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女としての喜び

いつまでも若く年の差背徳
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わたしが「彼」と関係を持ってしまった夜、帰宅したときのこと。

家の玄関を開けた瞬間、夫の靴が乱雑に脱ぎ捨てられているのが目に入った。ドアの向こうからはテレビの音と、酒臭い空気。胸の奥に冷たい何かが沈んだ。

「……遅かったな」

夫はソファに寝そべったまま、目も合わせずにそう言った。画面の中のバラエティ番組にしか興味がないような声だった。私がどこで何をしていたのか、気になっているふうでもなく、ただ、いつものように不機嫌なだけ。

「……ごめんなさい、少し友達と話し込んじゃって」

そう言っても、夫はふんと鼻で笑っただけだった。それ以上、何も訊かれなかったことに、私は妙に傷ついていた。

私の心も体も、たった今、別の男の腕の中で震えていたのに。

罪悪感はあった。だけど、それ以上に感じてしまったのは……この家に帰ってきたときの、どうしようもない虚しさだった。

わたしは42歳。結婚してもう16年になる。子どもはいない。

会社では事務職として働いていて、いわゆる“安定した生活”を送っているはずだった。表向きは。

でも実際の家庭の中は、安定とは程遠い。

夫とは、数年前まではまだ笑って話す時間もあった。でも今では、顔を合わせるたびに些細なことで口論になる。食器の置き方だとか、私が出した洗濯物のたたみ方とか、どうでもいいようなことで責められる。

最初は我慢していた。でも、我慢を続けていくうちに、私の中の何かがすり減っていくのを感じていた。

一緒にいる時間が長くなれば、夫婦の関係は深まっていくものだと信じていた。でも、現実は違った。

言葉は減り、態度は刺々しくなり、優しさはもう思い出の中にしか残っていない。

このままではいつか、何も残らなくなってしまう。そんな不安を抱えながら、私は今日も職場へ向かう。

そして、彼に会う。

藤田くん。26歳。私より16も年下の後輩。背は私より少し高くて、細身の身体にくしゃっとした笑顔。ちょっと不器用だけど、誰にでも丁寧で、真面目で、優しい。

彼が入社してきたとき、「若い子が入ってきたな」と思っただけだった。でも、その存在はいつの間にか、私の中で特別なものになっていた。

あるとき、彼が書類の提出期限を間違えてしまったことがあった。私はさりげなくフォローして、上司に事情を伝えておいた。

「林さん……本当に助かりました……!」

そう言って深々と頭を下げた彼の姿が、可愛くてたまらなかった。

「いいのよ、そんなの。私も昔はミスばっかりだったもの」そう言って笑うと、彼もふっと笑った。その笑顔が、私の心の隙間に静かに入り込んできた。

私は彼にとって、ただの先輩。それはわかっている。

でも彼が私を見つけるたびに「林さん!」と笑顔で声をかけてくれるたびに、私の胸の奥でなにかが少しずつ溶けていくのを感じていた。

同僚の何人かが、「藤田くん、林さんに懐いてるよね〜」と冷やかすことがあった。私は「なにそれ、やめてよ」と笑って流すけれど、顔が熱くなっているのが自分でもわかる。懐かれて嬉しいなんて……本当は、それ以上の感情を持っているくせに。

数日前の終業後、彼が少し緊張した顔で私の席に来た。

「あの……林さんにお礼がしたくて……よかったら今度、食事でもご一緒できませんか?」

「えっ……そんな、気を遣わなくても……」

「いえ……俺が、林さんにご馳走したいんです」彼ははっきりそう言った。まっすぐな目で。

私は驚きつつも、断る理由が見つからなかった。

「……そうね。今度の休みでいいかしら?」

「はいっ、ありがとうございます!」まるで子どもみたいに嬉しそうな顔をして、彼は頭を下げた。その姿を見て、私は少し罪悪感を抱きながらも、心が浮き立っていた。

私に夫がいることは、彼も知っているはずだった。それでも誘ってくれたということは……

いや、考えすぎかもしれない。けれど、期待している自分がいた。

いつもより丁寧にメイクをして、香水も少しだけつけた。誰に見られるわけでもないのに、鏡の前で何度も髪を整えてしまった。

カフェに早く着きすぎてしまった私は、アイスティーを飲みながら落ち着かない気持ちで時間を潰していた。

「林さん!すみません、ちょっと遅れちゃって……!」藤田くんは息を切らせて駆け寄ってきた。額には汗。

でも、それすらも初々しくて、私は思わず笑ってしまった。

「全然、私が早く来ちゃっただけよ」私たちはカフェを出て、ショッピングモールへと向かった。何か特別なものを買うわけじゃない。ただ一緒に歩いて、店を眺めて、たまに立ち止まって他愛のない会話を交わす。

「誰かと一緒に買い物するなんて、久しぶりだわ」思わず口にした言葉に、藤田くんは少し驚いたような顔をして、それから微笑んだ。

「俺も、です。なんか……楽しいですね、こういうの」本当に楽しかった。家庭のことも、夫の顔も、すべてを忘れて笑っている自分がいた。

そのあと、彼が予約してくれていた夜景の見えるレストランに入った。窓の外の灯りが、まるで宝石のように煌めいている。

「旦那さんとは……うまくいってますか?」唐突な質問だった。でも、私はすぐに答えられた。

「ううん、全然。最近は喧嘩ばかりよ…」

「……高野さんから、ちょっと聞いたんです」

「そっか……」私はグラスを指でなぞりながら、ぽつりと呟いた。

「俺は、全部はわかってあげられないかもしれません。でも…なんでも聞くので話したいときはストレス発散してくださいね」

その言葉に、涙が出そうになった。私は何も言えずに、ただ「ありがとう」と小さく呟いた。声が少し震えていたのが、自分でもわかった。彼の前では、無理に強がらなくてもいいのかもしれない。そんな気持ちが、心の奥で芽生え始めていた。

レストランを出たあと、藤田くんの車で少しだけドライブした。夜風が気持ちよくて、窓を少しだけ開けると、風が髪をなでるように通り抜けていった。

「……林さん」

「なあに?」

「俺……ずっと言いたかったことがあるんです」信号待ちで車が止まったタイミングで、彼がハンドルを握る手を少し強く握り直すのが見えた。

「俺、林さんのことが好きなんです。最初は先輩として…でも、だんだん、それ以上の気持ちになって……」彼の言葉は、まっすぐで、どこにも逃げ場がなかった。でも、不思議と嫌じゃなかった。むしろ——心が震えた。

「私……既婚者よ? それに、おばさんなのよ?」

「わかってます。それでも……好きなんです。どうしても、気持ちに嘘つけなくて」そう言う彼の目が、真剣だった。こんな目で見られたのは、もう何年ぶりだっただろう。夫からは、こんなふうに真っ直ぐに気持ちを向けられたことなんて、あっただろうか。

気づけば、私は微笑んでいた。

「私も……あなたと一緒にいると、ほっとするし、笑ってくれるだけで救われた気持ちになるわ」

「……林さん」

「私も、好きかも…」そう言った瞬間、彼の手が震えているのがわかった。

「……うち、来ませんか。少しだけ、飲み直して……話の続きもしたいし」

どんな意味か、もちろんわかっていた。でも、私はもう、自分の気持ちを押さえつけることができなかった。

「狭いんですけど、どうぞ」

そう言って出してくれたコーヒーの香りが、部屋にふわりと広がった。私たちはソファに座って、ぽつぽつと他愛もない話を続けた。でも、どこかぎこちなくて、お互いの距離が妙に気になっていた。

沈黙が落ちた瞬間だった。彼がそっと、私の手に触れてきた。

「…いいんですか?」私はうなずいた。

その瞬間、彼の腕が私を優しく引き寄せて、唇が重なった。初めてのキスだったのに、不思議と安心感があった。

唇が離れたとき、私は何も言えずに彼を見つめ返していた。言葉よりも、気持ちが全部伝わっていたから。

「林さん…」

ふたたび唇が重なり、手が私の背中にまわる。彼の指が、私の服の上から優しく触れてくる。そのぬくもりに、私は自然と目を閉じた。

「……奥、行きましょうか」彼の小さな声に、私はゆっくりとうなずいた。

寝室のベッドに腰かけると、心臓の鼓動が速くなるのがはっきりとわかった。若い彼に見られることへの不安と、年齢の差を感じさせる羞恥心。でも——それ以上に、彼の気持ちを確かめたいという思いが勝っていた。

彼の手が胸に触れた瞬間、私の体は素直に反応してしまった。下着越しに感じる彼の手のひらの熱に、身体がどんどん敏感になっていく。

私は彼の頭を撫でるようにして、そのまま彼に身を預けた。次第に服を脱がされていくときの、布のこすれる音や彼の呼吸の荒さが、妙にリアルで、そして切なかった。

彼の手が私に触れたとき、私は思わず息を呑んだ。

まるで、私の全部を受け止めようとしてくれているようだった。

私はそのたびに、夫とは違う、自分の「女」としての感覚を呼び覚まされていくのを感じた。

もう、戻れない。

藤田くんの腕の中で、私はそっと顔をうずめた。

彼の胸に耳を当てると、穏やかな鼓動が確かに伝わってくる。

それがたまらなく愛おしくて、怖くなった。

——この幸せが、いつか壊れてしまう日が来るのだろうか。

私は既婚者で、彼はまだ若い。

この関係が許されるものではないことも、長く続けられるものでもないかもしれないことも、わかっている。

でも、それでもいまだけは、嘘でもいいから、愛されていたかった。

その夜、私は彼の胸の中で、何度も心の中で願っていた。

どうかこの幸せが、すぐに壊れてしまいませんように——。

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