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妻には言えない話

シニアの恋愛は60歳からチャンネル様シニアの話
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定年退職をして、すでに半年が経ちました。

仕事を辞めたら、ゆっくり老後を楽しめると思っていたのに、実際は暇で暇で仕方がありませんでした。朝は早く目が覚めるけれど、特にすることもない。テレビをつけても面白くないし、本を読もうとしても長続きしない。

ただ、家にいると妻の千秋が何かと小言を言ってきます。「またソファに座ってるの?」「少しは動いたら?」そんな言葉を聞き流しながら、これが定年後の現実なのかとため息をつく日々でした。

最初は散歩をしていました。でも、毎日同じ道を歩くのも退屈で、結局すぐにやめてしまいました。そんな時、ふと駅前のパチンコ店の前を通りかかり、懐かしさに誘われるように店内へと足を踏み入れました。

最初はただの暇つぶしのつもりでした。しかし、やってみると意外と面白い。何も考えずに座るより、データを取って確率を考えながら打つ方が勝てると気づきました。ノートをつけるようになり、半年間の収支は良いお小遣いになるほどプラスになっていました。

それに、パチンコに行っている間は、妻と顔を合わせずに済む。それが何よりの利点でした。

週に三、四日通うようになっても、千秋は特に気にする素振りを見せません。それどころか、「たまに持って帰ってくるお菓子、悪くないわね」なんて言うこともありました。自分の居場所がないことをぼんやりと自覚しながらも、気にしないふりをして、今日もまたホールの扉をくぐりました。

その日は、いつもと同じようにパチンコを終え、帰ろうとしていました。店を出る直前、目の前を歩く女性がポケットからハンカチを落としたのが見えました。

「すみません、落としましたよ」そう声をかけ、ハンカチを拾い上げると、彼女はふっと振り向きました。

肩にかかる髪を揺らしながら、穏やかな表情を浮かべています。歳の頃は五十歳くらいでしょうか。しっとりと落ち着いた雰囲気があり、目元には柔らかさを感じさせる女性でした。

「あら、ご親切にありがとうございます」微笑むその顔が妙に印象に残りました。

それが、高田真理さんとの最初の出会いでした。それから、彼女をホールで見かけることが増えました。

初めは気のせいかと思いましたが、気づけば同じ時間にいることが多い。私が座る台の同じ列にいたり、景品交換所でちらりと姿を見かけたり。何かを意識し始めると、妙に目についてしまうものです。

ある日、たまたま隣同士になりました。

彼女の手元を盗み見ると、静かに台を叩くでもなく、淡々と打っていました。時折、当たりが出ると、小さく微笑んでいるのがわかります。無邪気にはしゃぐわけでもなく、落ち着いた仕草が彼女の雰囲気にぴたりと合っていました。

私は、ふと聞いてみました。

「いつも、ここに来られてるんですか?」彼女は手を止め、私を見て微笑みました。

「ええ。気分転換に」短い答えでしたが、それだけで彼女の置かれた状況がなんとなく伝わってきました。

それから、たまに会話を交わすようになりました。パチンコの話はもちろん、夫婦のこと、家のこと、日々の小さな愚痴。

彼女は専業主婦で、夫が定年してからずっと家にいるのが耐えられないのだと言います。

「朝から晩まで、ずっと家にいるでしょ?好きな人でも、一日中一緒だと息が詰まるわ」彼女の言葉に、私は思わず笑ってしまいました。

「……わかりますよ」私も同じようなものです。千秋が嫌いなわけではない。けれど、四六時中顔を合わせるのは窮屈だ。彼女と話すことで、それをはっきり自覚しました。

そこから、関係は少しずつ変わっていきました。彼女と二人で食事をするようになりました。パチンコ帰りに「ちょっとお茶でも」と誘われ、喫茶店に寄るのが当たり前になり、そのうち食事も一緒にするようになりました。

「ご主人は、気にしないんですか?」ふと聞いてみると、彼女は静かに笑いました。

「私が何をしているかなんて、気にする人じゃないんです」その表情には、少しの寂しさがにじんでいました。

そして、私たちは自然に深い関係へと進んでいきました。最初は、ただの他愛ない付き合いでした。

食事をしながら他愛のない話をするだけ。でも、それが妙に楽しかったのです。妻と話すときのような気遣いもなければ、気を使う必要もない。ただ、お互いに今の暮らしに少し疲れて、逃げる場所を求めていただけなのかもしれません。

そんな関係が続いたある日、彼女はぽつりとこう言いました。

「ねえ、孝雄さん。ちょっとお願いがあるの」私は箸を止め、彼女を見ました。

「一万円、貸してくれない?」

真理さんの声は、思ったよりも淡々としていました。少し戸惑いましたが、これまでの付き合いの中で、彼女が信用できる人であることはわかっていました。

「いいですよ」それだけ言って、私は財布からお金を取り出しました。彼女は「すぐに返すから」と微笑みながら受け取りました。

それから、二度、三度と似たようなことが続きました。貸した金額は次第に増え、気がつけば五万円を超えていました。彼女はいつも「すぐに返す」と言いながら、返したり返さなかったり。私はそれを特に気にしませんでした。ただ、彼女と会える時間が続くなら、それでいいと思っていました。

しかし、ある日彼女はふっと顔を伏せると、少し冗談めかした口調で言いました。

「……体で払うのでも、いいのかしら?」私は一瞬、冗談かと思い、軽く笑ってごまかしました。彼女もその時は何も言いませんでした。

でも、その後、換金所で並んでいたとき、彼女がすっと後ろから体を寄せ、私の腕に手を添えました。

「本気ですよ」耳元で囁かれたその言葉に、私は一気に心臓が跳ね上がりました。

一度は断りました。

「お金のことは気にしなくていいですよ」しかし、彼女はそれからも変わらず、私の前に現れ、変わらず笑い、変わらず私の心を揺らしました。そして、三度目の誘いの時、私はとうとう彼女の誘惑に負けてしまったのです。

その日はパチンコをする気にはなれませんでした。ただ、彼女を求めることしか考えられなかった。

妻以外の女性を知らなかった私は、彼女の仕草ひとつに翻弄され、無我夢中になっていました。

彼女はただ優しく微笑みながら、「孝雄さんって、すごいのね」と囁きました。

その言葉に、私はどうしようもなく満たされた気持ちになりました。

それからというもの、週に一度はパチンコではなく、彼女と過ごす時間になりました。

私は、完全に真理さんに溺れていました。

最初は、ただのパチンコ仲間だったはずでした。それがいつの間にか、彼女と会うことが何よりの楽しみになっていました。

私は「パチンコに行ってくる」と妻に告げ、真理さんのもとへ向かいます。その時間は、パチンコ台のデータを計算するよりもずっと熱く、夢中になれる時間でした。

彼女は、私のすべてを受け入れるような眼差しを向けてくれました。まるで、男としての自信を取り戻したような気にさせるほどに。妻との関係では決して味わえなかった感覚がそこにはありました。

けれど、その一方で、ふとした瞬間に罪悪感が芽生えることもありました。

ある日、家でテレビを見ていると、妻が何気なく言いました。

「最近、なんだか機嫌がいいわね。パチンコがそんなに楽しいの?」私は一瞬、言葉に詰まりました。

「まあ、負けてないからな」適当な言葉でごまかしながらも、胸の奥がざわつきました。もし妻に気づかれたら?もしこの関係が終わる日が来たら?

そんな考えが頭をよぎることはありましたが、結局、私はやめられませんでした。

真理さんの体温を感じるたびに、彼女の指先が私に触れるたびに、そんな理性はどこかへ消えてしまうのです。

「孝雄さん、来週も……いい?」彼女がそう囁くたび、私は頷くことしかできませんでした。

この関係がどこへ向かうのか、私にはまだわかりません。ただひとつ言えるのは、もう真理さんなしの生活には戻れないということでした。

そして今日もまた、私は「パチンコに行ってくる」と告げて家を出ます。行き先は、もう決まっていました。

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