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お金の為に女の武器を使ってしまいました

シニアの恋愛は60歳からチャンネル様シニアの話

「私は初めてお金のために女を使いました。私はあの時、それしか思いつかなかったのです。」

私の名前は小百合、60歳です。四人の子供たちはそれぞれ独立し、今は一人で寂しく暮らしています。長年勤めたスナックのママからお店を譲り受けてもう六年になります。最近も毎日忙しく働いています。嬉しいことに常連のお客様に支えていただき、さらに息子や娘の友人たちも新しいお客様を連れてきてくれるおかげで、なんとかやってこられました。

私は明石市という町で生まれ育ちました。今でこそ有名な町になりましたが、私が子供の頃は田舎でした。結婚当時、お腹の中にはすでに赤ちゃんがいました。今でこそ「授かり婚」として祝ってもらえますが、当時の出来ちゃった婚は肩身の狭い思いをしたものです。

夫は仕事が長続きせず、知り合いの仕事を手伝ったりと安定することはありませんでした。安定しないので、同居生活は大変でした。

子供が生まれたら夫も変わってくれるはず。ちゃんとした安定した職に就いてくれるだろうと期待していましたが、現実はそんなに甘くはありませんでした。長男が生まれ、私は姑からの嫁いびりに耐えながら初めての子育てに苦労しました。翌年、二人目の子供を妊娠しても夫は何も変わらず、私はついに外で働くことを決意しました。

最終的に夫は外で女を作りました。さらに一向にお金を入れてくれません。そして孫が生まれても姑からの嫁いびりも変わりませんでした。普通、孫だけには優しいものですが、あの姑は自分の息子にだけ甘く、孫にすら冷たい態度だったのです。姑だけではなく舅までもが孫に興味を抱きませんでした。こんな二人が育てた夫だから、こんな夫になってしまったのだろうと思います。

二人の幼い子供たちを抱えての離婚は正直すごく大変でしたが、子供たちの親権は問題なくこちらが手に入れられました。昼間は工場、夜はスナックで働きながら、私は必死で子供たちを育てました。幸い近くに私の妹が住んでいましたので、子供たちの面倒を見てくれ、私はすごく助かりました。

そんなある日、同じ工場で働く男性と出会い、お付き合いをするようになりました。彼は私の子供たちとも仲良くしてくれて、私は彼との結婚を意識するようになりました。彼は実家とはほぼ絶縁しており、姑との関係に悩む心配もありませんでした。当時、バツが付いた人との再婚はなかなか難しい時代でしたが、彼は親のしがらみなどなくとんとん拍子で結婚まで行きつきました。でも彼がすぐに結婚したがる理由がわかりました。彼には連れ子がいたのです。びっくりはしましたが、私は彼の子供も受け入れました。そしてすぐに結婚しました。が、すぐにまた私は妊娠してしまいました。私は妊娠しやすい体だったみたいです。そしてさらに衝撃の事実がありました。結婚してから発覚したのですが、彼はギャンブルが大好きで、すでに借金まみれだったのです。生活費はほとんど返済に取られ家にお金を入れてくれませんでした。残ったお金もほとんど賭け事に使っているようでした。ただ、それでも子供たちのことは可愛がってくれました。それに関してはすごく助かりました。

そして、三人目を無事に出産しましたが、夫はその翌月に事故で亡くなってしまいました。正直本当に事故なのかはわかりません。よろしくない人たちとの付き合いもあったみたいなので、借金の肩にされたのではないかと正直思っています。

そのため私は四人の子供を抱えて、再び昼は工場、夜はスナックで働く日々が始まりました。彼の連れ子も増えましたが、もう中学生だったので逆にそれが助かりました。血の繋がらない弟や妹の面倒をよく見てくれ、本当に彼女には感謝しています。今でも彼女とは親子として仲良くしています。彼女のおかげもあり、幸い子供たちはグレることもなく、心優しい子に育ってくれました。連れ子の長女は看護師、長男は会社員、次女も看護師、次男は公務員としてそれぞれ立派に道を歩んでいます。

ここで長男の話になりますが、彼は将来自分の店を持つという夢を持っていました。資金を貯めて独立するんだといつも言っていたのです。が、長男が急に店を訪れ、詐欺被害にあったことを告白しました。

「母さんに心配かけたくなくて言えなかったんだけど」と長男は言いましたが、もっと早くに言いなさいと私は叱りつけました。聞くと開業資金にと貯めていたお金を詐欺で盗られてしまったとのことでした。
「もう起きてしまったことは仕方ないわよ。もう一度頑張りなさい。」そう言うと「もう少し頑張ってみる。ありがとう。また来るよ。」

長男が帰った後、その話を聞いていた常連の男性客が私に、話を持ってきました。その男性は飲食店を複数運営する社長で、昔からの常連客でした。

「今回も大変そうだね、小百合さん。」

「もう、本当にそうなんですよ。私はいつ落ち着くことができるんでしょうね」と愛想笑いをしました。

「小百合さんさえ良かったら、融資しようか?」

社長は私に、日中彼の自宅の家事をすることを条件に、援助を申し出ました。でも明らかに家事の手伝いがメインではありません。わかっています。愛人になって欲しいのだと。私はこの当時、日中の工場勤務はもうしていませんでしたので時間はありました。私は悩んだ末、彼のその申し出を受けることにしました。
彼はなんと一千万円もの大金を融資してくれました。

「私に一千万円の価値はありますか?」

社長は笑いながら「十分ありますよ」と言い、私は社長との愛人契約を結びました。

愛人と言うことで雑に扱われるのかと思いましたが、社長は今までの男性とは全然違いました。私の気持ちや体を探るように、私に合わせてくれるのです。

私にとって社長は、私のことを本当に見てくれる優しい人でした。彼は奥様との生活は破綻しているようで別居をしていました。午前中は彼の家の家事をし、午後は彼について回りました。一時も、雑な扱いはなく、その優しさに私の心も体も解き放たれていきました。

社長はもう68歳。男は死ぬまで現役とはよく言ったものです。それからも私を愛し続けてくれました。社長との関係は三年も続いたのですが、突然終わりを迎えました。私との行為中に倒れ、救急搬送されました。そしてそのまま亡くなってしまったのです。私はこの時、警察にかなり疑われましたが、調査により無実が証明されました。

そしてその後、社長が私に手紙を残してくれていたことが判明しました。

「小百合さんのおかげで最後まで楽しく生きてこられたよ。君がいたから寂しさを感じることはなかった。今までありがとう。」

手紙を読んだ私は号泣しました。初めてお金のために女の武器を使った相手が、私にとって最高の男だったことに皮肉を感じながらも、社長との思い出を胸に、スナックのママとしての日々を続けています。

穏やかで賑やかな日々。でも、社長とのことを思い出すたび、心も体も寂しくなるのです。来世は初めから彼と過ごしたい。私はそう願いながら日々を過ごしています。

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