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この年で初めてでした。その初めては不倫。さらに…

シニアの体験シニアの恋

60歳を迎えた今まで、私には結婚というものに縁がありませんでした。それを突きつけられたのは、未婚率が10%以下という統計を目にしたときでした。自分だけが取り残されたような気がして、まるで心に小さな刺が刺さったかのように感じました。

今まで結婚を考えたことがないわけではありません。私は一度だけ、熱く激しく、そして苦しい恋愛を経験しました。過去形で語るのは、その相手がもうこの世にいないからです。彼が事故で亡くなったと知ったのは、同窓会のグループメールでした。その瞬間、私の心は真っ白になり、何も感じられなくなりました。彼との関係は誰にも知られることなく、将来を約束し合うこともなく終わりました。互いの気持ちをきちんと伝え合っていたらどうなっていたのでしょうか。それすら今となってはわかりません。ただ、彼の存在が私の心の中心になっていたことだけは確かです。

訃報のメールが届いた瞬間、私はそれを他人事のようにしか感じませんでした。それでも、心の奥底で何かが崩れ落ちるような音が聞こえた気がしました。私は和江と申します。60歳の独身です。両親の介護をしながら仕事をしていましたが、その生活の中で出会いのチャンスはほとんどありませんでした。気がつけば結婚適齢期を過ぎ、親戚からの紹介や好意を寄せてくれる人もいましたが、実家を離れることができず、恋愛はいつも前に進むことができませんでした。そんな私が初めて人を愛したのは、同級生の佐藤進くんでした。

進くんとは、同窓会で再会しました。学生時代、彼はサッカー部のエースで、女子たちに大人気でした。隣の席に座っていた彼を見上げるように感じていた私にとって、彼は雲の上の存在でした。しかし、50歳を超えて再会した進くんは、頭が薄くなり、かつての格好良さは失われていました。それどころか、どこか暗い影を落とす雰囲気に変わっていました。今までのように人が集まる陽気な人ではなくなっていた彼は、その時も一人でぽつんといました。そんな彼に、私から話しかけたのです。

私が同窓会に参加したのは30年ぶりでした。卒業してから第一回目の同窓会に参加して以来、久しぶりの同窓会だったため、同級生の顔や名前も曖昧になっていました。そんな中、彼との再会は私にとって大きな驚きでした。

私の両親は長年病を患っており、一人っ子の私は若い頃からその介護に追われていました。そのため、同窓会にもほとんど参加できず、久しぶりに参加する決意をしたのは、進くんの名前が幹事として記されていたからでした。介護を一日だけ人に任せて参加したその同窓会で、進くんと久々に言葉を交わしたとき、彼もまた介護に苦しんでいることを知りました。彼は、ご両親の介護が原因で妻がうつ病を発症し、さらに子育てと介護が重なり、彼自身も体を壊してしまったそうです。彼は一時期、生活保護を受けるほど追い込まれていたそうです。
介護というものは終わりが見えません。いつまで続くのかもわからず、その大変さは経験した者にしかわかりません。私たちは共通の苦しみを理解していました。その日の会話は尽きることがなく、少しのお酒を飲みながら、互いの近況を話す、その時間が私にとっての支えとなり、次の同窓会での再会を楽しみにしてお開きとなりました。
それからもメールだけですが、彼とのやり取りは続いていました。彼とのやりとりが辛い介護の日々を乗り越える力となっていました。

 その後、彼の父は亡くなり、母は認知症が酷く最近施設に入れたそうです。そして、彼との再会から4年後、私の両親も相次いで亡くなりました。その年の同窓会は還暦の祝いも兼ねていましたが、私は参加しませんでした。喪中だったこともありますが、何よりも心が沈んでいたのです。全てが止まってしまったような感覚の中で、仕事も手につかなくなっていました。ただ、彼とのメールのやり取りだけが私の心の救いでした。彼も同じ気持ちだったのでしょうか。文字だけでも、彼は私に優しく寄り添い、心配してくれました。メールだけなのに、その頃には私は彼に恋心を抱くようになっていました。

そんなある日、進くんからメールが届きました。「今回の同窓会に参加していなかったね。良かったらまた会わないかな。」そのメッセージには、短いながらも温かな言葉が綴られていました。何度も返信を打ち直し、結局「ありがとう。また機会があれば」としか返せませんでした。それでも、彼のメッセージを繰り返し読むことで、私は少しずつ日常を取り戻すことができました。

その後も何度かお誘いのメールが届き、私はついに彼と会う決心をしました。久々に進くんと会う――その考えだけで心が弾む一方で、胸の奥に罪悪感が芽生えました。別居しているとはいえ、奥様のこともありました。が、それだけではなく、こんな歳を取ってから恋心を抱くこと自体に罪悪感を感じていたのです。もし私が彼の立場だったら、こんなおばさんから恋心を向けられても迷惑なだけでしょう。そう思ってしまい、どうしても彼に会うことができなくなり、急遽彼に断りの連絡を入れました。ただ、自分から断っているのに、進くんのことを思わない日はありませんでした。その時はそんな矛盾した感情でした。そのため、仕事に没頭することで自分の気持ちを振り払おうとしました。

 私の仕事は小さな工場での縫製です。仕事が趣味にもなり、大抵のものは自分で作れるようにもなりました。趣味でネットで小物を販売したりもしていました。そんなある日、玄関のインターホンが鳴りました。縫製用の材料が届いたのかと思いドアを開けると、そこに立っていたのはなんと進くんだったのです。彼の顔には何かを決意したような硬い表情が浮かんでいて、私の心臓は瞬時に高鳴りました。

「ごめん、どうしても会いたくて。」そう言って、彼は私に寄り添ってきました。私はどうしていいかわからず、体が硬直し立ち尽くしていました。彼は私の肩に手を置き、ゆっくりと私を抱きしめました。彼の声が耳元で響き、私は体が熱くなっていくのを感じました。そこからは頭が真っ白になり、それ以降のことは何も覚えていません。ただ、私は彼の腕の中で、初めて男性を知りました。

その後、私たちは何度も会い、互いを求め合いました。それは欲望を満たすというよりも、彼が私に同情していたのかもしれません。それとも彼は自分の境遇から私に逃げていたのでしょうか。しかし、次第に彼に会うたびに奥様への罪悪感がどんどんと大きくなっていきました。
そして、その感情に耐えられなくなった時に、私は彼に「もう会うのはやめましょう」と、別れを告げました。最後の別れ際、閉まりかけたドアの隙間から見えた彼の横顔には涙が光っているようにも見えました。こうして私たちは会うことをやめたのです。それが彼とのやり取りをした最後でした。

 その数か月後に彼が亡くなったとのメールが届いたのです。もう彼からのメールは届くことはありません。葬儀もすでに終わっていましたので最後のお別れも出来ませんでした。私の恋もそこで終わりを迎えたのです。進くんがいなくなって、もうすぐ1年が経ちます。彼のお墓に行きたくても連絡することはできません。これから私はどう生きていけばいいのでしょうか。誰かとの出会いを偶然待つべきでしょうか。それとも最近流行りのマッチングアプリなどを試してみるべきでしょうか。失ったものはあまりにも大きすぎて、今は何もする気が起きません。私には明日が来るのでしょうか。

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