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同じ顔を持つ男

静寂に包まれたリビングで、みなみはソファに沈み込みながら「今日もまた一人か…」と孤独を噛みしめていた。だが、用意した夕食を食べようとした時、「ただいま」と和也が帰宅してきた。
和也は家に入るなり、みなみを力強く抱きしめた。「どうしたの?」と問いかけても何も答えない。いつもと違う様子の和也の振る舞いに戸惑いつつも、何かあったのかなと憂慮し、それ以上は深入りしなかった。しかし、その疑問はこのあとすぐに別の混乱に置き換わった。二人での食事後、リラックスしようとした矢先に、再び「ただいま」という声が玄関から聞こえてきた。この声により、みなみの頭は混乱に陥った。先ほど帰宅したはずの夫が、そこに立っていたのだ。振り返ると、和也ではない、もう一人の男がごめんねのポーズをしている。さっきまで一緒にいたのは夫ではなく双子の兄、達也だったのだ。「和也のふりをしてたんだ。みなみさん全然気づかないんだよ」と達也は笑いながら和也に話していた。この出来事に、みなみは「え?さっきのは何?あれはなんだったの?」と頭がパニックになっていた。達也は他にも何か話していたが、みなみは何も頭に入ってこず、心は乱れたままだった。
 
みなみは、和也と正反対の性格の達也に対して、正直なところ苦手意識を持っていた。しかし、あの日以降、達也は週末になればわが家を訪れるようになっていた。始めは戸惑いながらも迎え入れていたが、みなみは彼の意外な一面に少しずつ心を開いていく。特に、達也が「これ、みなみさんに」とハンドクリームを差し出したり、和也には無い達也の細やかな心遣いに心を動かされた。

 そんなある日、和也の帰宅前に達也が訪ねてきた。その日はいつになく真剣な表情だった。達也は深く息を吸い込み、真剣な表情で「みなみさん、実は俺…癌なんだ。しかも、もう…」彼の声はかすれ、言葉を続けるのが辛そうだった。みなみの心は、その瞬間、冷たい水を浴びせられたように凍りついた。達也が末期の膵臓がんであること、そして彼の残された時間が少ないことを知り、深い衝撃を受ける。
達也はさらに心の内を明かし、「和也がみなみさんを本気で愛してるのを見て、俺はずっと自分の気持ちを抑えてきたんだ。でも、もう時間がない。だから、最後に俺の気持ちを伝えさせてくれ。」達也の声は震えていた。「俺はずっと前から、きみのことが好きだった。少しの間だけで良い。少しだけ、俺のことも見てくれないか」と彼女に願い出た。達也の目には純粋な想いと悲しみを抱え、みなみの心に深く突き刺さった。そこにいるのはもう苦手意識を持っていたあの達也ではない。惹かれつつあった感情と失うかもしれないという感情が合わさった時、みなみは泣きながら達也の胸に飛び込んだ。その瞬間、世界の全てが静止したように感じられ、二人の間には言葉では言い表せない強い絆が生まれていた。達也は「ありがとう。泣かないで」と言い、みなみを優しく抱きしめ、そしてゆっくりとキスをした。

 達也からの告白がみなみの心に静かに沈んでいく。和也への愛情と、達也への新たな想いが、彼女の中でせめぎ合う。だが、達也が見せた儚げな笑顔が、みなみがどう進むべきかをすでに決めさせていた。

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