俺、中川達也には双子の弟・和也がいる。俺たちにはそれぞれに妻がいるのだが、その妻もなんと双子という珍しい夫婦だ。結婚式も同時に行うほど仲の良い関係を築いている。俺の妻は加奈、和也の妻は佐奈。双子なので顔立ちも声も驚くほど似ているし、仕草まで瓜二つな二組の夫婦。時には視線がふいに交差し、互いの笑みが映り合うと、四人がひとつの「家族」であることを深く感じる。
だが、俺たちには他人には絶対に言えない「秘密」があった。そう、俺と和也、加奈と佐奈。普段のパートナーとは違い夜だけの入れ替わりをすることだ。
この奇妙な「儀式」が始まったのは、結婚生活に少しずつ平凡さが忍び寄ってきた頃だった。弟と実家に帰ったある夜、少しお酒が入り過ぎた俺たちは大きな悪戯を思いついた。「俺たち、このまま入れ替わって帰ったらあいつら気付くかな」と言い出した。冗談めかして言ったその一言だったが、俺の中に小さな波紋を広げた。ふざけ半分で「試してみるか?」と返した俺も、どこか期待していたのかもしれない。
その日の夜、俺たちは密かに計画を立て、入れ替わりを実行に移した。緊張しながらもお互いの家へ帰る。俺は佐奈のもとへ、和也は加奈のもとへ。全く気付かれることもなく何事もなくその日が終わるまで無事に過ごせた。そして風呂に入り寝室のドアを開けると、暗がりの中で佐奈が目を見開いてこちらを向いて座っているのがわかった。彼女の瞳に小さな揺らぎが走り、何かを探るように俺を見つめてくる。
「君たちは、入れ替わって何をしようとしてるのかな……?」と囁く声に一瞬身がすくんでしまった。
「き、気付いていたのかよ」
「そりゃ気付くでしょ」
佐奈は小さく微笑みそう言った。
「で、気付かなかったらどうしてたの?」
「え、あ、ど、どうしてたって」とごにょごにょと口ごもっている間に、佐奈は俺を引っ張りベッドに引っ張り込んだ。俺の胸の奥で、背徳感と安堵が混ざり合い、奇妙な熱が立ち上る。彼女の髪が枕にさらりと流れ、微かな香りが鼻先をくすぐるたび、どこかで失っていた感覚が蘇ってくるようだった。
夜を佐奈と過ごす傍ら、あることに気づいた。加奈と似ているはずなのに、彼女の体温や呼吸のリズムがまるで異なり、それでいてどこか懐かしく、自分の心が満たされていくような気がした。初めて体にも相性があるんだと認識する、甘く切ない余韻が心に残った。
翌朝、俺は何も言えず、ただ普段通りの顔で朝を迎えた。もしかしたら和也も同じように、加奈と過ごした夜に何かを感じていたのかもしれない……そう思うと、不思議な安堵と得体の知れない不安が入り混じった。
翌日和也に確認すると、和也も俺と同じような感覚に陥っていたそうだ。
それ以来、夜の時だけ俺たちの「入れ替わり」が暗黙の了解となった。普段はそれぞれの妻と夫として過ごし、その時の夜だけが特別な「秘密」の時間になる。俺と佐奈、和也と加奈……昼と夜で違う絆が絡まり合い、どこかが満たされ、またどこかが削られていく感覚。それが、俺たちを引き寄せ、同時に少しずつ離れさせていった。
だが、心の奥には常に影があった。ある夜、佐奈が俺の肩にそっと手を置き、ぽつりと呟いたのだ。
「……ねぇ、達也くん。この関係、ずっとこのままでも良いのかな?」
暗い寝室の中で、彼女の瞳が不安げに揺れているのが見えた。その表情にはほんの少しの期待と、寂しさが入り混じっていた。彼女もまた、この秘密の関係にどこかで恐れを抱いているのだろう。俺たちがずっと続けていられるものではないことを、薄々感じ取っているのかもしれない。
俺は答えられなかった。ただ、彼女の髪にそっと触れるだけだった。髪の感触は加奈と似ているのに、その微かな香りや、肌の温もりは確かに「佐奈」という人間を感じさせる。そしてその違いが、俺の中でますます深い渇きを呼び起こしていた。
昼間、加奈の隣にいるとき、ふと佐奈の笑顔が頭をよぎることがあった。無意識に彼女の姿を追ってしまい、自分が何をしているのかに気づくと、冷や汗が背中を伝って流れる。俺たちはどこへ向かっているのだろうか……そんな疑問を抱えながら、ただ夜が来るのを待つ日々が続いた。
そんなある日、加奈が真剣な表情で俺に告げた。
「達也、私……子供ができたみたい」
その瞬間、全身の血が冷えるのを感じた。喜びと、焦燥と、何とも言えない混乱が胸に渦巻く。自分の子供ができる……その事実を嬉しく思う反面、頭の片隅には、あの夜の入れ替わりがちらつく。俺たちは、どこまで「一つの家族」でいられるのか?
さらに数日後、今度は和也が深刻な顔をしてこう言った。
「達也……俺もなんだ。佐奈が妊娠したって」
俺はしばらくの間、言葉を失った。双子同士の夫婦が同じタイミングで子供を授かるなんて……これはただの偶然だろうか?だが、俺たちの夜の入れ替わりのことを思うと、どちらの子供が「俺の子」なのか、「和也の子」なのかは、もはや分からない。そして、俺たちは一卵性双生児である限り、調べてもその区別はほとんど出来ないだろう。
「……まあ、どっちでも親みたいなもんか」と俺が呟くと、和也も苦笑いしながら肩をすくめた。
「そうだな。俺たちは、遺伝子的には……まったく一緒なんだろう?」
「うん。どっちの子でも、俺たち四人で育てるってことになるのかもな」
その瞬間、二人で顔を見合わせ、やりきれないような、でもどこか滑稽な気持ちが込み上げてきて、思わず吹き出してしまった。複雑で、奇妙で、そしてどこか温かい気持ちが胸に広がった。
こうして俺たちは、二つの家庭として、けれど四人が一つの「家族」として、これから生まれてくる子供たちを一緒に育てていくことになった。俺たちの夜の秘密は、新たな命を通して新しい形になり、そして俺たち自身もその秘密に飲み込まれていくのだろう。
それが、どんな結末を迎えるのかは分からない。それでも、今はただ、この不思議な「家族」の絆を信じて、前に進んでいくしかない……。