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ふたりきりのオフィス

いつまでも若く純愛
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夜の冷えた空気の中、玄関の前でポケットに手を突っ込んだ瞬間、嫌な予感が走った。

「あれ…?」鍵が、どこにもない。慌ててカバンを開け、中身をひっくり返すように確認するが、やっぱりない。鍵の重さがないままスルリと通り抜けていく手の感触に、背中がひやりと冷えた。頭の中で記憶を辿る。どこかで落としたか? いや、そんなはずはない。最後に鍵を手にしたのは…

「…デスクだ」呆然としたまま立ち尽くし、額を押さえた。今日は仕事が立て込んでいて、帰る間際に書類を整理していた。たぶん、あの時…無意識に机の上に置いたままにしたんだ。よりによってこんな時間に。

時刻はすでに22時過ぎ。慌てて通りに出ると、幸運にもタクシーが停まっていた。ドアが開く音とともに、ため息が漏れる。

こんな夜遅くに会社へ戻るなんて、最悪だ。深夜のオフィス。

エントランスに入ると、蛍光灯の無機質な光だけが静かに辺りを照らしていた。社員のほとんどは退社し、ビル内はしんと静まり返っている。しかしエレベーターを降りた瞬間、違和感を覚えた。

光の漏れる一角。フロアの奥、広報部のデスクに明かりが灯っている。

そして、そこにいたの—有本真理恵さんだった。

広報部の仕事をしている彼女とは、週に何度かやり取りする程度。口下手な僕にとって、緊張する相手だった。それは僕が彼女に惚れているから。彼女が眼鏡を外した瞬間、僕は一瞬で恋に落ちた。あの時の衝撃は、今でも忘れられない。

会社では地味な印象を持たれがちだが、眼鏡を外すと、すべてが変わる。整った顔立ち、知的な瞳、涼しげな横顔。彼女が仕事に集中している時の真剣な表情を見るたび、胸の奥がざわつく。

その彼女が、深夜のオフィスでため息をつきながらパソコンの画面を睨みつけていた。

「…あの」そっと声をかけると、彼女はびくっと肩を震わせ、驚いたようにこちらを見た。

「えっ……佐藤くん?」

「すみません、驚かせてしまいました」

「…こんな時間に、どうしたの?」

「鍵を…忘れちゃって。デスクに置いたままみたいで」

「あぁ……」安堵したように笑う彼女。その仕草すら、妙に綺麗に見える。

「じゃあ、それ取ったらもう帰るの?」

「…そう、ですね」一応そう言ったが、何かが引っかかった。

パソコンの画面を見ると、企画書のファイルが開かれていた。

「…何か、手伝いましょうか?」つい、口をついて出た。

「え?」

「企画書、悩んでるんですよね?」

「うん……どうしても納得できなくて」彼女の表情には疲れが滲んでいた。

僕は彼女の隣に立ち、画面を覗き込む。少し考え、ふと浮かんだアイデアを口にする。

「たとえば……こういうのはどうでしょう?」すると、彼女の目がぱっと輝いた。

「それ、いいね!」指が軽やかに動き始め、タイピングの音が響く。時間を忘れて、二人でアイデアを出し合いながら修正を重ねた。

「もうそろそろ帰らないと、日付またぎますよ」時計を見ると、すでに0時を回りそうだった。

「え? もうそんな時間?」彼女は驚き、申し訳なさそうに頭を下げた。

「ごめんね、巻き込んじゃって」

「いえ、大丈夫です」すると、彼女は少し考えた後、ふと微笑んだ。

「ねえ、もう電車もないし……よかったら、ご飯食べてかない?」

「えっ……」不意打ちだった。迷ったのは一瞬。

「……はい!」気がついたら、食い気味に返事をしていた。

夜の居酒屋。薄暗い照明の下、僕たちは向かい合って座り、軽くお酒を飲みながら食事をしていた。

普段は業務的な会話しかしてこなかったのに、今は全然違う。仕事の話から、趣味のこと、大学時代の話まで。話が尽きることはなかった。

「佐藤くん、明日からも手伝ってもらえない?」彼女がそんなことを言うものだから、僕は即答した。

「はい、大丈夫です!」それからというもの、企画書の締切までの2週間、毎晩みんなが帰った後に二人で仕事をした。オフィスに残る時間は特別なものになり、僕はその時間が楽しみになっていた。

仕事が終わると、いつも二人でご飯を食べに行く。僕の睡眠時間はわずか3時間になったけれど、それでもまったく苦痛じゃなかった。彼女といられることが何より幸せだったから。

そんなある日の21時ごろ、外は大雨が降り、雷が鳴り響いていた。パソコンの画面に向かう彼女の様子が、いつもと違う気がした。

「…真理恵さん、大丈夫ですか?」そう言いながら近づくと、彼女がそっと顔を伏せ、僕の腹に額を押し当てた。

「…雷、苦手なの」小さな声だった。僕は全身が硬直するほど戸惑いながらも、そっと彼女の頭に手を乗せた。そのまましばらく、雷が鳴るたびに彼女は小さく震え、僕は黙ってそれを受け止めた。

そんな時——

ガチャッ!とフロアのドアが急に開いた。

「キャアー!」真理恵さんが思い切り僕にしがみつく。

「えっ……」目の前に立っていたのは、警備員だった。僕の心臓の鼓動は、今までで一番大きな音を立てていた。

警備員が去った後も、僕の心臓はバクバクとうるさいほどに鳴っていた。

それにしても真理恵さん、すごい力でしがみついてたな……。

腕の中で感じた彼女の温もりがまだ残っていて、僕はその感触を忘れようと深く息を吐いた。だけど、それも束の間。

雷が再び轟くと、彼女は小さく震え、僕のシャツの裾をギュッと掴んだ。

「今日は……もう帰りましょうか」そう提案すると、彼女は少し間を置いて「……いや」と、小さく呟いた。

「え?」

「…じゃあ、うちに来て」その言葉に、僕の思考が一瞬停止した。

「……え?」

彼女は本当に雷が怖いんだなと、少しでも助けてあげたいと、タクシーを拾い、彼女のマンションへと向かった。

エントランスに入り、エレベーターに乗る。マンションの部屋の前に着いて、「じゃあ、おやすみなさい」と言おうとしたけれど

「……まだ帰らないで」彼女の声が、かすかに震えていた。どんだけ雷が怖いんだ……

不思議に思いながらも、僕は思わずプッと笑ってしまった。

「……なんで笑うの?」

「いや……いつもバリバリ仕事してる人が、雷でこんなに怯えてるなんて」

「そんなこと言わないでよ…」頬を膨らませる彼女の姿が、なんとも言えず可愛らしかった。

「あれ? でも……もう雷、遠ざかってますよ?」言われて初めて気づいたのか、彼女は「ほんと?」と小さく呟いた。

「じゃあ、僕帰りますね」そう言ってドアの前を離れようとした時、「待って!」彼女が僕の腕を掴む。

「……ご飯、作るから。食べていって?」僕は一瞬迷ったが、ここで長居をしたら、絶対に良くないことになる気がした。

「いや、でも……」

「なんで?」真理恵さんが、少し拗ねたように僕を見つめる。こんな姿、初めて見る。可愛すぎる。

だけど、この部屋に入ってから、彼女の香りのせいなのか、僕の中で何かが高ぶり始めていた。

「……やっぱり帰ります」

「ダメ」彼女はドアの前に立ち、僕の前に両手を広げて通せんぼする。

「……ちょっと」

「もう少しだけ、いてよ」この時点で、僕の理性は限界だった。思わず彼女をぎゅっと抱きしめてしまった。

驚いたのか、彼女の体は固まる。

「あっ、す、すいません……思わず……」必死に謝ろうとしたその瞬間、彼女がふっと微笑んだ。

そして、そっと僕の腰に手を回した。

「…佐藤くん」

「ま、真理恵さん……?」

「我慢しなくていいんだよ」彼女の言葉が、胸の奥にズドンと響いた。

一気に理性の糸が切れ、僕は彼女を再び抱きしめる。唇が重なり、むさぼるようにキスをした。手が彼女の体に触れる。

——その時。

「……ダメ」彼女がそっと僕の手を制した。

「……す、すみません……」完全にやらかした。しかし、彼女は微笑んで僕の頬を指でなぞる。

「ご飯食べてからね」

「え?」

「作ってる間、シャワーでも浴びてて」その言葉に、僕はもう一度彼女の唇にキスを落とした。

翌日の、オフィス。

仕事中、ふと目が合うと、真理恵さんは小さく微笑んだ。

「……おはよう」

「お、おはようございます」僕は普通に返事をしたつもりだった。

だけど、心臓は昨日の夜から、まだ落ち着いていなかった。誰にも知られてはいけない。

僕たちの関係は、もう「秘密の時間」ではなく、「秘密の関係」へと変わっていた。昼間の彼女は、いつものように仕事に集中している。だけど、夜になると、僕に甘えてくる。すれ違いざまに、彼女が小さく囁いた。

「……今日も来てね」そして、僕たちは密かに微笑み合った。

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