
私は、夫との関係に悩んでいます。レスという問題は、夫婦にとってきっと珍しくないものだと思うのですが、私にはどうしても割り切れないのです。
私はつい先日40歳になりました。もう女として夫を満足させるには魅力が足りないのかもしれない、そんな思いが頭から離れません。若い頃は「綺麗だね」なんて言われたこともありました。自分でもそこそこ自信があったんです。でも、今はどうでしょう。いつの間にかその言葉も聞かなくなりました。
私と康太さんが結婚したのは、私が28歳の時でした。あの頃の私は、これから始まる新しい生活に胸を躍らせていました。あれから10年以上が経ち、私たちは穏やかに暮らしています。それでも、夫婦としての「形」は崩れていないと思っていたのですが、ふとした瞬間に気付くのです。夫が、私を「女性」としてどう思っているのか――その答えがわからなくなっていることに。
最近、私たちはすっかりレスになっています。それどころか、夫は私と一緒に寝ることさえ避けるようになりました。仕事から帰ってきて、ご飯を食べてお風呂に入って、そのままベッドに直行。そんな日々の繰り返しです。
「仕事で疲れているのだから仕方ない」と自分に言い聞かせても、私の中の寂しさは消えません。夫に女性として見てもらいたい、その気持ちはなくなることがありませんでした。いくつになっても、夫の中で私は特別でありたいのです。
さらに、私は今でもまだ子供が欲しいと思っています。幸い、検査の結果では夫婦ともに身体的には何の問題もありませんでした。でも、その以前に問題があるのです。子供を授かるには、お互いの気持ちが向き合わなければならない。それが今、できていないことが何よりの問題でした。
この悩みを、友人の絵里香に相談しました。彼女は同い年で、明るくて何でもズバズバ言うタイプの人です。私とは正反対で、少し羨ましいくらいの存在でした。
「じゃあさ、美智子の康太さんとうちの義和さんを入れ替えっこしてみる?」
そう言われた時、思わず息を飲みました。
「入れ替えっこ?」
「そう。簡単に言うとスワッピングね」
突然の提案に、頭が真っ白になりました。
絵里香は楽しそうに続けます。
「今度、ダブルデートってことで試してみましょうよ。何かのきっかけになるかも知れないし、ちょっと刺激的で面白そうじゃない?」
「……でも、そんなこと……」
私は言葉に詰まりました。どう考えても常識外れだと思います。でも、それと同時に、もしもこれで状況が変わるなら……という淡い期待も、どこかで抱いている自分がいました。
「ちょっと考えさせて」
そう答えるのが精一杯でした。
家に帰ってから、その提案を夫に話すべきかどうか悩みました。でも、一人で抱え込むのも限界だったので、思い切って康太さんに話しました。驚かれるだろうと思っていたのに、意外にも彼はあっさりと答えました。
「いいよ。たまには変わったことも面白そうじゃないか」
その返事に私は拍子抜けしました。それなら、と絵里香夫婦と旅行に行くことが決まりました。
旅行当日、新幹線に乗る私たちは、どことなくぎこちなさを感じていました。私は窓の外を見ながら、何とも言えない不安を抱いていました。
「ねえ、絵里香って綺麗よね。同い年なのに、なんか5歳くらい若く見える気がする」
窓の外を眺めながら呟いた私に、夫はそっけなく返します。
「そうかな」
その冷たい反応が、私の胸をさらにざわつかせました。今回の旅行で、もしも夫が絵里香を気に入ってしまったら……。そんな不安が頭をよぎります。
新幹線を降りると、私たちは絵里香夫婦と合流しました。旅行先の駅前は賑やかで、観光客で溢れていました。絵里香は相変わらず明るく、全体を盛り上げるムードメーカーのようでした。一方で、絵里香の夫である義和さんは落ち着いた雰囲気で、穏やかな笑顔が印象的でした。康太さんとは正反対のタイプですが、どこか安心感を覚える男性でした。
「じゃあ、今日1日は別々に行動してみましょうか」
絵里香の提案で、私たちはそれぞれのペアに分かれて観光を楽しむことになりました。夫が絵里香と一緒に行動するのを見送る時、胸の中で小さな嫉妬の火花が散るのを感じました。でも、それを表に出すわけにはいきません。むしろ私は、義和さんに集中しなくては――そう自分に言い聞かせました。
義和さんはとても紳士的な方でした。道中、観光地で写真を撮る時も、何か荷物を持つ時も、さりげなくサポートしてくれるその姿勢に、自然と笑顔がこぼれました。ただ、それでも私の心は康太さんから離れませんでした。どこかで「今、夫は何をしているのだろう」という思いが常に頭を過ぎるのです。
「美智子さん、楽しんでますか?」
義和さんに声をかけられてハッとしました。
「あ、はい……とても楽しいです。ありがとうございます」
と答えながらも、自分の気持ちがどこか上の空であることに気付きました。義和さんは、そんな私を見て少しだけ寂しそうに微笑みました。
夕方になり、私たちは海辺のレストランで再び合流しました。窓の外には沈みゆく夕陽が美しく輝き、波音が心地よいBGMのように響いていました。お酒も入り、自然と会話が弾みます。そんな中で、絵里香が突然こんなことを言い出しました。
「ねえ、今夜はこのまま……入れ替わって過ごすっていうのはどう?」
一瞬、時が止まったような感覚に陥りました。場が一気に静まり返り、私の心臓は激しく鼓動していました。
しかし、次の瞬間、康太さんが間髪入れずに口を開きました。
「だめですよ!美智子は僕の妻です」
その言葉に、胸がぎゅっと締め付けられるような感覚がしました。
「確かに絵里香さんは素敵な方です。でも、僕の妻は僕だけのものです。それは誰にも変えられません」
私の目には涙が溢れそうになりました。こんなにもはっきりと言葉にしてくれるなんて思っていなかったのです。どんなに忙しくて、私を構えなかったとしても、康太さんの中で私は特別な存在だったのだと初めて実感しました。
その夜、旅館の部屋で私たちはじっくりと話し合いました。
「美智子、今まで寂しい思いをさせてごめんな。本当に気付けてなかった」
康太さんは真剣な表情でそう言いました。私は涙が止まりませんでした。
「私も……勝手に一人で思い詰めて、こんなことを提案してしまってごめんなさい」
お互いの気持ちをぶつけ合い、素直に謝罪し合う中で、私たちはまた少しだけ近づけた気がしました。
「美智子、愛してるよ」
その言葉に胸が熱くなりました。夫婦として、改めてお互いを大切に思い合えるようになった瞬間でした。その夜、私たちは久しぶりに身も心も深く繋がり合いました。
旅行から3ヶ月後、私の妊娠が発覚しました。私は驚きと喜びで胸がいっぱいになりました。あの旅行をきっかけに、私たち夫婦は確実に変わったのです。レスも解消され、夫婦仲も以前よりずっと良くなりました。
もちろん、スワッピングの提案は常識的に見れば非常識だったかもしれません。でも、あの経験がなければ、私たちは本当にお互いを失っていたかもしれません。絵里香と義和さんには感謝してもしきれません。
新しい命を授かった幸せを胸に、私たちはこれからも仲良く生きていくつもりです。康太さんと、そして生まれてくる赤ちゃんとともに。