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「美人ママ」

いつまでも若く純愛

「まだ気づいてくれないんですか?」
ママが私の顔をじっと見つめてくる。いつ見てもきれいな人だ、心臓がどきどきする。
「まだわかんないんですか?」彼女は眼鏡をかけ、マスクをつける。
「え?」「え〜〜!刈谷さん?」ここまでされてようやく俺は気付いたのだ。
「フフッ」と笑った彼女の微笑みに俺はまるで中学生みたいに赤面していた。

俺の名前は田中一郎。40歳を過ぎても昇進できない冴えない男だ。特に営業成績が悪いわけではない。ただ、自分で言うのもなんだが人を纏める能力はない。どちらかというと一人で黙々と仕事するのが好きなのだ。立場が上になれば、今の仕事プラス管理の仕事も増える。その分ストレスも増えるし、現状の給料にも不満はなかったので、別に昇進なんてしなくて俺は十分に満足していた。
ただ一部の同僚には、肩書至上主義のような奴らもいる。その代表格が俺と同期の鈴木だ。鈴木は上司にはおべっかを使い、部下にはきつい典型的な駄目な人間だ。普段から何かと同期の俺に嫌味を投げかけてくる。普段の俺は昇進したくないからと軽くいなしていたのだが、今日ばかりはどうしても我慢できなかった。
それは、俺と同じような立場の女性社員に対して執拗に行われていたからだ。
「だからいつまでも平社員なんだよ」
「いつ寿退社するの?」などと不快になる言葉を次々に投げかけていた。
彼女の名前は刈谷さん。半年前に別の支店からここへ転勤してきた。顔が隠れるような髪型で、眼鏡をかけ、最近はマスクもしているため、表情が分かりにくい。彼女は俺と同じタイプの人間のようで、群れることをしないが、営業成績は悪くない。そして、特筆すべきは必ず定時の17時になるとすぐに帰宅する。仕事はできるが、割り切って仕事をするタイプのようだ。

そんな彼女を執拗にいじる鈴木。あまりにねちねちと言い続ける鈴木に対し、
「いい加減にしろよ。いつまでもネチネチしないで仕事をしろよ」と、ついカッとなり鈴木に対して怒鳴ってしまった。普段の俺とは想像できない姿に鈴木は一瞬、何が起きたかのようなまぬけ面をしていた。
「おまえ、上司に向かってなんて言い草だ。上に報告するからな」と顔を真っ赤にしてオフィスから飛び出していった。(なんて小物臭いセリフを残すやつなんだ)と思いつつも仕事に戻ると、
「あの、ありがとうございました」と刈谷さんからお礼をされた。
「いやいや、良いんですよ。ちょっとしつこかったんであいつ。」と苦笑いしながら、「また何かあったら言ってください」と返した。それ以降、刈谷さんに対する鈴木の嫌がらせは無くなった。俺に対しても直接は言ってこなくなったが、周りから聞いた話によると上司にさんざん俺の悪口を言っているそうだ。まあでも、直接ネチネチ言われるよりもずっと楽になった。

俺の仕事はそんな感じだが、こんな俺にも毎日の楽しみがあった。それは、客席が5つほどしかない小料理屋のママさんに会いに行くことだ。いつもここで一杯ひっかけて夕食を済ます。ママさんは直子さんと言い、年は35歳くらいだろうか。きれいで雰囲気のある優しい女性だ。いつも優しい言葉をかけられるし、彼女は距離が近い。俺はこのママさんに正直メロメロだった。
今日は特に飲み過ぎてしまった。帰ろうとしたがふらついてしまった。その時、直子さんが
「田中さん、飲みすぎですよ」と肩を貸してくれた。直子さんの柔らかな体と良い香りに、一気に酔いが回り、そこから記憶がない。ぶっ倒れたそうだ。

「あれ?ここは?」見覚えのない天井とトントントンと優しい包丁の音色で目が覚めた。俺は昨日そのまま倒れてしまい、小料理屋の座敷で寝てしまったようだ。
「あら、起きましたか?もう朝の6時ですよ」と直子さんが声を掛ける。
「え?」すぐさま状況を理解し、「すみません!ご迷惑をかけしました」とそそくさと帰り支度をすると
「待って!お味噌汁飲んで行って」と半ば強引に席につかされた。
「美味しい」体に染み入る優しい味のお味噌汁だった。
「ほんとですか?嬉しい」
ようやく気持ちが落ち着き、「今日は本当にご迷惑をおかけしました」と改めて頭を下げて謝罪した。その時、直子さんは下から俺の顔を覗き込み、
「まだ気づいてくれないんですか?」ママが私の顔をじっと見つめてくる。いつ見てもきれいな人だ、心臓がどきどきする。
「え?」「まだわかんないんですか?」彼女は眼鏡をかけ、マスクをつける。
「え〜〜!刈谷さん?」ここまでされてようやく同僚の刈谷さんであることに俺は気付いたのだ。
「フフッ」ニコッと笑った彼女の微笑みに、まるで中学生並に俺は赤面し、滑稽なくらいアタフタしていただろう。
「座敷まで運ぶの重たかったんですよ」と悪戯っぽい笑顔で彼女は言う。
「もしかして、俺が起きないから徹夜してたんですか?」
「いえいえ、田中さんの横で一緒に寝たんですよ」と舌をペロっと出して彼女は言う。
「え?」と振り返ったら、彼女が目の前にいた。
「あの時、助けてくれてありがとうございました」と言いながら俺の胸に寄りかかってきた。俺は思わず彼女をぎゅっと抱きしめてしまった。心臓が高鳴りキスをしようとしたその時、彼女の手が俺の口を覆った。
「雰囲気に流されちゃだめですよ」と彼女は真剣に言ってきた。
「そんなぁ。」と嘆いていると、彼女は「ふふ。」と輝くばかりの笑顔で舌をペロっと出して言った。

そして二人で準備をし会社へ向かった。直子さんはいつもの刈谷さんの姿に戻っていた。昼休み、彼女からのメッセージカードが机に置いてあった。「田中さんからちゃんと言ってくださいね」顔を上げて刈谷さんの方を見ると、マスクと眼鏡越しでもわかる笑顔が俺に向けられていた。

追伸、ネチネチしつこい鈴木は結局上司にも人間性がばれ、田舎に転勤になった。それ以降、俺たちは静かに恋愛を育んでいる。

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