理だ」と言ってしまったのです。その瞬間、真理子の顔が曇ったのを見て、胸が締め付けられるような後悔に襲われました。彼女は何も言わずに部屋を出ていきましたが、真理子の背中がどれほど寂しそうだったか、今でも忘れられません。
翌日、私は真理子に謝罪しました。「昨日は本当にごめん。疲れていたとはいえ、君にあんな言い方をするべきじゃなかった」と伝えると、彼女は小さく微笑みながら、「ううん、気にしないで。私もあなたを思いやる余裕が足りなかったのかもしれない。もう私たちも還暦だしね」と返してくれました。ただ、その寛大さに甘えてはいけないと思い、これからは彼女をもっと大切にしたいと心に誓いました。
そんなある日、久しぶりに昔からの友人たちと飲みに行く機会がありました。彼も同年代で、長年連れ添った奥さんとの生活について話してくれました。彼の家では夫婦の営みはとっくの昔になくなり、今では家では空気のような存在だと彼は言います。「でも、それも悪くないぞ」と笑っていましたが、その表情にはどこか寂しさが滲んでいました。
私が現在の悩みを打ち明けると、友人は驚きながらも真剣に耳を傾けてくれました。そして、「すごいな。お前たち夫婦はまだ愛があるんだな。それなら、年寄りは年寄りらしくしたらいいんだよ」と助言をくれたのです。その言葉に救われる思いがしました。
その夜、私は思い切って真理子に話をすることにしました。「最近、体力的にきついと感じることがある。だけど、君との時間は大切にしたいんだ。一緒に新しい形を見つけよう」と言いました。少し驚いた様子の真理子でしたが、やがて微笑み、「私も同じように思っていた」と言ってくれました。
その後、私たちは年齢に合った夫婦の形を模索し始めました。
真理子と腹を割って話をすると、ただただ、二人で触れ合っているだけでも満足するそうなんです。
改めて、男性と女性はやはり全く感覚が違うのだなとこの歳になって初めて知りました。
例えば、夜にはリラックスできる音楽を聴きながら語り合ったり、手をつないで近所を散歩したりするようになりました。また、特別な日には温泉旅行に出かけることもあります。雰囲気を変えたり、スキンシップの形は少し変わりましたが、心の繋がりが増えれば増えるほど彼女は満足するのです。
ある日、真理子が「還暦を迎えたからこそ、私たちらしくで良いじゃない」と笑顔で言ってくれました。その言葉に私は胸が熱くなり、これからも二人で手を取り合いながら、年相応の愛の形を見つけていきたいと思いました。
その後、私たちはさらに時間をかけて互いを理解する努力を続けました。ある晩、真理子が思い出話をしてくれました。「昔、子供たちが小さかった頃、あなたが忙しくてなかなか帰れなかった時期があったでしょう?あの時、本当に寂しかったの。でも、今はこうして二人だけの時間を持てるのが夢みたいよ」と涙ぐんで語ってくれたのです。その言葉に私は改めて彼女の強さと優しさに気づきました。
また、ある休日には、久しぶりに一緒にキッチンに立って料理を作りました。真理子の提案で始めた新しい趣味です。一緒に野菜を切りながら、笑顔で話す時間はとても貴重で、若い頃の二人に戻ったような気分になりました。料理が完成し、ワインを片手に乾杯した時、真理子が「こういう時間をずっと大切にしたいね」と言ったのを聞いて、私は深くうなずきました。
さらに、ある日真理子が言いました。「最近、健康についてもっと考えたいと思うの。一緒にウォーキングを始めない?」その提案に私は即座に賛成しました。朝早く起きて二人で近所を歩きながら、これまで話せなかったことをゆっくり語り合う時間が増えました。季節の移り変わりを感じながら歩く中で、心も体も軽くなっていくのを実感しました。