私の名前は洋子、61歳。パートをしながら日々の小さな幸せを楽しんでいます。夫の博とは40年近く一緒に暮らしてきました。定年退職を迎えた彼は65歳。これからは二人の時間が増えると思っていたのに、現実は想像とは少し違いました。
退職してからの夫は、何か新しいことを始めたくなったようで、動画を撮っては編集することに面白味を感じているようでした。自分の部屋にこもって編集作業に夢中になり、外に出ることも少なくなりました。たまに出かけたかと思うと、代わりに夫はカメラを持って出かけるようになりました。帰宅するとその撮影した映像を編集することに夢中になり、何時間も部屋にこもる姿を見るたびに、私はどんどん寂しさを感じるようになりました。
彼の部屋の前を通るたびに、中から鍵がかかっていて、まるで私を寄せ付けないような気がしました。ある日、部屋の中から聞こえてきた女性の声に驚いてしまいました。まさか浮気をしているのではないかと疑い、問いただしてみましたが、博は「ただの動画だ」とはぐらかすばかりで、真相はわかりませんでした。
私はますます不安に駆られ、ついにはこっそりと扉に耳を当て聞き耳を立てたり、夫が外出している隙に部屋の中を探るようになりました。ゴミ箱を覗いてみたり、机の上のメモを見たりと、夫が一体何をしているのか知りたくて仕方がなかったのです。私の心は疑念と不安でいっぱいでした。夫婦の時間を大切にしていたはずなのに、なぜ私たちはこんなにもギクシャクしてしまったのだろうと、夜中に一人泣くこともありました。
そんなある日、リビングでYouTubeを見ていると、突然、画面に夫の姿が映し出されました。それは夫が作ったチャンネルのようでした。テレビでYouTubeのアカウントを同じものにしたから出てきたのでしょう。夫は部屋にこもっているので音声を小さくして、驚きと困惑の中でその動画をこっそりと見てしまいました。画面の中の夫は、毎日ライブ放送をしているようで、奥さんともう一度やり直したいなどと話していて、まるで私へのメッセージのように聞こえました。
驚くべきことに、そのチャンネルの登録者数は400人ほどでしたが、夫は熱心に自分の思いを語り続けていました。何人かからメッセージが届いたりしてそれに答えてるようでした。そしてある日の投稿では、対談相手の女性とライブ放送をしている動画が残っていました。以前、聞こえてきた女性の声はこの人だったのです。夫が私たち夫婦の仲についてその女性に相談している内容でした。
その相談は、「数年前に妻を誘ったら、激しく拒絶された。それ以来、どうしても触れることが怖くなってしまったんです。本当はもっと触れたい、でも自信がないんです」と夫は語っていました。その言葉を聞いた瞬間、私の目から涙があふれ出て止まりませんでした。「私が何気なく断ってしまった言葉がこんなにも夫を苦しめていたなんて…」私はずっと夫が自分勝手に趣味に没頭していると思い込んでいたのに、実際には私との関係をずっと悩んでいたのだとその時知ったのです。
その日から、私は夫に対する見方が変わりました。彼は私のことをどうしていいかわからず、ほぼ毎日のようにネットの中で他人に相談しているようでした。私は心の中で決意しました。これからはもっと夫に優しく接しようと。すると夫も嬉しそうに私との日々のことを放送で話していました。時には夫とケンカすることもありました。ただ、それでも夫はいつも私のことを決して悪く言いませんでした。夫が私を大切にしていることが、ライブ放送を通じて見えるようになっていたのです。
ある日、夫が「どうしたら妻に自分の気持ちを伝えられるでしょうか?」と視聴者に尋ねるシーンを見たとき、私は涙が止まりませんでした。彼はずっと、私と再び手を取り合いたいと思っていたのです。それに気づいてからの私は、夫にもっと優しく、もっと寄り添うようになりました。私が優しくするたびに夫は嬉しそうに次の日にそのことをライブで話し、そんな彼の姿を見る私もまた幸せな気持ちになるのでした。
この前もゴミ出しで口論になってしまったのですが、その時の放送でも夫は「自分が悪かった」と反省し、視聴者に「どうしてこう言えなかったのだろうか」「次はどうしたらいいだろうか」と相談しているのでした。私はそんな夫の姿を見ていると、徐々に自然と笑って何でも許せるようになっていきました。なぜなら彼が私を大切にしていることが毎回画面越しにでも伝わってくるのです。
今でも夫は毎日のようにライブ放送を続けています。彼の愛に囲まれながら、私はその放送をこっそりと見ています。けれど、私はあえて夫に「放送を見ている」とは言っていません。テレビのYouTubeのアカウントも変更し、夫の動画がテレビには出てこないようにしました。代わりに私は毎回自分のスマホで見ることにしました。ずっと一人で頑張っている彼を応援してあげたいですし、恥ずかしいでしょうから、その秘密は守ってあげたいのです。ちょっと意地悪ですかね。でももうちょっとこの幸せな気持ちを味わいたいのです。
こうして私たちは、年を重ねても互いを大切にし、再び絆を取り戻すことができました。夫は、私との愛情を今も強く抱えていることを私は知っています。そして私もまた、彼をもっと大事にしたいと思うようになりました。この出来事を通じて、夫婦とはただ一緒に過ごすだけではなく、互いに理解し合い、支え合うことの大切さを実感しました。
これからも私は、夫と一緒に笑い、時に涙しながら、人生の残りの時間を二人で過ごしていこうと思います。私たちはこれからもずっと、手を取り合い続けるのです。