
私の名前は太田小夜子。60歳、パートタイマーです。
夫の康人さんは62歳で、2年前に定年退職しました。
結婚してもうすぐ35年。子どもはふたり育て上げ、どちらも独立して家を出て行きました。
いまは夫とふたりきりの、静かな毎日です。静かすぎて、ときどき耳鳴りがするくらいです。
朝はだいたい6時半に起きて、夫の好きな納豆と味噌汁を用意して、新聞を広げたままのテーブルにお茶を出す。
そういう何気ないルーティンが、もう何十年も染みついていて、気づけば自分の人生が家事とともに過ぎてきた気がしています。
……でも、こういう日々が幸せなんだろうって、ずっと思ってきました。
結婚生活なんて、山あり谷ありだし、贅沢を言わなければ平穏無事が一番だって。
それに、私には親友がいます。名前が太田真理子。あれ?苗字が同じ?と思われたかもしれませんね。
そうなんです。彼女は親友であり、私の義妹なんです。
もう、35年前の話になりますけどね。高校のクラスメイトだった私と真理子は、ただ、将来は普通に結婚して、普通に幸せになれたらいいね、なんて話していたふたりでした。高校の頃からの付き合いで、ほんとうに何でも話せる間柄でした。
高校を卒業後、ある日、彼女が言ったんです。「今度、彼氏紹介するね」って。
ちょうど私も付き合っていた人がいたから、「じゃあ、ダブルデートしようか」なんて言って、当時流行っていた駅前の喫茶店で待ち合わせをしました。そしたら……まさかの出来事が。
私の彼氏と真理子の彼氏が、なんと兄弟だったんです。
「え?兄ちゃん、なんでここに?」「え?武史こそ」
信じられませんでした。でも、事実でした。お互いの彼氏がまさかの兄弟。
運命って、こういうのを言うのかもしれませんね。
それからは、もうあれよあれよと話が進んで、2年後には、私たちは合同結婚式を挙げることになりました。
合同で結婚式を挙げることに、知人からも「えっ宗教みたい」とか言われて、友達にからかわれたりしました。
でも、私は心の底から嬉しかったんです。だって、一番の親友と一緒に、お揃いの白無垢で、並べるなんて。こんな幸せな偶然、なかなかないでしょう?
そうして、あれから35年。お互いの子どもたちは無事に成人して、結婚もし、いまは家を出て別々に暮らしています。
うちの子が出ていって、もう2年になります。
真理子のところも、去年、下の息子が結婚して家を出ました。
ふたりとも、同じようなタイミングで、夫婦ふたりきりの暮らしになったのです。
…でね、ここからがちょっと切ないんですけど、うちの夫は定年してからというもの、朝から晩までゴロゴロと家にいるんです。
テレビを見て、新聞読んで、ビール飲んで、昼寝して……気がついたらまた夕飯の時間。
いちおう、感謝の言葉なんかは言ってくれるんですよ?「いつも悪いな」なんて。
でも、あまり会話がないんです。そりゃ出かけていませんからね。話題も増えませんよね。心が触れ合うような、あの頃みたいな会話は全く無いんです。
同じ空間にいても、夫婦というより、もうただの「家族」なんだと思います。
…これは私のわがままなんでしょうか。でも、ふとした時に、昔のことを思い出すんです。手をつないで歩いたこと、笑い合った夜のこと。もう、そんな風にはなれないんでしょうか。
真理子のところも、外から見たら円満に見えたけれど、実は違いました。
武史さんは飲食業で働いていて、夜遅くまで帰ってこない。
会話も減って、夫婦の間に「隙間風」が吹いてるって言っていました。
「なんかさあ、うちの中に風が通ってる気がするのよ。誰もいないのに、冷たい空気が流れてくるの」
真理子が言った時、私もわかる気がしました。もしかしたら、うちも同じなのかもしれない。
風は見えないけど、このまま年老いて死んでいくのかななんて思っています。
そんなときでした。真理子が婦人病で入院することになったのです。手術をすれば治るのですが約1ヶ月ほどの入院。
「その間、武史のこと頼める?」
そう言われて、私はすぐに引き受けました。だって、親友であり義妹であり、家も数軒隣だし、何より35年も一緒に人生を歩んできた人だから。
…でも、まさかそのあと、あんな突拍子もないことを言われるとは思ってもみませんでした。
「手術、来週なの。」
真理子が、病院の待合室で小さくため息をつきながら言ったとき、私はすぐに「私にできることなら、なんでも言ってね」と返しました。
それは本心でした。35年も一緒に親族をやってきた、親友でもあり義妹でもある人。助けたいに決まっています。
「…じゃあ、お願いがあるんだけど」そう前置きしてから、彼女が口にしたのは、耳を疑うようなひと言でした。
「うちの武史を、ちょっと誘惑してみて」
「……は?」思わず、耳が遠くなったのかと思いましたよ。でも真理子はまじめな顔で、少し困ったように続けました。
「最近ね、ほんとに冷めちゃってるのよ。話も聞いてくれないし、触れもしないし。仕事ばっかりでさ。……だから、ちょっとイタズラして見て欲しいの。ホイホイついてきたら懲らしめる材料になるじゃない?」って。
いやいやいや、何を言い出すの、こいつは……と思いましたけど、
彼女なりに思いつめてるのが分かっていたから、私は「はいはい」と軽く流しておきました。
「まずは、病気を治そうね。」そう言ったら、真理子は少し笑って、「うん、でも一回やってみて!お願い!」と何度も言ってきました。なんともまあ厄介なお願いですけど、適当に相槌を打って終わらせました。
幸い、うちの康人さんは定年していて、ほとんど家にいますから、私は昼間に真理子の家へ行って掃除や洗濯をして、一回家に帰り夫に夕飯を食べさせてからまた武史さんの家に夕方の用意するような形になりました。
でも、真理子の家とは、たったの3軒となりで徒歩1分もかからない距離です。だから、家事の合間に行ったり来たりするのもそんなに苦ではありませんでした。
問題は夜です。
康人さんは、夕方5時を過ぎると、ビールを飲み始めます。テレビを見ながら晩酌をし、そこから3時間ほど、ほとんど動かずにお酒とつまみでテレビに向かっている。
そしえひと通り飲んで、酔っぱらってくると、そのまま寝てしまいます。まるで、コンセントを抜いたように。
まあちゃんと布団に入って寝てくれるのでありがたいのですけどね。
なので私は、夫が寝たあと、片づけをして、武史さんの夕飯の支度に向かいます。
武史さんが帰ってくるのは、いつも10時を過ぎたころ。
台所で料理の仕上げをしていると、静かにドアが開く音がして、「ただいま」と少し疲れた声が聞こえます。
「おかえりなさい。お仕事おつかれさま」
「……すいません、いつも。本当に助かります」そう言って、彼はぺこりと頭を下げる。控えめで、真面目で、どこか不器用。昔から変わっていません。
この生活が2週間ほど続きました。
とくに何かが起こるわけでもなく、ただ淡々と、私は家事をし、武史さんは感謝を述べる。
真理子が言っていたような「誘惑」なんて、そんな空気にはまったくならなかったし、そもそも、なるはずがありません。
でもね、なんとなく、このままじゃ終われないなって思ったんです。
「何もなかったよ」で済ませるのも簡単だけど、せっかく真理子があんなに変なことを言ってきたんだから、ここはひとつ、ちょっとだけいたずらしてみようかしら、と。
ある夜、武史さんがご飯を食べ終わったあとに、私は軽く笑いながら言いました。
「ねえ、武史さん。実は、真理子にお願いされてたのよ。あなたを誘惑してみて、って」
「はあっ?」箸を落としそうなほど驚いた顔をしてから、彼は言いました。
「……あいつは、いったい何を考えてるんだ…」その姿がちょっと可笑しくて、私はふと思いついたことを口にしました。
「ちょっとイタズラしてみません?本当に仲よくなったように見せかけて、真理子を驚かせるの」
「え?ええ?」
「退院祝いのときに、私たちがこそこそ話したり、ちょっとだけ親しげに振る舞うの。ね?」
武史さんは、最初は戸惑っていたけれど、しばらくしてからふっと笑って、「……面白いかもね」と言ってくれました。
こんな形で、義妹の夫と共犯になる日が来るなんて思いもしませんでしたが、その夜の帰り道、久しぶりにちょっとだけ胸が高鳴るような気がしました。なんていうのかな…女友達と一緒にちょっとしたドッキリを計画してるみたいな、そんなワクワクです。
さあ、退院祝いの日が近づいてきました。真理子が、どんな顔をするのか。このときの私は、まだ何もわかっていなかったんです。
あんな展開が待っているなんて——。
そして、いよいよその日がやってきました。真理子の退院祝い。久しぶりに4人揃っての会食です。
真理子は入院中ずっと「美味しいものが食べたい〜」と言っていたので、私たちは少し奮発して、自宅にケータリングを頼むことにしました。お寿司にオードブル、ちょっとしたローストビーフまであって、テーブルの上がまるでホテルの宴会のようになって、つい私までウキウキしてしまいました。
「わあ、すごいじゃない」真理子が目を輝かせて笑ったその顔を見て、私は内心ホッとしました。
まずは無事に退院できたことが、何より一番。どんな茶番よりも、その笑顔が嬉しかったんです。
けれど、その一方で、例の“いたずら計画”も、少しだけ心に引っかかっていました。…やるなら、今日しかない。やらなきゃ意味がない。
料理の準備をしているあいだ、私は武史さんと台所でこそこそ話すふりをしてみたり、あえて彼に小声で「これ、どうします?」なんて近づいて話してみたり。わざとらしくならない程度に、でも、ほんのちょっと“親密に見えるような距離感”を意識して動いていました。
その様子を、康人さんが、黙って見ていたことには気づいていました。
最初は、気のせいかなと思っていたんです。でも、何度か視線を感じて、チラリと横を見ると、彼の目がじっとこちらを見つめている。表情は読めないけれど、何か言いたそうな、そんな目。
乾杯をして、しばらく歓談していた頃。
ふとした瞬間、真理子が「ねぇ、なんかあったの?」と、冗談まじりに笑いました。
それに乗っかるように、私は「そう?うふふ、まあ色々とね」と曖昧に返したんです。
ほんのちょっとだけ、からかうつもりで。
でもそのとき、「……おい」と、静かに、けれど低く重たい声が響きました。それは、うちの康人さんの声でした。
「…何してるんだ、お前ら」空気が、一瞬で張りつめました。
あまりに唐突で、私も武史さんも、そして真理子までもが、ぽかんと口を開けたまま動けなくなってしまったんです。
康人さんは、顔をしかめて、私たち二人をじっと睨んでいました。
怒っていました。それも、冗談では済まないレベルで。あんな顔、私は初めて見たかもしれません。
真理子が慌てて口を挟もうとしたとき、私の方が先に動いていました。
「ごめんなさい!違うの!ただの、ちょっとしたイタズラで……!」私は慌てて弁解しました。
真理子からの提案に逆ドッキリを仕掛けたことを白状しました。
私の声が震えていたのか、言葉がちゃんと届いたのか、それは分かりませんでした。
でも康人さんは、それ以上何も言わず、ただ一度大きくため息をつくと、黙って立ち上がって、台所のほうへと行ってしまいました。
真理子もすぐに「ああもう!康人さん、ほんとごめんなさい!」と追いかけてくれましたが、私はもう胸がいっぱいで、声が出せませんでした。
やりすぎた。そう、わかってました。ちょっと面白がって、少し夫を揺さぶってみたくて。
でもその代償が、思ったよりも大きかったんです。その日の会は、なんとなく微妙な空気のまま終わってしまいました。
私は深く反省しながら帰宅しました。康人さんは、黙って布団に入り、背中を向けたまま一言も口を利いてくれませんでした。
その大きな背中が、いつもよりずっと遠くに感じられて、私は小さくなりながら、そっとその横に腰を下ろしました。
「……ごめんなさい」そう言っても、返事はありません。だけど、次の瞬間——
不意に、康人さんの手が私の腕をつかみ、そのまま、ぐいっと布団の中へ引き込まれたのです。
「ちょ、ちょっと……」と驚く暇もなく、彼は私の肩を抱き寄せて、低い声で言いました。
「バカか、お前は……」それが、なんだか懐かしくて、泣きそうになるほど嬉しかったんです。
布団の中で、康人さんは何も言わず、私を抱いたまま、じっとしていました。その体温が、思いのほか熱くて。
ああ、私の夫って、こんなに力強い腕をしてたんだなって、久しぶりに気づかされたんです。
もう、何年ぶりになるんでしょう。本当に、手をつなぐことすら、ここ何年もなかったのに。
私は、準備なんて何もしていませんでした。体も気持ちも、長くしまい込んでいた“女”の部分は、すっかり錆びついている気がして。正直、恥ずかしい気持ちもあったし、最初は戸惑ってしまって……何をどうしていいのか、わからないくらいでした。
けれど——康人さんは、まるで若いころみたいに、懸命でした。無骨で、不器用で、優しいふりなんてしない人なのに、
このときばかりは、私の顔を何度も見て、息を合わせようと、必死に寄り添ってくれていました。
その姿が、少し可愛くもあり、愛おしくて。…だから、私も身を任せました。
「ごめん」途中、彼が小さな声でそうつぶやいたとき、私はただ「ううん」と首を振って、腕を回しました。
あの夜のことは、きっと一生忘れないと思います。
終わったあと、私は彼の胸に頭を預けて、目を閉じました。一緒にくっついて寝たのなんて言う以来でしょう。
翌朝、目が覚めると、布団の中にはすでに康人さんの姿はなく、台所から湯の沸く音が聞こえてきました。
コーヒーの香りが、ほんのり漂ってきて、それだけでなんだか胸がじんと熱くなりました。
「……ふふ」声に出さずに笑って、私はいつもより丁寧に髪を整えて、エプロンをつけました。
そしてその日、真理子の家へ、退院後の片づけを手伝いに行くと、彼女が妙に落ち着かない様子でソファに腰かけていて。
「どうしたの?具合でも悪い?」と尋ねたら、真理子は照れたような、でもどこか悔しそうな顔でこう言ったんです。
「……昨日、武史と、したのよ」一瞬、私は聞き間違いかと思いました。
でも、真理子は頬を少し赤く染めながら、私の目を見て、はにかんだように笑っていました。
「うちもよ。なんだか燃えちゃったみたいね」私達は思わず吹き出してしまって、「あらあら、おそろいね」なんて言いながら、ふたりで笑い合いました。
いたずらで始めた騒動だったのに、なんだかんだで、お互いにとって良いきっかけになったみたいです。
それからというもの、うちでは康人さんが少しだけ優しくなりました。
相変わらず、言葉は多くありません。でも、夕飯を食べ終わったあと、
「今日、何か面白いことあったか?」なんて、ぽつりと聞いてくるようになったんです。
ハグもね、時々してくれますよ。夜の方は、まあ……月に1〜2回ってところですけど、それでも十分。
昔のような情熱はなくても、お互いを思い合う時間がある、それだけで心が満たされるんです。
武史さんと真理子も、たまに夫婦で飲みに誘ってくれます。
「次は4人で温泉でも行こうか」なんて、真理子が嬉しそうに話してくれました。
…あの“いたずら”がなかったら、きっと私たちは、ただ歳を重ねて、ただ一緒に老いていくだけだったのかもしれません。
あと20年生きられるか、わからないけど、私は、この人と、もう一度ちゃんと“夫婦”になれて、本当に良かったと、心からそう思っています。
康人さん。
ありがとうね。
これからも、よろしくね。