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夫が突然夫婦交換をいたいと

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「あのさ、夫婦交換…とかしてみたらどうかな…」
夫がそんな突拍子もないことを言い出したのは、いつもと変わらない、ただ淡々と過ぎていく夕食の後でした。私は最初、何かの冗談かと思って笑い飛ばそうとしました。でも、夫の目は真剣そのもので、逃げ場のないその視線が私の心をざわつかせました。「え?…何を言ってるの。冗談でしょ?」と私は洗い物を途中で止め、夫の方へ振り返りました。けれど夫は目を逸らさずに、「いや、本気で考えてるんだ」と静かに答えたのです。私には、何が何だか理解できなくて、ただその言葉に耳を傾けるしかありませんでした。

私の名前は美和子、今年で61歳になります。私も夫も60歳で定年退職し現在は二人とも無職です。年金がもらえるまでの期間は苦痛で仕方ありません。どんどんと貯金だけが減っていきます。
35年前に結婚した夫は、電気メーカーに長年勤めていました。私たちは、平凡なマンションの一室で静かな暮らしを続けてきたのです。でも、本当のところ「静か」なんてものではなく、どこか冷え切った空気がいつも漂っていました。最近では、夫と一緒に食事をすることも少なく、食事を出して食べ終わったら片付けてから私は一人でテレビを見ながら食事しています。会話といえば必要最低限のことばかり。まるで、家庭内別居をしているかのような毎日です。

「いったい、何を言ってるの?」と私は、動揺を隠せず問いただしました。夫は一呼吸おいて、「僕たちには夫婦交換が必要だと思うんだ…」と答えました。「え?意味が分からない…」その言葉に、私の胸の中で何かがぐっと詰まるような感じがしました。「とにかく、違う人としばらく一緒に暮らしてみないか?」とまだ言うのです。「え?離婚したいってこと?…」まさか、こんなこと言われる日が来るなんて思いもしなかったのです。そんなことを本気で考えているなんて…。夫がこんなことを考える程私たちは関係が悪化していたのでした。

私たちの関係はいつからこんな風になってしまったのだろう?私は過去を遡りながら思い返しました。私たちが出会ったのは、職場の廊下で私が重い荷物を持っていたときでした。「そんなに重いもの、言ってくれたら手伝いますから!一人で持たないでください。」と、夫が声をかけてくれたのが始まりでした。彼は人付き合いが苦手で、この時も声を掛けるかすごく悩んだらしいのですが、助けるために勇気を振り絞って声を掛けてくれたそうです。彼は仕事に黙々と没頭するタイプだったけれど、その不器用さと誠実さに私は惹かれたのです。

結婚してからの数年間は、手をつないで散歩をしたり、買い物に出かけたりするだけで幸せを感じていました。長期休暇には電車を乗り継いで観光地を巡ることが、私たちの楽しみだったのです。近所の人たちからも「いつまでも仲が良いのねー」と冷やかされるほど、仲が良かったのに…。それが、いつまで経っても子供は出来ずいつしかギスギスするようになっていきました。ちょうどそのころ、私自身も仕事が忙しくなり、さらに、夫も昇進したことによって、徐々に二人とも家庭よりも仕事を優先するようになっていきました。

徐々に夜遅くまで夫は帰ってこなくなり、次第に私が寝るまでに夫が帰ってこないことも多々ありました。それでも私は、夫のために夜遅くまで待ち、温かい食事を用意していました。でも、そんな私の心遣いに夫は気づくこともなく、ただひたすら仕事に没頭する日々が続いていたのです。
それが、二人とも定年退職し、お互いに急に時間が出来てしまった。さらに、年金がもらえるまで約5年間、無収入です。みるみるうちに貯金が減っていきます。そういう焦りもあったのでしょう。お互いずっと家にいて顔を合わせる。だからと言って出かけてもお金を使ってしまう。二人ともどうしていいのかわからず関係の悪化につながっていったのでした。

「あなた、本当に何を考えているの?」私は言いました。「夫婦交換だなんて、そんなこと出来るわけ無いでしょ?…」
夫は少し目を伏せ、そしてまた私を見つめました。「このままじゃいけないと思ったんだ。僕たちの関係を見つめ直すために、一度リセットする必要があるんじゃないかって…。」「期間限定で交換したらどうかと思って」

その言葉に、私は思わず心が揺れました。確かに、私たちは長い間、気持ちを通わせることができていませんでした。子どもを授かることができなかったことも、ずっと私の胸の中に暗い影を落としていました。でも、それを夫に打ち明けることはできず、私はただ一人で悩み、苦しんでいたのです。

「私は…」言葉を探しながら、しばらく沈黙が続きました。「夫婦交換なんて、私にはできないわ。でも…」と私は言いかけて、言葉が途切れてしまいました。すると、夫は私の手を取って、「大丈夫、無理にとは言わないよ。僕も不安だ。でも、試してみないと何も変わらないと思うんだ」と、柔らかな声で言ったのです。

夫に触れられたのなんて何年ぶりでしょう。私はなんだか少しだけ心が軽くなったような気がしました。これからも一緒に居たいから提案してると言われ、私もそうなのかと思い始めていました。さらに夫がこんなにも私のことを考えてくれていたなんて、思いもしなかったのです。そして、私は夫の提案に応じることにしました。何かを変えたい、もう一度夫と向き合いたい、そう強く願ったからです。

翌日、私たちは夫婦交換の計画を進めることにしました。不安でいっぱいでしたが、夫がそばにいる限り、何とか乗り越えられると信じていました。この決断が、私たちの関係を新たにする一歩となることを願って…。

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