うまく行くようになったきっかけは、思いがけない夫婦交換の提案からだった。
定年後、日々の単調なルーティンに閉ざされた生活の中で、妻との関係は日に日に悪化していった。朝の挨拶もそこそこに、些細なことで口論が始まる。「じゃあ、自分でやれば?」という冷たい一言。手伝おうとすれば「そんなの頼んでない」と怒り、何もしなければ「どうして何も手伝わないの?」とまた怒る。まるで無限ループのような言い争い。熟年離婚が現実味を帯びる日々だった。
そんなある日、妻が珍しく外出を提案してきた。彼女の友人、菊池夫妻の家に食事に行かないかというのだ。意外な提案に少し驚きながらも、深く考えずに同意した。
菊池家での夕食会。暖かな照明に照らされた食卓には、美味しそうな料理が並び、ワインの芳醇な香りが漂う。料理の香ばしい匂いが食欲をそそる。楽しい時間が流れる中、そろそろお開きかと思ったその時、酔った妻がぽつりと「夫を交換してくれない?」と、えりさんに唐突に言い出した。冗談めいて聞こえたが、二人はその話で意気投合し、私たち男どもは困惑と共に苦笑いを浮かべるしかなかった。
数日後、妻から「今度あんた達交換して遊びに行くからね」と告げられた。最初は驚きと困惑で頭がいっぱいだったが、次第に心の奥底でえりさんと過ごすことへの期待が静かに膨らんでいくのを感じた。長い間忘れていた高揚感が胸に広がった。えりさんは年を重ねてもなお若々しい。その優しさと気配りに魅了されていた。
交換当日、えりさんは笑顔で「今日はよろしくお願いします」と挨拶した。お互い別々にデートし、食事をして帰るだけの予定だ。妻以外の女性と歩くのは何年ぶりだろう。胸が高鳴り、心がざわつく。えりさんとの買い物デートは新鮮で、穏やかで心地よい時間だった。彼女の笑顔やさりげない気配りに、心が温かくなった。妻とは違う。えりさんの微笑み、さりげない気配り。普段見逃していた人の温かさに触れ、自分の心がほぐれていくのを感じた。しかし、そのデート中、何度も妻のことが頭をよぎった。普段見えなくなっていた妻の良いところが、離れてみると次々と浮かび上がる。お互いが攻撃し合うばかりだった悪い癖を反省しつつ、妻の存在の大切さを再認識する一日となった。
帰宅後、妻が少し緊張した面持ちで「どうだった?」と尋ねてきた。「あ、あぁ。新鮮だったよ」と答えると、妻は「そう」と短く返し、視線をそらした。その一瞬、彼女の目に微かな不安の色を見た気がした。その瞬間、無性に妻を抱きしめたくなり、彼女の腕を引いて強く抱きしめた。普段なら「何するの?」と突っぱねられたかもしれないが、その時の妻は驚きと戸惑いの中で何も言わず、静かに俺の背中に手を回してきた。その温もりに触れた瞬間、胸の奥にあった冷たさが溶けていくのを感じた。夫婦をスワップするという禁断の行為のようにも感じるが、私たちには思いがけない効果をもたらしてくれた。後に聞くと、菊池夫妻も夫婦仲が改善したそうだ。それ以降、私たちは定期的に交換会を行い、お互いのガス抜きをしている。