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私の名前は吉田沙保里。38歳、結婚して10年になる夫・達也と二人暮らしだ。子供はまだいないけれど、夫婦仲は良いほうだと思う。お互いに感謝の気持ちを忘れず、小さなことでも気遣い合える関係。そんな私たちにとって、今回の旅行は大切な節目を彩る特別なものだった。義父の定年祝い。それが、今回の玉造温泉旅行の目的だ。義父は長年真面目に働き続け、ようやく自由な時間を得ることになった。義母はそんな彼を長い間支え続けてきた女性だ。私たちは感謝の気持ちを込めて、この旅行を企画した。計画段階では、義妹夫婦も一緒に行く予定だった。義母が「家族みんなでお祝いを」と提案してくれたのだ。しかし出発前日に子供が熱を出し、急遽不参加に。それでも旅館が柔軟に対応してくれたおかげで、大きな問題なく進むことになった。
土曜日の朝、達也の運転する車で義両親を迎えに行った。玄関先で義母が軽く手を振っている姿が目に入る。義母は50代になった今も変わらずスラリとした体型で、その立ち居振る舞いには品がある。義父が少し照れくさそうに笑いながら彼女の隣に立つ姿を見て、「本当に素敵な夫婦だね」と達也に言った。
車内はすぐに和やかな雰囲気に包まれた。義父が定年後の趣味について語る横で、義母は「この人、やりたいことばかり言うけど、結局始めないのよ」と軽くため息をつく。その言葉にもどこか愛情がにじんでいて、私たちも思わず笑ってしまった。玉造温泉に到着したのは昼過ぎだった。旅館の玄関前で荷物を降ろしていると、スタッフがすぐに駆け寄ってきて丁寧に案内してくれた。部屋に通されると、広々とした和室と庭園が広がる窓の景色に、義母が目を輝かせた。
「素敵ね。本当にここにして正解だったわ。」
「そうですね、気に入っていただけたならよかったです。」義母の嬉しそうな表情を見て、私も胸を撫でおろした。今回の部屋は3家族用の構造になっていて、義両親と私たち夫婦それぞれが独立した空間を持ちながらも、一緒に過ごせる作りだった。贅沢ではあったけれど、家族みんなが心地よく過ごせるようにと考えた結果だ。
その後夕食までの間、私たちは温泉街を散策することにした。地元の土産物店で義父が試飲した地元の酒を気に入り、一本購入。「夜、沙保里さんたちも一緒に飲もう」と誘われたとき、私たちは思わず顔を見合わせて笑った。
「お義父さん、飲みすぎないでくださいね。」
「わかってるよ、俺は酒に強いからな。」その言葉に義母が「強い割に、酔うとすぐ寝ちゃうのよ」と付け加え、さらに笑いが広がった。
夕食は、山の幸と海の幸をふんだんに使った豪華な料理が並んでいた。義父が「これも美味い、あれも美味い」と嬉しそうに箸を進める姿が印象的だった。義母も「本当に贅沢ね」と感慨深そうに呟きながら料理を味わっていた。夕食後、私たちはそれぞれの部屋に戻ることに。布団を敷いて寝る準備をしていると、達也がテレビを見ながら「親父今日は嬉しそうだったな。ありがとな」と言っってくれた。その表情はどこか穏やかで、私も「そうだね」と微笑んだ。
布団に入り、そろそろ眠りにつこうとしたその時、微かに音が聞こえてきた。最初は風の音かと思ったが、どうも違う。耳を澄ますと、それは隣の義両親の部屋から聞こえてくる声だった。隣の部屋から聞こえてくる押し殺した声。それは、間違いなく義父と義母のあの声だった。私は布団の中で身動きが取れなくなり、鼓動が早くなるのを感じた。横を見ると、達也も目を覚ましている。私の視線に気づいたのか、達也は無言のまま近づいてきた。彼も同じものを聞いているのだろう。その顔には、驚きと戸惑いが浮かんでいた。
「俺たちも良いか?」そう言い、達也は私に体を寄せてきた。その仕草に、一瞬息を呑む。こんな状況なのに、彼の手が私の肩から腰へと滑り、まるで自然な流れのように私を求めてきたのだ。普段なら、こんな大胆な行動に驚き、拒否してしまうかもしれない。けれど、その時の私は状況に飲み込まれ、妙な高揚感を覚えていた。義両親の声がかすかに聞こえる中、私たちは声を出さないようにしながら、久しぶりの時間を過ごした。
行為を終えた後、私たちは無言のまましばらく横になっていた。汗ばんだ体が気になり、私は「お風呂に行こうか」と提案した。達也も同意し、そっと部屋を抜け出す。廊下に出ると、偶然にも義両親と鉢合わせしてしまった。お互い浴衣姿で立ち尽くし、微妙な沈黙が流れる。義父が照れ隠しのように咳払いをし、義母はぎこちない笑顔を浮かべながら「あら、遅くまで起きてたのね」と声をかけてくれた。
「もう一度お風呂に入ろうかと思って。」私がそう答えると、義母は軽く頷き、「じゃあ、一緒に行きましょ」と合わせてくれた。結局、私たちは一緒にお風呂に向かったのだが、その場の空気が気まずすぎて、思わず達也と顔を見合わせて苦笑いした。
翌朝、朝食会場でも気まずさはまだ薄く残っていた。義母が私に向かって、「昨夜はよく眠れた?」と聞いてきた。
「ええ、温泉が気持ちよくてぐっすりでした。」そう答えると、義母は「それは良かったわ。こういう旅行でゆっくりできるのが一番ね」と微笑む。そうはいってもぎこちない時間は時間と共に解消し、義父を喜ばす旅行は大成功となった。
旅行が終わり、日常に戻ってから数か月後、私に待望の妊娠が発覚した。診察室で医師から結果を聞かされたとき、喜びが一気に溢れ出し、涙が止まらなかった。達也にその報告をすると、驚きと喜びで声を詰まらせていた。
「本当に?やったな、沙保里!」彼の目にも涙が浮かんでいて、私たちは抱き合ってその喜びを分かち合った。義両親に妊娠の報告をしたとき、義母は驚きと感激で目を潤ませながら私の手を握ってくれた。義父が「あの時の子供だな」と思わず出てしまった義父のデリカシーの無い言葉に、義母につねられ怒られていた。
「ごめんなさいね本当にもう!本当におめでとう。これから大変なこともあると思うけれど、何でも頼ってちょうだいね。」その言葉には温かさと力強さがあった。
あの旅行は、私たち夫婦にとっても、義両親にとっても忘れられない思い出になった。家族としての絆を再確認し、それぞれの立場でお互いを思いやる気持ちを育む時間だったのだと思う。義両親の仲の良さに触れたことで、私たちも夫婦としての絆をより強く感じることができた。妊娠をきっかけに、これからの生活は大きく変わっていくだろう。新しい命が加わる未来に期待を寄せながら、私はこの家族とともに幸せな時間を積み重ねていきたいと思った。