俺の名前は高橋勲60歳です。
先日息子に孫が生まれてお祝いムードだったのですが、この年齢になってまさかの事態が起こってしまいました。結論から言えば、息子が俺の子供ではなかったということが発覚してしまったのです。発覚したのは先日妻の友人を招いて自宅で食事会をしている時のことでした。
「あんなことがあったけど、実の子として育てることにしたなんて偉いね!」
まるで息子が俺の子供ではないような言い方をされてしまったのです。そして同時に慌てたような妻の態度に、妻の友人も自分が言ってはいけないことを言ったのだと分かったのでしょう。
「え?旦那さんに話して受け入れてもらえたって言ってたよね……?」
「そ、それは……」
どうやら妻は自分の友人にもウソをついていたようです。
簡単に言えば妻は不倫をしていたらしく、どうやら息子は不倫相手の子供だということが分かっていたのだとか。血液型などは一緒でしたし、DNA鑑定をするのも妻を疑うようでしていませんでした。
そもそも、当時俺が不倫に気づいていたらDNA鑑定をしたかもしれません。何も知らない状態でDNA鑑定をするという考えに至る方が珍しいのではないでしょうか。結局食事会は沈んだ状態のままで終わり、俺と妻の話し合いが行われました。
「こんな状態になったんだから全部正直に言ってくれ」
すると妻は気まずそうに話し始めたのです。どうやら息子の父親は俺の後輩だと言います。当時仕事が忙しかった俺ですが、気に入っていた後輩を自宅に招いて飲み会をすることがありました。
どうやら妻と後輩はそこで連絡先を交換して関係が始まったそうです。ちなみに当時の後輩は既に退職してすぐに連絡をすることはできません。調べれば何とかなるかもしれませんが、まずは妻と話し合うことが優先だと思いました。
それにもう俺の息子として届け出を出している以上、今すぐどうこうということは難しいです。本音を言えば、すぐに手続きをしたいという気持ちもありますが息子は悪い人間ではありません。俺のことを慕ってくれていますし、今さら息子が実の子じゃないと言われても俺も困ってしまうのです。
妻は当時のことは反省しているの一点張りでした。ただ、今日集まった友人は不倫をしていることを知っていて子供のことも相談していたそうです。
息子が生まれてから「子供は不倫相手の子じゃなかったっけ?」と言われたらしく、妻はとっさに「旦那も了承してくれた」とウソをついたそうです。
妻の友人もデリケートな話題を酔った勢いで言うのはどうかと思いますが、ウソにウソを重ね続けた結果が今日なのだなと何となく納得してしまいました。
そして一番考えなければいけないことは息子のことです。さっきも言ったように息子は人柄も良く、誠実な人間です。
そんな人間に自分が不倫相手の子だった、自分の母親が托卵をしていたと知ったらどれだけ傷つくことでしょう。
はっきり言って妻が傷つくのは自業自得ですし、本音を言えばとことんまで傷ついてくれと思う気持ちもあります。
だけど、息子は誠実でこんな裏切られ方をされていい人間ではありません。だからこそ余計に妻に対する憎しみが強くなります。
「ね、ねぇ、あの子のことを思うなら何も言わないって方法も」
あるんじゃないか、と言いかけて妻は口を閉ざしました。
なぜなら俺が強く睨み付けたからです。息子のためだけを考えれば言わないという方法もあります。だけどそれは同時に妻の罪に対しても沈黙を選ぶということです。
はっきり言ってその選択肢はありません。息子は傷つけたくないけど、妻はしっかりと報いを受けてほしいというのが俺の考えです。それに、こんな状況になっても自分のことしか考えられない妻には愛想が尽きてしまいました。
「お前が勘違いするといけないから言っておくが、俺はお前とは離婚する。これは決定だ」
「えぇっ!」
どうやら妻の方は離婚されるという意識はなかったようです。
何十年も前のことだから時効だとでも言うのでしょうか。そんな都合のいい話があってたまるかと怒鳴り散らしたいくらいです。そして、悩みに悩んで悩み抜いた結果、息子にも事実を話すことにしました。
どちらにしても離婚をするのだから、何が原因なのか聞かれることは分かっています。そこで誤魔化すのもおかしいですし、だったらもう話してしまおうという結論になったのです。
「え、俺が不倫相手の子供?」
突然こんな話を聞かされる息子が気の毒でなりません。妻は最後まで「あなたが黙っていれば丸く収まるのに!」と言っていましたが、妻のメリットになるようなことはしたくなかったのです。
子供のことを考えれば俺が黙っておくのが最善だったでしょう。息子が学生であればそうしたかもしれませんが、もう自分の家庭を持つ大人なので話すことにしました。
息子は事実を知ってどう思うだろうと不安だったのですが「ごめんなさい!」と土下座をしてきました。突然のことに俺も妻も驚きました。
「俺は父さんにとって他人の子なのに、大事に育ててもらって大学まで出させてもらって……」
「いや、それは知らなかったから。自分の息子にそうするのは当たり前だよ」
だけど息子は納得していないようです。
息子はすぐに全額とは言えないけど、毎月少しずつ俺に金を返すとまで言ってきました。
さすがにそれは断ったのですが「父さんは受け取る権利がある。大事に育ててもらったけど、実の子じゃないんだから」と悲しそうでした。
もちろん、息子がお金を返そうとしても受け取るつもりはありません。事実を知ってしまった後でも、息子を他人の子とは思えないからです。
「ただ、母さんとは離婚をする。お前がどうのって話じゃなくて、母さんがしたことを俺が許せないからだ」
息子に告げると「俺も母さんとは絶縁する」と言っていました。妻とは絶縁するけど、俺には孫を会わせたいと言ってくれたのです。
そこで反発をしたのが「実の母親を絶縁なんてどういうことなのよ!」とヒステリックに叫んでいます。
「母さんこそ父さんに対して悪いとか、申し訳ないとか思わないわけ?実の母親だからとかじゃなくて、母さんがしたことも隠し続けて今も自分のいいように進めようとしていることも気持ち悪いし、俺はもうあんたを母親とは思えないんだよ」
ぴしゃりと言い放つように言われ、妻はがっくりとうなだれてしまいました。
因果応報という言葉がありますが、まさにこの状況を言うのかもしれません。血のつながった母親である妻は息子から絶縁をされて、血のつながらない俺とはこれからも良好な関係でいたいと言いました。その言葉は何よりも嬉しく、息子が俺の息子で良かったと思いました。妻に裏切られた俺もショックでしたが、自分の出生に関わる息子はもっとショックを受けたことでしょう。
だからこそ、妻に絶縁を言い渡したのだと思います。息子は穏やかな部分がほとんどですが、一度決めたら自分の考えを曲げないところがあります。特に相手に非があった場合、どれだけ仲良くしていた人でも距離を置いたりしていたことがあったのです。
恐らく妻に対してもそれをするつもりなのでしょう。妻は時間を置けば何とかなると思っているのでしょうけどね。
息子は優しいですが、理不尽なことには厳しい部分があるので簡単に許すことはないと思います。
だけど、これから他人になる妻にそれを教えてやる必要はありません。実の子ではないということは悲しかったですが、今の息子の人柄は俺も子育てにしっかりと参加した結果、息子も俺のことを大事にしてくれているからなのだと思うようにしています。