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妻、入院中

いつまでも若くひととき背徳裏切り

健太郎が44年間の人生で、最も取り返しのつかない過ちを犯すのは、あの蒸し暑い夏の午後のことだった。

健太郎は普通のサラリーマンだ。家と会社を往復する平凡な生活を送り、妻の美里とは結婚して10年目。子どもはまだいなかったが、去年、待望の妊娠が発覚し、二人は新しい命の誕生を心待ちにしていた。

だが、幸せな日々は突然終わりを告げた。美里は妊娠7カ月目で切迫早産の兆候を見せ、即刻入院が必要になったのだ。最初は義母が家事を手伝いに来てくれていたが、ある日、階段から転落して腰の骨を折り、彼女もまた病院へ運ばれてしまった。
健太郎は義母を気遣いながらも、家事を一人でこなす自信はなかった。仕事と家事、そして美里の見舞いを両立させる毎日は、彼を心身ともに疲れ果てさせた。
そんなとき、義父が「家事代行を頼もう」と提案してくれた。健太郎はその申し出を受け入れることにした。義父が早速手配してくれ、やってきたのは知美という女性だった。

彼女が初めて家を訪れたのは、真夏の日差しが容赦なく降り注ぐ午後だった。玄関を開けると、知美は丁寧なお辞儀と共に、はっきりとした声で挨拶をした。
「はじめまして、家事代行サービスの知美です。今日からお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
彼女の姿に、健太郎は驚きを隠せなかった。柔らかな笑顔と若々しく清潔感のある身だしなみは、見る者に好印象を与えた。健太郎は少し戸惑いながらも名刺を受け取り、彼女を家に招き入れた。知美はテキパキと家事をこなし、掃除も行き届いており、食事の準備も手際よく進めた。
「この人が来てくれて、少しは楽になりそうだ……」
健太郎はほっとした気持ちで、知美が用意してくれた夕食を食べながら思った。しかし、家に帰っても美里の姿はなく、孤独感が彼をじわじわと蝕んでいく。美里がいない家は、ただ広く静まり返り、心の中の隙間を埋めるものは何一つなかった。
数日後、健太郎はいつものように知美に家事を任せた後、ふとした思いつきで彼女に声をかけた。
「知美さん、いつもありがとうございます。良かったら、今日は一緒に食事でもどうですか? こんな広い家で一人で食べるのも寂しいし……」
知美は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに微笑んで答えた。
「そんな、いいんですか? じゃあ、少しだけお邪魔させていただきますね」
二人は同じテーブルで夕食を囲んだ。健太郎は、知美の明るい笑顔と気さくな話し方に次第に心を開いていった。彼女と話していると、久しく忘れていた安らぎを感じた。食事が終わると、健太郎はワインを開けて、さらに話を続けることにした。
「知美さん、若く見えるけど、何歳なんですか?」
健太郎の無邪気な質問に、知美は少し恥ずかしそうに笑いながら答えた。
「実は、もう40歳を超えてるんですよ。アラフォーなんです」
「えっ、そうだったんですか? もっと若いと思ってた……なんか、意外ですね」
彼女の若々しさに感心し、健太郎はこれまで以上に彼女に親近感を覚えた。それからというもの、健太郎は毎日のように知美に「一緒に食事をしよう」と声をかけるようになった。知美もそれを快く引き受け、二人はまるで家族のような時間を過ごすようになった。
だが、心の奥底で健太郎は気づいていた。この関係は決して許されるものではないということを。美里がいない間の寂しさを埋めるために、知美の存在に頼っていること。そして、彼女に対して抱くこの感情は、単なる感謝の気持ちを超えてしまっていることを。
「知美さんは毎日こんな時間まで一緒にいてもご主人は怒らない? 大丈夫?」ある夜、健太郎はふと彼女に尋ねた。知美は少し目を伏せ、寂しそうに呟いた。
「……実は、夫とうまくいってなくて。家に帰っても、何も会話もないんです」
彼女の声は震えていて、今にも泣き出しそうだった。健太郎は驚き、何と言って慰めていいか分からなかった。ただ、彼女の肩に手を置いて、優しく言った。
「そっか……辛いね。何もできないけど、僕で良ければ話くらいは聞けるから、無理しないで」
知美はその言葉に耐えきれず、ぽろぽろと涙を流し始めた。健太郎は彼女の肩をそっと抱きしめた。彼女の体温が伝わってきて、健太郎はドキリと胸が高鳴った。彼の胸にすがる彼女の姿は、あまりに無防備で、その弱々しい肩を支えたいという衝動が抑えられなかった。
「大丈夫だから……泣かないで」
彼の声は震えていた。これ以上、彼女に触れてはいけないと頭では分かっているのに、彼の手は彼女の背中を優しく撫でていた。気づけば、健太郎の手は彼女の髪に触れ、その柔らかさに胸が締め付けられた。
「健太郎さん……」知美は彼の名を呼び、震える声で呟いた。その瞬間、健太郎の中で最後の理性が崩れ去った。
「知美さん……ごめん……」
彼は自分の唇が彼女の唇に触れてしまったことを理解したとき、すでに戻れないところまで来てしまっていた。彼女の頬を両手で包み込み、彼は震える声で囁いた。
「だめだ、こんなこと……でも……」
知美は目を閉じ、健太郎の背中に腕を回した。その瞬間、二人は何もかもがどうでもよくなり、理性という名の鎖を断ち切っていた。ソファに倒れ込む二人。触れ合う肌の感触が、互いの孤独を癒すかのように熱を帯びていく。
「これで最後にしよう……」そう誓いながらも、二人は次の日も、さらにその次の日も、毎晩のように禁断の行為に身を委ねた。美里がいない日々が、二人をますます深い快楽の泥沼に引きずり込んでいった。
「これ以上はダメだ……裏切ってはダメだ……」健太郎は何度もそう自分に言い聞かせた。美里の顔が脳裏に浮かぶたび、胸が張り裂けそうになった。彼女が病院のベッドで健気に頑張っている間、彼は知美の腕の中で堕落し続けている。そんな自分が許せないはずなのに、知美の体温を求めずにはいられなかった。知美もまた、夫との生活から逃げるように、健太郎の腕の中に飛び込んでいった。
そして、ついに妻の出産の日がやってきた。健太郎は病院で無事に生まれた我が子を抱きしめながら、涙を流した。生まれたばかりの小さな命に触れた瞬間、胸にこみ上げてくる罪悪感と安堵。美里は微笑んで「私たちの赤ちゃんだよ」と言った。その無邪気な笑顔に、健太郎の心は引き裂かれそうになった。
「これで、終わりだ……」
そう呟きながらも、心の中で燃え上がっていた欲望の炎は、消えることなくくすぶり続けていた。妻が退院し、家に戻ると、知美は健太郎に静かに言った。
「今日で最後にします。美里さんが帰ってきたら、もう私はここに来るべきじゃないから……」

健太郎は、何も言えなかった。心のどこかで、知美との別れを理解していながらも、彼女が去ってしまうことを受け入れられなかった。
「知美さん、今までありがとう。……忘れないよ」健太郎は彼女の手を強く握りしめた。知美も涙を浮かべながら、健太郎の手を握り返した。
「私も……忘れない。健太郎さんと一緒にいた日々、本当に幸せでした」
その夜、二人は最後の夜を共にし、涙ながらに別れを告げた。夜が明けるまで、言葉もなく、ただ互いの温もりを感じながら、二人は一つになった。これが最後の夜であることを互いに理解しながら、それでも手を離せなかった。
数日後、美里と赤ちゃんが退院し、健太郎は再び日常の生活に戻った。夜、赤ちゃんの泣き声を聞きながら、健太郎はふと知美との日々を思い出し、微かに笑みを浮かべた。
「ひとときのあやまち、ひとときの恋……」
彼は深く息を吐き出し、赤ちゃんをあやすために立ち上がった。現実の生活が、彼を迎え入れていた。けれど、彼の心の中には、知美の微笑みが、消えることなく残り続けていた。

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