
皆さんこんにちは。今回のお話は、いつまでも女性として見て欲しい麻子さんのお話です。それではお聞きください。
私の名前は、大城麻子。五十八歳になります。
この歳になると、周囲からは「もういい年」なんて言われることもありますけれど、私はまだ自分を女だと思っています。思いたい、というほうが正しいかもしれません。そう思っていないと、心のどこかがしぼんでしまいそうなんです。
自分で言うのもなんですが、スタイルも肌も、同年代の人と比べたら悪くないほうだと思います。もちろん、若い頃のようにはいきません。鏡を見るたびに、あぁ、ここにもしわ、あそこにもたるみ……と、つい溜息が出ることもあります。でも、その度に心の中で言い聞かせているんです。「まだ大丈夫。今日も頑張った顔だよ」って。
若い頃から美容には気をつけてきました。高価な化粧品を使ってきたわけじゃないですけれど、食べ物には気を使って、夜更かしもしないようにしてきました。運動も、無理のない範囲で続けてきました。体重計に乗るのも習慣になっていて、数字に大きな変化があると、それだけで気分が重くなるくらいです。笑ってしまうくらい、必死だったんです。
娘と並んで歩いていると、たまに「姉妹みたいですね」なんて言われることがあります。もちろん、本気でそう思っているわけじゃないことは分かっています。でも、それでも嬉しくなってしまうんです。心の奥の方が、ぽっと温かくなるような、そんな気持ちになります。
それくらい、私はまだ「女」として見られたいと思っているんです。誰かに、じゃないんです。夫に。
結婚して三十年以上が経っても、私はまだ、夫にとって「女性」でありたいんです。恋人同士だった頃に交わしていた視線、手をつないだときの胸の高鳴り。あの気持ちは、もう遠い昔のものになってしまったと思っていたのに、どこかでまだ忘れられないままでいます。
夫の芳明は、六十三歳。半年前に定年を迎えました。長年、朝早くに家を出て、夜遅くまで働きづめだった夫ですから、退職した直後は「これからはゆっくりしていいんだよ」と私も笑顔で迎えました。本人も「少し休んだら、何か始めようかな」なんて言っていましたけれど、今はすっかり家でのんびり過ごすことに慣れてしまったようで……まぁ、それはそれでいいのだと思っています。
朝はゆっくり起きて、新聞をじっくり読んで、昼はテレビのワイドショーを見ながらのんびり。たまに、庭の草むしりをしたり、私と一緒にスーパーへ行って買い物をしたり。そんな穏やかな日々が、私たちの今の暮らしです。
以前よりも優しくなった気がします。食後の茶碗を運んでくれたり、ごみを出してくれたり。私が「お願い」しなくても動いてくれることが増えました。こうして穏やかに年を重ねていくのも悪くない、そう思うこともあります。
でも――
その静かな日々の中に、私だけが気づいている「寂しさ」があります。口には出せない、けれど確かに心の奥で膨らんでいく、不安のようなもの。それは、夫が私を「女性」として見てくれなくなったことです。
正確に言えば、愛してくれる夜の時間が、ほとんどなくなってしまったのです。
夫がまだ働いていた頃は、疲れているのもあって、数カ月に一度あるかないかでした。最初はそれも仕方がないと受け入れていました。年齢的なこともあるし、無理を言うつもりもなかったんです。
でも、退職して少ししてから夜の頻度が増えたのです。何度か夫の方から誘ってくれたことがありました。そのときは本当に嬉しくて……思わず、自分のことを「まだ大丈夫」と信じられた気がしたんです。ああ、私、まだ女として見てもらえている、そう思っただけで、胸の奥がじんわりとあたたかくなりました。
だけど、その喜びも長くは続きませんでした。
それがある時から、ぱたりと、まるで何かが途切れたかのように、夫からの誘いがなくなったのです。
私から誘うなんて……そんな勇気はありませんでした。
もし拒まれたらどうしよう、もし「もうそういう気分じゃない」とでも言われたら、立ち直れそうにない。そんな思いが、私の口を塞いでしまいました。
このまま、私たちは夫婦として穏やかに老いていくのでしょうか。
それは悪いことではないと、頭では分かっています。けれど、心のどこかでは、まだ女として抱きしめられたい、ぬくもりを感じたいという気持ちが燻っているのです。私は、欲張りなんでしょうか。ただのわがままでしょうか。
それでも、私はずっと胸の中にこの気持ちを抱えたまま、何もないふりをして日々を過ごしていました。
でも――
その「何もないふり」が、できなくなってしまう出来事が、ある朝、私の目の前に現れたのです。
その朝、私はいつものように寝室の掃除をしていました。
夫が新聞を読んでいる間に、ベッドまわりを片づけ、窓を開けて空気を入れ替える。特別なことではなく、いつもの日常の一部です。けれど、その日だけは違いました。
ゴミ箱の蓋を開けた瞬間、ふと目に留まったのです。
丸められたティッシュが、いくつも詰め込まれていました。見た瞬間、胸の中が冷たくなりました。
何に使ったものか、すぐに分かってしまったのです。
私はしばらく、そこから目を離せませんでした。頭では「見なかったことにしよう」と思いながら、心が勝手に凍りついていくようでした。自分の中に何かが崩れていく音がしました。そう。夫は、ひとりでしていたのです。私に触れることなく。私ではなく。
ああ、もう私は、必要ないのだろうか。そう思った瞬間、胸の奥がずしんと重く沈みました。
その日は一日中、頭の中がぼんやりしていました。
買い物をしていても、料理をしていても、夫の顔を見るたびに、あのゴミ箱の中身が頭をよぎってしまうのです。笑いかけられても、目を合わせることができませんでした。心が曇って、息が詰まるようでした。
夜になり、夫が風呂に入っている間、私は迷いながらも彼のパソコンを開いてしまいました。
こんなこと、してはいけない。そう思いながらも、どうしても確かめずにはいられなかったのです。
夫がなぜ私を抱いてくれなくなったのか、その答えが、そこにある気がしてなりませんでした。
履歴を開くと、すぐに分かりました。いくつもの動画が並んでいて、私は息をのみました。
画面に映っていたのは、若い子ではありませんでした。むしろ私よりも年上に見える女性たち。しかも、それが一つや二つではないのです。頭では理解しているつもりでした。私ももう若くはない。けれど、心はどうしても受け止めきれませんでした。
「どうして、こんな人たちを?」そう思ってしまった自分が、いやらしくて、情けなくて、それでも悔しくて……。
胸の奥が、ぎゅうっと締めつけられるようでした。
画面を閉じたあと、私は何もなかったふりをして台所に戻りました。
お茶を淹れて、夫の湯上がりに差し出しました。手は少し震えていたかもしれません。でも、夫は気づく様子もなく、いつも通り「お風呂お先」と言って、テレビの前に座りました。
私の中では、嵐のような感情が渦巻いているのに、外の時間は何ひとつ変わらず、静かに過ぎていくのです。
夫婦の間に横たわるこの静けさが、かえって苦しくて、怖くてたまりませんでした。
あれから数日が経っても、私は夫に何も言えませんでした。言ってしまえば、何かが壊れてしまう気がしたのです。
もしあれがただの「好奇心」だったら?もし私が責めるようなことを言ってしまって、夫が傷ついたら?
そんな風に思えば思うほど、口がきけなくなっていきました。
でも、黙っていても、私の中には小さな棘が刺さったままでした。
何をしていても、心が完全に晴れることはなくて、ふとした瞬間に、夫の視線を探している自分がいました。
食事のとき、洗濯物をたたんでいるとき、テレビを見ながら笑い合っているとき――
そのすべての瞬間に、私は「あなたは、私をまだ女として見てくれていますか」と、心の中で問いかけていたのだと思います。
けれど、夫の表情は穏やかで、変わることはありませんでした。私が何を感じているのかなど、知る由もない顔でした。
そして、私はますます、布団に入るタイミングを見失っていったのです。
自分から寄っていくことができなくなりました。
もし、肩に手を置いたとしても……
もし、それをそっと振り払われてしまったら……
そのとき私は、自分が完全に「女」ではなくなってしまったと認めなければならないような気がしたのです。
それから数日たった夜。特別な用事もなく、夕食を済ませたあと、私はいつものように洗い物をし、夫はいつものようにテレビの前に座っていました。何気ない日常の一コマ。きっと、これからも続いていくであろう「普通」の時間。
そう思っていた矢先、夫のほうから、ぽつりと声がかかりました。
「今夜、ちょっと早く寝ようか」そんなふうなことを言われたのは、久しぶりでした。
最初、何を意味しているのかすぐには分からず、聞き返してしまいそうになりました。
けれど、夫の目が、ほんの少しだけ私を見つめるように向けられているのに気づきました。
ああ、これは――と、胸の奥が急にざわめき出しました。
うなずくまでに、少し時間がかかりました。嬉しい気持ちと、戸惑いとが入り混じって、どう反応していいのか分からなかったのです。
「はい」と口にしたその言葉が、自分でも驚くほど小さな声でした。布団に入ってからも、心の奥はざわざわしたままでした。
体は確かに夫に寄り添っていても、気持ちはどこか遠くにあるような、不思議な感覚でした。
それでも、夫の手が私に触れたとき、そのぬくもりはたしかに私の中に染み込んできました。
ずっと、こうしてほしかった。ほんの少しでいいから、手を伸ばしてほしかった。
たったそれだけのことなのに、それがどれだけ嬉しくて、どれだけ苦しかったか。
抱かれながら、私は何度も何度も、心の中でその言葉を繰り返していました。
行為が終わっても、私はすぐに眠ることができませんでした。夫の胸の中にいたまま、何も言えずにいたのです。
でも、心の奥に押し込めていた想いが、そこからこぼれそうで、どうしても黙っていられなくなりました。
「どうして――あんな動画を、見ていたの?」
その問いが、ようやく口をついて出たとき、夫の体がほんの少し強張ったのが分かりました。
それだけで、答えは分かっていたようなものです。
けれど、そこから夫は、すぐには何も言いませんでした。沈黙が流れ、その静けさの中で私は、布団の端をぎゅっと握っていました。
何を言われるのか、怖かったのです。「どうして見たんだ」と責められるかもしれない、「そんなに気にすることじゃない」と突き放されるかもしれない。自分の感情が、過剰反応だと思われることが、なにより怖かった。
夫はしばらく黙っていたあと、ぽつりと、「悪かった」とだけ呟きました。
その言葉が出た瞬間、私はどうしようもなく苦しくなりました。
それだけで済まされるような、簡単な気持ちじゃなかったからです。
「私じゃもうダメになったの?」けれどその声は、震えていました。自分でも情けないほどに。
夫はしばらくのあいだ俯いたままでしたが、やがて静かに口を開きました。
少し前から、自分の身体がうまく反応しなくなったこと。
それが、自分の年齢のせいなのか、精神的なものなのか分からず、不安だったこと。
誰にも相談できず、ひとりで悩んでいたこと。私に知られるのが、何より恥ずかしかったと――
私は、その言葉を聞きながら、息が詰まるような思いがしました。
そんなこと、まるで気づけなかった。ずっと、夫が「冷めた」のだと。
私の魅力がなくなったせいなのだと、ひとりで勝手に傷ついて、勝手に塞ぎ込んでいたのです。
でも、夫もまた、同じように不安を抱えていたのです。
言えなかっただけ。黙っていたのは、傷つけないためではなく、自分を守るためだったのです。
「刺激が足りないのかもしれないと思って、ああいうものを見たんだ」と夫は言いました。
そして、「その中に、麻子に似ている人がいた」と、少し照れたように付け加えました。
私は、言葉を失いました。老けて見えるってこと? と、ふと疑いたくなる気持ちもありました。
けれど夫の声は、穏やかで、どこか懐かしさをにじませていて――
その「似ている」という言葉が、決して嫌な意味ではないのだと、なんとなく分かりました。
長い年月を共に過ごしてきて、いつしか「空気のような存在」になっていた私たち。
でも、その空気の中にも、ちゃんとぬくもりが残っていたのだと、そのとき初めて知ったのです。
その夜、私たちはそれ以上、深い話をすることはありませんでした。
けれど、手をつないだまま、しばらく何も言わずに横になっていました。
静かでした。時計の針の音さえ、妙にやさしく聞こえるほどでした。
夫の手は、少し骨ばって、若い頃よりもずいぶんしわが増えていました。けれど、そのぬくもりは変わっていませんでした。
その手を感じながら、私はようやく、自分の中にずっと溜まっていた想いが、少しずつほぐれていくのを感じていました。
何も無理をしなくていい。見栄を張らなくてもいい。
私は、あなたにただ、そばにいてほしい。
それだけで、ちゃんとあたたかいのだと、今日、ようやく思えるようになったのです。
それでも、涙は止まりませんでした。
知らないうちに、心の中に溜まっていたものが、涙になって流れ出てくるようでした。
夫が私の肩に手を回してくれました。何も言わずに、ただそっと。
その腕の中で、私は小さくうなずきました。もう、言葉はいらなかったのかもしれません。
翌朝、いつも通りに朝食の支度をしていたら、夫がぽつりと呟きました。
「温泉でも行くか。ゆっくりしよう」新聞を読みながらのその一言は、何気ないようでいて、私にはとても大きな贈り物のように感じられました。
「……うん、行きたい。ふたりで」そう答えたとき、心がふわりと軽くなりました。
もう若くはないけれど、老いていくことが悲しいわけでもない。
この人となら、きっとこれからも、笑ったり泣いたりしながら、生きていける。
そう思えた瞬間でした。
歳をとっていくのは、怖いです。
見た目が変わっていくのも、体が思うように動かなくなるのも、どれも不安です。
でも、それ以上に怖かったのは、「もう誰にも必要とされない」と感じることでした。
女として、妻として、ただの「家族の一員」になっていくことが、私はどこかで怖かったのだと思います。
でも、私は気づきました。
必要とされることに、かたちなんていらないのだと。
言葉も、回数も、見た目も関係ない。
ただ隣にいてくれるその事実こそが、私にとって何よりの証だったのだと。
人は、変わります。
愛のかたちも、きっと変わっていくのだと思います。
それでも、変わらないものもあります。
たとえば、触れたときに感じるぬくもりや、目が合ったときの安心感。
そういうものは、年を重ねても、ちゃんと残ってくれるのだと知りました。
あの夜から、私の中で何かがゆっくりとほどけていった気がします。
傷ついたままではなく、癒されるほうへ、歩き出せたのかもしれません。
そして今、私は思います。私は、女として生きてきました。
これからも、きっとずっとそうです。
たとえ年を重ねて、しわが増えて、白髪が混じっても。
それでも私は、夫に「女」として抱かれたいのです。自分の中で、そうあり続けたいのです。
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